Telling fate・第六十ニ話
・望気眼
陰陽五行説で定義される「気」を観望できる。魔力的遺伝性過敏症。身体型(Ⅰ型)に分類される。
・占眼
その人物の未来や物事の成り行きが不確定ながらも視ることができる身体型の魔力的遺伝性過敏症。
「望気眼」は、気を望める眼になる魔力的遺伝性過敏症だ。
気は、古代中国思想での道教や儒教、また漢方医学などで語られるものであり、その定義は様々。
しかし、おそらくここで言う「気」とは、陰陽五行説で見られる「五気」のことだろう。木・火・土・金・水の五つの気が離合集散を繰り返し、世界の様々な現象を引き起こすと考えられ、それは現代の魔境でも属性という形で残っている。
「望気」とは、その五気を望む、つまり現象の根幹を視るということ。
その能力が付与される「望気眼」という眼は、はっきり言って希少性は他のものよりも高く、また利便性が高い。
例えば、中国最古の医書である『黄帝内経』にも見られる様に医学にも通じることができ、また軍事にも応用可能だ。
『史記』を例に出せば、項羽と劉邦の戦いにおいて、項羽の参謀であった范増はこう説いた。
「人をやって陣営の上に立ち上る気を観望させたところ、みな龍虎の形をし、五色の気をなしています。これは天子の気です。決して軽々しく攻撃して、取り逃してはなりません」と。
結果として、項羽は敗北した。
この様に「気」、この魔境では情報化した魔力を観測することができるというのは、大きなアドバンテージになり得るのだ。
対して、「占眼」というのは文字通り、未来を占える眼。
と言っても、視ることができる未来は遠ければ遠い程不確定なもので、分かることは直近のことと、その人の運命ぐらいらしい。また、具体的になればなる程視る人の負担も大きくなるため、抽象的になることも多々あるそうだ。
しかし、「望気眼」同様希少かつ有用性は高い。
その二つの眼を持つ妹がいると、朧から聞いたことがあったのを、曖昧な記憶の中で思い出していた。
試合が終わり、僕が目を覚ましたのは日が傾きかけた頃だった。
空は少し赤らんで来て、鳥達が、というよりも烏が巣に帰るのが見える。風は強くないのか、木枝がゆさゆさと揺れているものの気になる程ではない。少し遠くにある山の上空には雲が漂い、こうしている間にもその色を幻想的な朱色に染めていた。
ここはどこだろうか?
何時間か眠り、身体が回復したおかげか立つのは容易だった。
窓の近くに歩いて寄り、外を眺める。
僕達が戦ったアリーナが見えた。どうやら、オリンピアの中心部らしい。まあ、病院かその類の施設であることには違いない。
そして、再び僕はベッドへと戻ろうとした。
窓に背を向けた時、その人物は扉の前で立っていた。
何メートルも離れたこの距離でも分かる艷やかな黒く長い髪とゆったりとした服。遠目でも、その美貌が顔に焼き付けられ、不覚にも意識をしばらく手放していた。
眼帯をしているためか、何だか掴み所がない雰囲気だが、そのミステリアスなオーラも彼女の魅力を高めている、そんな気がした。
僕の意識が現実に戻されたのは、彼女の一声だった。
「こんにちは。いえ、こんばんはの方が良いでしょうか?
初めまして、私は望月朧の妹、月英です。これからよろしくお願い致します、滉穎様」
まだ少し混乱してはいるが、一応挨拶を返すことにした。
「あ、ええ。こちらこそ初めまして。月英さん。ご存知でしょうが、山滉穎です。今後ともどうぞよろしくお願いします」
「私のことは、呼び捨てで構いません。敬語も必要ないですよ。私達は同い年なのですから」
「分かりました・・・・・・いや、分かった」
こうして返事をしている間に、混乱も収まり始め、冷静になれた気がする。
確かに、朧の妹と言われれば、彼女からは彼の面影を感じる。
髪や体格こそあまり似てはいないが、相手に合わせて話すこととか、包容力を感じさせられる雰囲気とか、黒色を基調とした服を好む所とか、所作が洗練されている所とか。
まあ、朧と彼女の決定的な差異としては、朧は顔が覚えにくいが、月英は一瞬で記憶に残る、という点がすぐに思いつくか。いや、これは単に僕が女尊男卑だからなだけか。
そうこうしている間に、月英は手に持っていたポットーーおそらくは給湯室から持って来たーーを机に置き、紅茶を作り始めた。
「あっ、滉穎様。コーヒーと紅茶、どちらがお好みですか?」
まあ、ある程度質問内容は予測していたから、すぐに返答は出来た。
「じゃあ、コーヒーでお願い。ミルクや砂糖は必要ないかな」
「分かりました」
鈴を転がす様な声で僕の要望に応えた彼女は、慣れた手つきでカップにコーヒーを入れ、近付いた僕にカップを手渡した。
「ありがとう」
感謝の意を伝えると、心地良く感じる声で「どういたしまして」と彼女は微笑む。
僕はカップに口を付け、ブラックコーヒーで喉を潤した所で、ふと思った。
あれ?
何故、僕はこんなにも簡単に彼女を、月英を受け入れているのだろう?
そう言えば、彼女の入室も許可した覚えは無い。それに、僕は彼女の紹介も無警戒に信じていたし、あっさりとタメ口で話す様にもなってしまった。まあ、彼女は呼び捨てで良いと言いながら、僕のことを「様」付けで呼んでいるが。
更には、彼女が作ったコーヒーを何の警戒もせずに僕は飲んだ。いつもなら、こんなことはあるはずがない。水銀みたいな金属でなければ毒で僕を殺せる訳は無いが、ついさっき出会ったばかりの人間が作った物に手を出すことも同様に無い。
何故だ?
そう思って、僕は目の前に佇む彼女を見た。
月英は、特に訝しむ様子もなく柔和な笑みを浮かべていた。そこには、何かを企む様子も、悪意も感じない。
しかし、江月華みたいな純真無垢、という訳でもなさそうだ。
人の目が、自他に関わらずどれだけ自分に情報を与えてくれているのか、実感することになった。彼女から真意を読み取れないのだ。
華ならば、考えが分かる、とまではいかずとも、その真意が純粋な心から来ていることはある程度は理解出来る。
だが、月英の意図は善悪どちらから来るものなのか、純粋さから来るものなのか、下心から来るものなのかは、とんと分からない。
僕にとって、こんなことは魔境に来てからあまり無かった。まあ、地球に居た頃に虎武龍司もとい波俊水明のせいで、慌てることはないが。
コーヒーを飲み干し、彼女も手に持っていた紅茶を少しだけ残し机に置いた所で、僕は再び口を開いた。
「ところで、僕に何か用が有ったのかな?」
何故だろう、他に何を言えば良いのか分からない。
目の前の彼女には違和感しか感じないが、かと言って警戒心が生まれることはない。
ある意味、一番恐ろしいかもしれないな。
「はい。未来の夫に、引導を渡しに来ました」
彼女は微笑み、自身が持っていたカップを示した。
「えっ?!」
驚きはしたが、何故か焦燥感は生まれない。彼女に対して、敵意や殺意どころか猜疑心さえ湧かない。そもそも、魔境に来てから敵意・殺意はあの男以外に持ったことは無いが。
「ふふっ、冗談です」
僕が目を丸くしたのが面白かったのか、小悪魔的な微笑みを手で隠しながらそう言った。
「笑えないジョークだね。それで、二つとも冗談ということで良いのかな?」
はっきり言って、後者よりも前者の方に俺は驚きを隠せない。
「さあ、どうでしょう?」
やはり、掴み所が無い。でも、何だろうな。話せば話す程、彼女の魅力に引っ張られている、そんな気がしてならない。
まあ、今はそんな事はどうでもいい。
それよりも、・・・・・・
「では、本題に入りましょう」
そう早く用件を尋ねないと・・・・・・って、何で彼女はいつもベストタイミングで発言するのだろう? 行動だって僕が不快にも思わず、気にすることもなく、丁度良いのだ。
何故だろう? 僕は彼女に勝てる気がしない。まあ、勝つ気もないのだが。
「滉穎様は、アスタグレンス殿下のお力になりたいのですよね?」
もう、驚きもしない。
「そうだね。殿下に彼女を重ねているだけかもしれないけど、それでも殿下の力になって助けたい。それは確かかな」
初めて会った人に対して、僕の本心を包み隠さず言うのはいつぶりだろう。
「そうですか。では、滉穎様は未来の占いとあなた自身への助言、どちらをお聴きになりたいですか?」
占いと助言、か。
占い自体は、地球に居た頃も含めてあまり信じたことはない。まあ、科学的根拠が重要視される地球と、魔力の存在が証明されている魔境とでは、占いの精度など比べるべくもないし、比較するのも失礼だろう。
そうだな、僕は別段未来を知りたいという欲求も無いし、自分の直すべき所でも聴くか。
そう言おうと思った時だった。
「質問を変えます。
滉穎様は、私の右眼と左眼、どちらが好みでしょうか?」
おいおい、先の質問から数秒も経ってないぞ。
自分の答えを遮られても、不快感がやはり生じないのも不思議なことであるが。
そして、月英はその眼帯を取り外しながら僕に接近して来た。
いつもなら、僕は適度な距離を取ろうとするはずなのだが、何故か後ろに下がれない。いや、これについては答えは明白だろう。美少女に近付かれて、逃げる男などいないからだ。
彼女と僕との距離がほぼゼロになった所で、彼女は目を開けて上目遣いで僕の目を見つめて来た。
それは、まるで僕の内側に入り込まれる様な感覚だったが、拒絶しようという気にはなれない。
むしろ、僕は喜んで受け入れてしまった。
何せ、彼女の両目は宝石の様で、ずっと見つめていたいとも思ってしまったから。
彼女といい、殿下といい、華といい、天は二物を与えるどころか三物、四物を与えているな。与え過ぎだろ。
しばらく見惚れて、黙ってしまったからか、それとも、それさえも予定調和だったのか、月英は更に僕に近付くと、
「どちらですか?」
もはや密着状態であるが、彼女は恥じらう様子も見せず、依然として僕の目からその目を離さない。
彼女の眼は、所謂オッドアイだった。右眼が碧眼、左眼が琥珀眼と言えば良いのだろうか。あまりこういうのには詳しくないから良く分からない。
だが、どちらも綺麗だ。とても、一方だけを選ぶことなど出来ない。
「その・・・・・・両方とも美しい。じゃ駄目かな?」
恐る恐る尋ねると、
「欲張りですね」
何故か上機嫌で、そう言った。
もしかすると、これは選ぶことが不正解だったのかもしれない。いや、間違えなくて良かった。
しかし、待てども待てども彼女の口から続きの言葉が紡がれることは無い。
正直、この密着状態は彼女の匂いやら、感触やらで少し辛くなっている。もちろん、悪い意味ではなく、良い意味で。はて、良い意味とは何だろうか?
ようやく、彼女の口が開いたと思ったら、更に近付いて来た。
いや、さすがにこれ以上は無理だ。
僕は後退るが、対して彼女もそれに合わせるかの様に距離を縮める。
「私の祖先にはかの英雄、いえ初代勇者の望月春朝がいます」
ええ、知っています。
それより、近い。
「始祖様の九人の妻の一人、スウエン様直系の子孫が兄上と私です」
何度聞いても、初代勇者の妻が九人という話には驚かされる。しかも、妻同士の仲が良好だったと言うのだから、もう言葉も出ない。
近いな。
「スウエン様はとても優秀な方士でした。私はその先祖返りです」
方士か。
有名な人だと、秦の始皇帝に不老不死の薬を求められた徐福がいるな。方士は道教の成立と共に道士とも呼ばれる様になったんだっけな。
その先祖返りということは彼女は仙術にも少し精通しているのかな?
「君は、仙術も扱えるのかい?」
そう尋ねると、
「どうでしょうか? そうだとしたら、私と滉穎様には共通点がありますね」
と、戯けた調子で返して来た。
多分、違うな。根拠は無いが、何となく。
そう言えば、さっき彼女は占いと言ったな。
だとすれば、方士は呪術や占星術も行った訳だから仙術よりも陰陽術の方が近いのではないだろうか?
そう聞こうとした時、
「ご明察です。滉穎様。私は仙術は全く使えません。
その代わり、陰陽術、いえ四柱推命や天源術に先天的な才能とこの眼を持って生まれました」
四柱推命に天源術か。まさしく占いだな。
それにしても、僕の考えを読んでいるのか?
いや待て。そんな事より本当に近い。
その瞬間、ベッドに僕の足が当たり、体勢を崩した僕は彼女と一緒に寝台へと倒れ込んだ。
後ろはコンクリートな訳でも無いのだから、怪我するとは思えないが、咄嗟に彼女を抱き止めてしまった。
さっきまで上目遣いだった彼女の顔は、僕の胸に沈まり、ようやく彼女の目から視線を外すことが出来た。
しかし、彼女とは違う視線を扉の方向から感じた。そこに視線を遣ると、看護師と目が合った。
これはまずい。
看護師は、すぐに目を逸らしどこかへ行ってしまったが、病院内の全員に知られたと考えて良いだろう。
まあ、僕はどうせすぐ退院するから誤解されたままでも問題は無いだろうが。
しかし、すごく気恥ずかしいので左腕をかざし、扉を念動力で閉めた。
何十秒こうしていただろうか。いや、実際は何秒も経過していないのかもしれない。
ともかく、僕の時間感覚は完全に麻痺していた。
彼女は、遂にその顔を上げると、
「まず、滉穎様は絶対に死にません。貴方は死に嫌われていますから、いえ正確には死に呪われているという表現が正しいでしょうか。安心して強敵に挑んで下さい」
おそらくは、占いの方だろう。
「それは、まあ喜んで良いのかな」
そう言って、苦笑いで返した。
「はい。また、獅子にお気を付け下さい。
ライオンはハイエナと比べ、狩りの成功率が半分以下ですが、その体躯は脅威そのものです。油断をすれば、大怪我は免れないでしょう」
真剣な眼差しで、そう勧告される。
それにしても、僕は自身の象徴をハイエナとしているなんて言った覚えは無いのだけれど、まあ今更か。
「分かった。忠告ありがとう」
謝意を伝えると、
「いえ、忠告ではなく警告です。滉穎様。
決して、お一人だけで事に臨むことはございません様に」
しかし、その問題はもう解決した。滝口守屋隊長に話は通したからな。
「次に、貴方に助言を致します」
果たして、どんな言葉が来るのだろうか。
「滉穎様。私の右眼は"望気眼"、左眼は"占眼"と呼ばれるギフトを患い、先程のものは左眼から得た情報です。
そして、右眼ではその人特有のオーラが視えるのです」
なるほど、「望気眼」と「占眼」か。意外と希少性が高い二つを同時に罹患した訳か。
「それで、君には僕がどの様に映るのかな?」
きっと、果てが見えない砂漠だろう。
「いいえ、貴方のオーラは、"砂漠"だけではありません。空高くそびえる"山脈"も視えます。
木々が繁り、多種多様な動物たちがそこを住処とし、決して動じることはなく気宇壮大としている。
しかし、その山の下には赤く、紅く燃え上がるマグマが存在しています。いつ噴火するかは分かりません。ですが、一度その火が噴き上がれば、あらゆる生命を焼き尽くし、地形を一瞬にして変貌させ、辺り一帯に灰を降らせ続けます。
その灰は決して止まることはなく、降り続け、気付いた時にはそこには何もない、"砂漠"となるのです」
僕はもう、今の体勢に疑問を持つことすら忘れ、彼女の話に耳を傾けていた。
「滉穎様は、自分には"砂漠"と"山脈"の背反する二つの性格が有る、とお考えなのかもしれませんが、それは違います」
彼女は躰を起こし、僕の目を正面から覗き込んだ。
「貴方は元々、"山脈"です。
大切なものを、人を守れなかったために怒り、悲しみ、自身を傷つけた結果、"砂漠"になったのです。誰かを失う痛みを感じないために、自身には他人を想う心も、悲しみも、何の感情もないと思い込ませ、自分は無機質な、ただただ何もない空間が広がるだけの心を持つ人間なのだと。
しかし、貴方の砂漠は決して不毛ではありません。
貴方の感情を殺してできた灰ででき、その灰で新たな感情を育むことは可能なのですから。貴方には、まだ人を想う心が残り、それが種としてまた芽を出すことができます」
「そんな事を言われたのは初めてだよ。折角、人を人とも思わない様な冷たい人間を演じて来たのにな」
不思議だ。他人にこんなことを言われれば、僕はきっと否定するだろう。だが、彼女に言われると、簡単に受け入れることが出来るし、しかも何故か心が穏やかになって来る。
そうか。僕は長らく演じてすっかりその演じた自分が本来の姿だと思い込んでいたのか。
灰で人の侵入を拒み、本心を隠し、仕舞いには自分には感情が無いなどと。
ははっ、それではあの男と一緒じゃないか。
僕はあの男を嫌っておいて、あれに近付こうとしていたのだから笑えない。
「ありがとう」
もう何度目か分からないが、自然と出て来た。きっと彼女が来なければ、僕は中途半端な覚悟で、いや覚悟というものすら無く、アスタグレンスを救うなどとのたまっていたのかもしれない。
僕は彼女を助けたい。
それは確かだ。しかし、覚悟が無かった。
でも、それではおそらく彼女を助けるどころか自分の命さえ落としていたのかもしれない。
それでは駄目だ。僕は絶対に彼女を守る。何が有っても。
まさか、他の女性の言葉で、彼女を守る決意が確固たるものになるとは思わなかったが。
「それは良かったです。滉穎様。
貴方はきっと、殿下の英雄になれますよ」
それだけ言って、月英は眼帯を付け直しながら礼をして、出て行ってしまった。
「ありがとう」
俺はぽつりと呟いた。
・天源術
人間の運命・命数を天より受ける「気」の本源を遡ることによって明らかにしようとする一種の宿命論。
生年月日の干支により判断。
江戸時代の僧天海の創始。
陰陽五行説を基にした「四柱推命」とは別物。




