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月影のエレメンター(なろう版)  作者: ハイエナ=エレメント
五神祭編第三章・Asterisk
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Animism・第五十九話

・魔弾の射手 『大辞林』より

 ウェーバー作曲のオペラで、三幕。

 1821年に初演。中世ドイツの伝説に取材しており、ドイツーロマン派オペラへと道を開いた。

 特に有名なのは、「序曲」「狩人の合唱」。

 魔弾の射手。

 それは、十八世紀末から十九世紀初めのドイツの音楽家カール・マリア・フリードリヒ・エルンスト・フォン・ウェーバー、ちょっと長いからヴェーバーで良いか。そのヴェーバーが書いたドイツの国民オペラの代表作だ。


 確か、ドイツの民間伝説に基づいたもので、魔弾の射手すなわち「意のままに命中する弾を所持する射撃手」の意味合いだ。

 伝説では、七発中六発は射手の望むところに必ず命中するという。しかし、最後の一発は悪魔の望む箇所へ命中するとされていた。


 まあ、その意をそのまま受け取るのは危険だろう。神格武器であるソナチネにそんな制限があるとも思えないからな。

 むしろ、魔弾を無制限に使われると考えた方が良いだろう。


 さて、イヴァン。

 貴様はどう俺を楽しませてくれるかな。




「《主よ御手もて引かせ給え》」


 イヴァン=J=グランドウォーカーは数秒の準備段階を終え、一時的解放《魔弾の射手》を発動した。


 一瞬にして山滉穎やまこうえいを取り囲んだ無数の魔法陣は収束を始め、数秒のタイムラグをもってその「魔弾」を射出した。


 それは、高出力のレーザーの様なものであった。光の魔弾というより光の槍に近かったが、間違いなく魔弾と言えるだろう。なぜなら、その光の槍は吸い込まれる様にして対象物へと向かったのだから。


 魔法陣は次々に現れては、そのエネルギーを中心に収束させ、標的目掛けて放出させて行く。


 滉穎こうえいが回避したことにより、後ろの木々へと当たったその魔弾はかしの木に風穴を開け、同時に火に強いはずのそれらを瞬く間に延焼させていた。




 しかし、毎秒三十万メートルという考え得る限りでは最高速度の攻撃も、滉穎こうえいには当たらない。当てられない。

 初撃を彼に命中させることに成功し、少し得意気になっていたイヴァンは、驚きを隠せずにいた。




 ーーなぜ当たらない? 見てからでは間に合わないというのに。ましてやその数は無数にあるというのに。

 まさか、全てを予測しているのか?ーー


 切り札が決定打になっていないことにイヴァンは少し焦りを見せ始める。


 心なしか魔弾の数は増えてはいたが、それでもやはり滉穎こうえいには当たらなかった。




 だが、焦燥感を抱き始めたイヴァンに対して、滉穎こうえいも事態が進展しないことに焦りを感じていた。


 ーーいやはや、まずいな。

 全方位の魔弾全てを見てから避けることはできるが、逆に回避に集中して逃げられない。何気に《perfect vision》の魔力消費量も莫迦にできない。

 それに対して、イヴァンは魔弾一発だけでも当てることができれば俺の隙を作れる。このままだとジリ貧だな。

 ここは一つ賭けるかーー


 次の瞬間、滉穎こうえいは手足を掠めていく光の槍を一切気にせず、全速力で未だ健在だった後ろの樫の林へと飛び込んだ。




「はっ。血迷ったか滉穎こうえい

 それを好機と見たイヴァンは、彼を狙うことを一旦中断し、その狙いを木々に変更した。


 オークの木は数秒の抵抗の後、激しく燃え上がり、まるでいつぞやのオーストラリアでの大火災の様になっていた。


 しかし、滉穎こうえいが文字通り炙り出されることはなかった。




 木々を焼き払った炎は徐々にその勢いを失い、視界全域を覆っていた煙は遥か彼方へと消え去っていく。


 イヴァンは依然として注意深くその光景を見ていたが、やはり動きがない。


 ーー呆気なく終わったなーー


 そうイヴァンが思った刹那だった。


 彼は、まるで全方位、後ろからも上空からもさらには地面からも何かに見つめられている、という感覚を覚え、悪寒が走った。


 思わず、誰もいない背後へと魔弾を乱れ撃ち、地面をガラスにさせた。


 その時、滉穎こうえいが動き出した。

 薄れているとはいえ、未だ健在だった煙から飛び出し、一息にイヴァンへと迫る。


 それに一瞬動揺したイヴァンではあったが、そこからの対応は速い。

 すかさず《魔弾の射手》を突進する滉穎こうえいに向かってあらゆる方向から無数に撃ち込んだ。


 だが、滉穎こうえいは先程の《perfect vision》でさえも気にせざるを得ない後方からの攻撃さえも一瞥することがない。

 やがて、数秒のチャージ時間を終えた魔弾は魔法陣から彼に向かって射出された。




 背後からの攻撃を警戒しなかった滉穎こうえいは、魔弾に気付かず、その心臓を撃ち抜かれる・・・・・・はずだった。


 彼はわずかにからだを左に傾け、光の槍をすれすれでかわしたのだ。

 同時に撃ち出されたのであろう無数の魔弾も、彼の身体を掠めることはあれ、その臓腑に穴を開けることはない。




 ーーなぜだ!? なぜ当たらない!?

 しかも今度は魔弾を見ることすらせず。くそっーー


 明らかに焦燥感を募り始めたイヴァンは魔弾の弾数を幾何級数的に増加させていく。

 けれども、滉穎こうえいには当たらない。

 いや、正確に言えば、光の槍は彼を掠め、その皮膚を焦がしてはいる。しかし、致命傷には程遠いのだ。




「これは・・・・・・一体?」

 観客席は呆然と彼らの戦いを眺めていた。何が起きたのか分からず、ただ食い入る様に二人を見ていた。


 それは、フレア帝国第三皇女アスタグレンス=リヴァインも同様だった。

 唯一、いや正確には複数人いるから唯一とは言えないだろうが。この戦いを冷静に観察していたのは、各皇帝とその近衛隊長、そしてアスタグレンスの隣にいたルクス=カンデラだった。


「ルクス。絡繰からくりを理解しているのでしょう。私に教えて下さい」


 滉穎こうえいの兄弟子でもあるルクスならば、この状況を説明できると推測し、彼の表情からそれは当たりだと確信したアスタグレンスは彼に問いかけた。


「そうですね。本来なら、あの魔法は彼の切り札になるはずだったのですが、彼自身がそれを切ったのならば隠しても無駄でしょうね。

分かりました。お教えしましょう。

あれは、《超自我》という希少魔法です」

 ルクスは、数秒の思案の後、彼女に種明かしをすることを決めた。


 対してアスタグレンスは、アカデメイアで首席といえども、その希少魔法には聞き覚えがなかったのか、ちょこんと首をかしげた。

 その仕草が意図したものなのか、はたまた天然なのかは分からないが、あまりにも妖艶で、また可愛らしかったために、ルクスを挟んだ席にいた小川おがわは不覚にも心拍が上がるのを覚えた。


「超自我・・・・・・ですか。

確か、地球の精神科医であるフロイトが主張した心的装置の在り方ですね。

だとすれば、妙ですね。彼の思想は現代思想の原点の一つとなり、現代魔法の基盤の一つを成しているとも言えます。とても希少魔法に分類できるとは思えませんが」




 近代の西洋で生まれた学問は魔境での魔法、より限定して言えば現代魔法の基盤を成しているとも言えるだろう。


 何せ、現代魔法というものは科学的根拠に基づいて体系化されたものーー魔法が科学に基づくというのもおかしな話ではあるがーーであり、その科学的根拠は彼ら西洋人がこの世を支配する法則を紐解こうとして生まれたのだから。

 より詳しく言えば、その原点は西洋哲学とも言えるだろう。


 そして、その現代魔法が魔境に波及したのは地球での十六世紀以降の話だ。事実現代魔法は四千年の中で四百年の歴史と比較的最近のものである。時期で言えば、大航海時代以降のことであろうか。

 また、その普及についても地球と同様に魔境において西洋化の波がエレメンターに迫ったのだ。

 簡単に言うと、パラダイムシフトが起こったのだ。




 現代魔法は仙術と違い、先天的もしくは悠久に思える修行を必要とせずーーもちろん勉学は必須であるがーー既存の魔法、つまり宗教系の魔法と違い莫大な魔力量をそれほど必要としない。


 たちまち今まで魔境で覇を唱えていた魔法は淘汰され、希少魔法として扱われる様になったのだ。

 まあ、仙術は誕生当初から希少魔法の分類であったのだが。


 ところで、「超自我」も西洋で生まれた言葉の一つであるのだが、それはオーストリアの神経学で、精神分析の創始者となるジークムント・フロイトが展開した精神分析理論で説明されている用語の一つである。


 解説すると、自我を監視したり、命令や審判を下したり、自我理想を示したりする精神機能。また、それらは社会規範や良心が心に内面化したものと見なされる。




 閑話休題。


 ルクスはアスタグレンスの博識故に生まれた疑問に一驚しつつも、すぐさま彼女のために解説を続けた。


「はい。確かに《超自我》の言葉自体は希少魔法にはとても分類できるものではありません。

問題は魔法の内容です。

実は《超自我》は元々何千年も前からある魔法の一つです。元を辿たどると、精霊崇拝アニミズムに至るのです」


 ルクスは、《超自我》が元々は東アジアの精霊崇拝アニミズムに由来していた。それが長い時をる中で仏教、道教などと結び付き、または分離しながら、果ては近代思想と融合することで今の形になったと説明した。


 もちろん、《超自我》の原形は正統の精霊崇拝ーーと言っても、アニミズムに正統流派があるのかどうかは定かではないがーーに受け継がれており、今も使用者は少ないながらも存在する。


 また、近代思想と精霊崇拝から生まれた魔法を融合させたのはヴァトリー家の配下であった。


「殿下がご存知ないのも仕方がありません。

何せあの魔法は、現状師匠と滉穎こうえいしか使えませんから。

ただの自信家である我々にはとてもできませんでした」

 その言葉に、アスタグレンスはある違和感を覚えた。

「自信家は修得しにくいのですか?

しかし、滉穎こうえいもまた己の才覚に信頼を置いていると思っていたのですが」

 アスタグレンスは少々混乱しつつも、頭を高速回転させ、ルクスが語るその真意を読み取ろうとしていた。


「ははは、すみません。困惑させてしまいましたね。

ですが、無理もありません。

僕もあの()()を理解するのは長い時間をかけましたから。

本題の前に・・・・・・

殿下は、《perfect vision》がどういう性格のエレメンターに修得されやすいかご存知ですか?」




 魔法というものは意思や思想、感情を力にできる、言い換えればその人物が使う魔法はその人の性格、思考の様態を表しているとも言える。

 故に、既に体系化されている魔法には、それぞれどんな考え方が適し、どの様な人物が使えやすいが明かされている。

 それは、普段から滉穎こうえいが愛用している《perfect vision》も例外ではなく・・・・・・


「ええ。私も玄羽くろうから短い期間でしたが習いましたから。

それこそ現代魔法の一つで、近代思想に基づく魔法ですよね。

自分自身の視点を絶対化し、周囲のものを無機的なものと考えると同時に、演算によって全てを、複雑な自然現象でさえも分析する。人の機微はさすがに分析できませんが、オンラインの中で最強格の魔法。

誰かにただ従属するのではなく、自己意識、自我を持ち、自身に絶対的な自信がある方が適性を持ちますね。

しかし・・・・・・それがどう超自我と関係するのですか? 私はいまいちそれがどの様な魔法なのか掴みかねています」


 アスタグレンスは、いまだ全容が見えない《超自我》について再度ルクスに尋ねる。

「まず、超自我自体の意味は置いておきましょう。重要なのは、《超自我》がアニミズムから生まれた魔法ということと、その適性が自分を完全に否定する者にあるということです」


 しかし、これでも完全には理解できた訳ではなかった。自分に絶対的な自信を持つ滉穎こうえいが自分を完全に否定する。

 そんなある種の矛盾をアスタグレンスは指摘しようとした。


 だが、ルクスは間髪入れずに説明を続ける。

「《超自我》は、周囲の、特に下位の特化型精霊を乗っ取・・・・・・精霊と同調することで自分以外の視点を得る魔法です。

口頭で言うと少し地味に感じるかもしれませんが、利点としては死角を消すことができ、また精霊特有の視界が手に入ることでしょうか。

もっとも、実際に使ったこともないのでそこら辺はあまり分かりませんが」


 精霊を支配、いや精霊と同調することによって文字通り多視点から標的を観察することができる。

 ルクスはそう《超自我》の能力を評した。


 しかしながら、アスタグレンスの先程の疑問は消えることはなく、それをルクスにぶつけると、

「そうですね。僕もおかしいと思いました。師匠は、まあ良いとしても、背反するこの二つの魔法が同時に使えるという矛盾。


しかし殿下。彼はそういう矛盾を多く抱え、それを自分の強さ、力へと変えるんですよ。

人が死ぬことは嫌いだが、殺すことに抵抗はない。

自分をあらゆる物の頂点と考えるが、常に自分は最底辺の人間だと捉える。

永遠に生きる意志があるのに、明日死ぬ覚悟がある。

そういった()()から生じた強さこそ、集中力、演算能力、身体能力なんかよりも、より彼を表す滉穎こうえいの真価なんです」

 そう言って、ルクスは静かに笑った。




 そこには、嬉しさと同時に、少々の悔しさが混じっている様にアスタグレンスは感じたが、まあそれも仕方がないことだとも思っていた。


 ルクスが一番目をかける弟弟子の滉穎こうえいが、自分にできないことを平気でやってのけている。

 それが兄弟子として誇らしく、また口惜しいのだろう。


 しかし、ルクスは感情を上手に制御し、理的に考えることができる人間だ。

 当然、滉穎こうえいがその矛盾を成立させている理由、経緯も理解しているのだろう。




 アスタグレンスは、いくらそれを尋ねても結局教えてはくれなかったルクスに、やはり聴こうとしたが、ついぞ出来なかった。


 それを聞けば、己の運命さだめに向き合おうとし、そして逃げ出した自分を自覚させられる様な気がしたから。

・超自我 『大辞林』より

 精神分析学の用語で、イドや自我と共に構成するとされ、良心機能を含むもの。イドから来る衝動や自我の働きを道徳・良心などにより抑制し、道徳的なものに向けさせる。

 オーストリアの精神科医であるジークムント・フロイトによる。

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