Stay Night〜harvest moon〜・第六十三話
・四柱推命
その人の生まれた年・月・日・時(=四柱)の干支に基づき、運命・運勢を占う法。
五神祭初日、予定されていた昼のプログラムは恙無く終了し、夜へと移行していた。
観客もこの時刻になると、疎らになっていき、オリンピアの中心部は一時の静けさを見せていた。
戌の刻、オリンピアの郊外、南部。
北は丘、南は湖で挟まれた洋館があった。そこは、かつてトイラプス帝国皇帝が五神祭の際の拠点とした場所だ。
選ばれた理由としては、東の帝国の皇帝一族、龍驤家が得意とする木属性の魔法が最大限に強化できる場であるから。
また、北に木が繁った丘陵、東側には川が通り、その川が入り込む南の湖、そして西には大きな道路。これは、風水的にも最高の場所であり、実は日本の平安京とほぼ同じ立地なのだ。
東と南の水の気により、木の気は強められ、逆に火の気は弱められる。加えて、北に位置する林は木属性使いの味方となる。さらに、西の方角から攻め込まれた場合、おそらくは東の川を背に戦うことになるだろう。つまり、背水の陣が強制的に作り出される訳であり、その状況で東の皇族と戦えば、例え教皇であろうとも苦戦は免れず、下手をすれば死にも至る。
この自然の要塞(木属性使いありきではあるが)となっている館が建てられたのは、約千年前の雷帝の治世時、雷帝自身によるものだ。
だが、雷帝の時代は「大空位時代」と呼ばれる聖教会の求心力の低下の影響、またフレア帝国の内部で抗争があり、さらには暗黒世界との戦争も頻発していた。
そういった当時の情勢もあって、皮肉なことに雷帝自身がこの館を使ったことはない。
しかし、長年トイラプス帝国の皇族に再築されながら利用されてきたこの洋館も、現在そこを使う人間はただ一人だ。
その人物の名は、アスタグレンス=リヴァイン。現フレア帝国皇帝の娘、第三皇女である。
既に老朽化し、建て替えする必要性もあまり無いと考えられていたこの別荘地を土地ごとトイラプス帝国から買い取っていたのだ。購入者は彼女の母、すなわち現皇帝の妻であるユリス=リヴァイン。
才媛であるユリスは教育にも熱心で、自然豊かなこの土地を自身の財産を叩いて買収した。
もちろん、立地の良さもあり、皇帝でさえ躊躇わせる金額のこの館を買えたのには理由が有る。
彼女の実家は「アーバーズ」と呼ばれるフレア帝国の有力貴族の一つ。化石燃料を採掘した彼女の実家は莫大な財産を手にし、当主の愛娘であるユリスにはその程度のお金を出すなど造作もないことであったのだ。
そして、案の定ユリスと彼女の息子や娘はオリンピアで行われる五神祭の度に館に訪れ、自然やそこで暮らす動物達と戯れた。
彼女の狙い通りに皇子や皇女は育ち、やがて彼女の元から去った。現在は学園に通ったり、政治に携わったりと多忙な日々を送っているだろう。
ただ一人、アスタグレンスを除いては。
彼女は学園の寮では暮らさず、また仕事を持っている訳でもないために自分の家を所有していない。もちろん皇族であることを利用すれば、広大な土地に一軒家を建てることなど容易い。
しかし、アスタグレンスを始めとして彼ら皇族は税金を無駄に使うことはしない。
重税をかけた、またはその税を国民に還元しない国家が滅びた例など枚挙にいとまがないからだ。
その点、魔境の三帝国はその歴史の異様な長さを裏付ける様に、皇族が勝手な税の使用によって贅沢な暮らしをしたことなどあまりなかった。
それはともかく、アスタグレンスは十七歳となった今でも首都に在る宮殿に住み、五神祭の様な行事の時には誰も使わない別荘に一人で居ることが多い。
それをフレア帝国の宮内省は憂いており、何度も彼女に注意をしているのだが、彼女は聞く耳を持たなかった。中央は彼女の父である皇帝に説得を求めるも、彼女が一人で居たい理由を知っているだけに、父親も説得には消極的であった。
そうした事情により、アスタグレンスの側には護衛どころか側仕えの者すらいない。それにより、彼女の家事能力は皇族らしくない高さを見せていた。
しかし、今回の五神祭ではイオパニックの影響もあり、彼女の我儘が押し通ることはなかった。
中央から派遣された彼女の護衛役、阿僧恒河は約一ヶ月の間彼女の側を離れず、警護の任を全うしていた。
だが、現在景勝地でも知られるこの館に彼の姿は無かった。
初戦敗退したフレア帝国のβチームのメンバーと先程まで敗戦の宴会(と言っても、酒は出ないが)を催しており、アスタグレンスはオリンピアの中心部に戻る彼らの護衛に彼を任じたからだ。
本来の恒河の任務ではないのだが、彼の現段階での主人、アスタグレンスからの命令であった。故に、渋々といった感じで彼はイヴァン=J=グランドウォーカー達に付き添って行ったのだ。
いつもは頑なであったのに、今日はやけに素直であった恒河に違和感を抱きつつも、アスタグレンスはバルコニーへと出て湖に映る月を眺めていた。
奇しくも、今夜は満月であった。
湖の静けさに、水月はまるで空に浮かぶ月の分身の様であり、湖の向こうにそびえる山と共に幻想的な風景を作り出していた。
そんな中で、アスタグレンスは優雅に紅茶を飲み、そんな光景を眺めていた。
湖が展望できる南とは反対側、つまり北側で繰り広げられている鬣犬と獅子の戦いを知らずに。
・アーバーズ
フレア帝国におけるエレメンターの貴族を指す言葉。
「木は火を生む」という陰陽五行説の相生相剋の関係より、火が象徴である帝国と皇帝を支える、という意味合いで名付けられた。"arbor"は英語で「樹木」という意味。その複数形で、エレメンターの名門一族を示している。
また、アーバーズにはその象徴として、名字に木属性に分類されるものが付く。その大半が漢字で、「木」を含んでいる。少ないが艹も含む。




