Fortune-telling・第六十一話
・弦月
山滉穎が所有する電影の聖句。
その形態を西洋の弓から和弓へと変化させる。
逆に、日本の弓からモンゴルや西欧の弓にするには《水月》を使う。
試合が終了した後のアリーナは先程と比べて嘘の様に静まりを見せ、観客も出入りを繰り返していた。
イヴァン=J=グランドウォーカーに勝利を収めた山滉穎は、唯一転送されずに担架に乗せられて退場した。聖属性の魔法で整えられていたフィールドは、荒れに荒れていたために聖教会の者によって再構築がされているところだった。
観客席の後ろの方で先の戦いを観戦していた望月朧は、ふぅ〜、と長い息を吐いた後、正面を向いたまま横にいる妹の月英に話し掛ける。
「彼が勝つことになるとは分かっていたけれども、やはりハラハラしてしまったよ」
朧は胸に手を押さえて、先程まで高まっていた心拍が落ち着いたのを確認する。
「それにしても、彼は完全に電影を使いこなしていたな。まあ、電影の英霊である絳河の力に頼ったところも大きいのだろうけど、どうやら我らが家宝を彼に預けたのは正解だった様だ」
朧は、滉穎に電影を与えることに強く賛成していた者の一人として、分家も含めた望月家に良い結果を報告できることに安堵の息をついた。
「・・・・・・月英?」
しかし、そんな朧にいつもであれば、すぐに一言二言は言って来るであろう妹の言葉を待っても、その声が聞こえることはない。
そこで、朧は横を向くが、そこにいたのは怪訝な顔をして彼を見ていた見知らぬ若い女性だった。
彼女はすぐさま少し赤らめた顔を背けたが、朧はそれには構わず周囲を見渡し、妹の姿が捉えられないことに不思議に思うのみだった。
「あれ? どこに行ったんだ?」
そんな朧に隣の女性が声をかけた。
「あの〜。
さっきまで座っていた眼帯を着けた女の子なら、試合が終わってすぐに出口から出て行きましたよ。
それより、連絡先を教えていただいても?」
月英程ではないが、美女に分類されるであろう女性は赤くなった顔を俯けながら朧にそう言った。
朧はいつものことなので、もはや慣れた様子で女性への対応を終えると、自身も出口へと向かった。
一方、ルクス=カンデラは予測した通りの結果に少し満足ーーーというのも、本来であれば《超自我》も《eclipse》も使わず勝つ予定だったのでーーーしつつ、彼の師匠へと試合結果を報告するために席を立った。
しかし、彼が気付いた時には、横で座っていたはずのフレア帝国の第三皇女アスタグレンス=リヴァインは消え失せていた。
後ろに控えていた護衛も同様だ。
「さすがは殿下。昔からそうでしたが、行動が速い」
ルクスはアスタグレンスを称賛しつつ、一緒に来ていた小川にしばらく席を離れる旨を伝えて、出口へと向かった。
「しかし、かなり婉曲な言い方をしてしまったかな。もしかすると、殿下に嫌われてしまったかもしれない」
そんなことはないと思いつつも、意地悪な言い方だったのは否めなかった。
「師匠も性格が悪い。いや、どこまでも師匠というべきかな。
決して、答えを教えず、己はヒントのみ。求める答えを導くのは自分自身でやれ、と。
ははっ。そう思うと、十年前が懐かしい。
あの時はまだ十四才だったか。それなのにも関わらず、師匠は僕に筋道だけ示して、選択は僕に任せた。
次は殿下、貴方と、滉穎、君だよ」
アリーナでは既に第二試合が始まり、再びオリンピアの中心部が熱狂に包まれていた頃の病院。
ここは、滉穎が運び込まれた病院ーーと言っても、患者はほとんどいないがーーであった。
そんな閑古鳥が鳴く様な静寂の病院で、エレメンター専門の医者は同国の皇女からある命令を受けていた。
「殿下。本当によろしいのでしょうか? 彼はフレア帝国のエレメンターではありません。問題になるのではないでしょうか?」
如何にも気の弱そうだが、優しい雰囲気の医師は目の前の第三皇女に対し、そう意見した。
「問題ありません。彼が所属する組織の隊長から直々に許可はいただきました」
ここにルクスがいれば、「いつの間に?!」と言っただろう。
その言葉に医者は少し安心したものの、やはり不安げな表情を残して彼を検査する様に命令を下した。
場所を移動するためにその皇女、アスタグレンスは横開きの扉を引き、廊下に出ることにした。
その時だった。横から不意に、言葉をかけられる。
「ごきげんよう、殿下。彼を調べるならば、肝臓がお勧めですよ」
「そう。ありがとう」
アスタグレンスは、短く返事をし、検査室まで行こうとした時だった。
「えっ?!」
唐突に後ろを振り返った。
そこには艶がある黒い、いや漆黒の髪を持ち、アスタグレンスには及ばずとも、美しい容貌の女性がいた。しかし、容姿端麗などという情報は、彼女の眼帯によって全て覆われるぐらいには、彼女が醸し出すオーラは得体の知れないものだった。
だが、なぜだろうか?
アスタグレンスには彼女を警戒する、などという選択肢が咄嗟に思い付かず、思わず彼女の名前を問いた。
それが、己の無警戒さが自然の状態となるということが、逆説的に不気味さを生んでいた。
しかしながら、彼女はそんなアスタグレンスを置いて、自己紹介を始めた。
「申し遅れました。私の名前は、望月月英。現当主、望月明衡の娘です。以後、お見知り置きを」
望月家。その家の名をこの魔境で知らない者はいないだろう。
約二千年前の戦争の英雄、望月春朝を始祖とするトイラプス帝国の支配者にして守護者。現代の東の帝国には、貴族庶民問わずかのエレメンターの血を継いでいない者を見つけるのは難しい。
いや、転移者である彼らや滉穎は違うだろうが。
まあ、ここ百年の帝国の実質的な支配者は月の一族ではあるが、今は雪の一族の政治権力が強い。その根幹が彼の所属する特別諸般対策考案部隊(SVMDF)に在ることは公になっていることであるし、その隊長の父も宰相として帝国を支えている。
それでも、彼ら月の一族の影響力は測り知れない。
そう言えば、彼は望月家の神格武器を与えられた身であった。しかし、彼が所属するのはヴァトリー家が管轄する組織だ。
そうなると、彼は月にも雪にも近いエレメンターということになる。
思い出した。噂程度ではあったが、仙術使いを望月家が狙っている、という話ーーーもちろん、血縁関係でのーーーがあった。
もしかすると、あの隊長は彼に月と雪の橋渡しを求めているのかもしれない。彼の母親は花の一族であるが、月とはかなり疎遠だから、これが好機とでも思ったのだろう。
まあ、鳥と風の一族もいるが、彼らは完全に軍のエレメンターだ。わざわざ、今のヴァトリー家が繋がりを求める意味も無いだろう。
推測すると、今目の前にいる彼女は滉穎の婚約者として望月家から来たエレメンターだろう。
「その通りです。殿下。
私は、望月家の強者の血を取り入れるという目的のために遣わされた人間です」
「えっ?!」
アスタグレンスは、再び驚きの声を上げた。
それもそうだろう。彼女は絶体に自分の考えを口にはしていなかった。それは確実だ。なにせ、人から自分の想いを隠すことなど十年前から日常になったのだから。
だが、目の前の彼女はそんなことなど関係ない、とでも言う様にアスタグレンスの思考を暴いた。
もしかすると、偶然かもしれない。アスタグレンスは、彼女の目が見えないことを大層残念に思えた。
しかし、おそらくは必然だったのだろう。彼女からは、穏やかでありながら芯は決して揺るがない、そういう雰囲気を感じていた。そんな雰囲気を醸し出す彼女が無意味なことをするとは、アスタグレンスには思えなかった。
「失礼しました、殿下。外であまり人に会う機会が今まで無かったもので、家の中でやっていることをついやってしまいました。お許しください」
そんな風におちゃらけて言った彼女にも、不思議な雰囲気を隠そうとしない彼女にも、やはり警戒心は出て来ない。
何より、アスタグレンスは初めての経験だった。自分が終始、話の主導権を握れないというのは。
しばらく黙っていたためであろうか、目の前の彼女、月英はアスタグレンスに向かってゆっくり歩き出した。
「ご安心下さい、殿下。私は殿下の味方です。しかし、口だけでは私を信頼するのは難しいでしょう。故に、殿下だけにお教えします。私の魔力的遺伝性過敏症を」
「えっ?!」
アスタグレンスには信じられなかった。ギフトを他人に教える、というのは命を握られるとまではいかないものの、弱点を知らせるのと同義でもある。それを、初対面の人間に言うなどと、彼女には到底真似できないことだった。
そして、彼我の距離がもうゼロという所で眼帯をした彼女は止まった。
徐ろに自身の眼帯に手をかけ、外した。
そこにあったのは、女であったアスタグレンスでも見惚れる程綺麗な瞳だった。
所謂オッドアイ。右眼が宝石とも感じられる碧眼で、左眼が琥珀とも思える程美しい黄色。
呆けていたアスタグレンスに、月英は話し始めた。
「私の母は、我らが始祖様の妻が一人、今では高名な方士として有名なスウエン様の直系の子孫です。方士というのは、簡単に言うと神仙家ですね。その後、私の祖先は仙術から離れ、呪術に傾倒し陰陽術と結び付きましたが。
そして、私は先祖返りです。先天的な陰陽術の才能と、この眼を持って生まれました。
もう言いたいことはお分かりになりますね?」
月英は、その長い黒髪を耳にかけながら言った。
「あなたは・・・・・・もしかして」
アスタグレンスは、もはや声を出すのが精一杯だった。
月英は彼女の耳に自分の口を近付け、
「はい。私の右眼は"望気眼"、左眼は"占眼"というギフトをそれぞれ患っています。ふふっ、《千里眼》の使い手と、この眼を持つ私の子は、一体どんな未来が見えるのでしょうね。
また、私こそ、望月家傘下にいると言われる、至高の占い師です。
あっ、私が自分で言っている訳ではありませんよ」
と陽気に告げた。
続けて、
「そして、殿下は"天災"ですね?」
その瞬間、彼女の全身は一気に硬直し、後ろに逃げようとした彼女は転倒をしかける。
しかし、それを見越した様に、月英は裏に回り彼女の身体を支えた。
「重ねて申し上げますが、ご安心下さい。このことは誰にも言いません。もちろん、私のことも他言無用でお願いします」
彼女が自分の足でしっかり立てる様になったのを確認すると、それだけ言い残して、月英は去ろうとした。
だが、
「それと、殿下、諦めないで下さい。殿下の運命は、もう一人の運命によって覆されますので。
それでは、失礼します」
再び彼女に向き直った彼女は、少しずつ暗くなり始めた廊下の先へと歩いていった。
後に残ったのは、月英の遠ざかっていく靴音と、烏の鳴き声。
果たして、どれだけそうしていただろうか。
一人残されたアスタグレンスを正気に戻したのは、後ろから彼女に呼びかけたナースだった。
「殿下。準備が整いました。始めてもよろしいでしょうか」
「え・・・・・・ええ、始めて下さい」
それだけ言うと、いかにも強気そうな看護師は去っていく。
その後ろ姿を見ながら、彼女は思い出した。
「肝臓って何の事だったんでしょうか」
既に音も無くした廊下には、彼女の声だけが響いていた。
・方士
紀元前3世紀から5世紀にかけての中国で、瞑想、占い、気功、錬丹術などの方術により、不老長寿や羽化を成し遂げようとした修行者のこと。
道教の成立と共に、道士とも呼ばれる様になる。
また、古代中国において祭祀、祈祷、卜占、呪術、占星術、不老長生術、煉丹術、医術などの神仙方術によって禍を除き、福を招き入れる能力を持った人のこと。




