孤立と孤独と・第五十五話
・ホワイトアウト
六花の聖句。
紅蓮地獄の様に熱運動を減少させる能力が優れている訳ではないが、視界を覆い尽くすほどの大雪により、方向感覚を失わせることが可能。
僕たちが出会ったのは、もう十年も前のことだった。
十年前の秋に入り始めたある日のこと、そのときの出来事は今でも鮮明に覚えている。
「・・・・・・だれかに喚ばれた気がする」
唐突に、目の前の彼がそう言ったことを十年経過した今もはっきりと思い出せる。
何故なら、彼の目が一瞬鮮やかな緑と金色に輝いた気がしたから。
今では、どちらがどの色だったかは記憶にはない。
しかし、そんなことは、彼の目は漆黒の様な黒目だというのに、緑と金の目になることなどあり得るはずはない。
故に、覚えていた。
その後に彼の身に起きた事故も含めて。
彼自身はそんなこと、記憶しているかどうかは分からないけど。
今思えば、あの「喚ばれた」には、二つの意味があったのかもしれない。
一つは、きっと、死神からの招待。
だって、彼がそう呟いた日の翌日、彼の両親が交通事故で亡くなったから。
あの日から、僕は彼の心情も汲み取ることさえできず、彼に得体の知れない何かを感じ、距離を取ってしまった。
他の人もそれを感じたのか、彼から次々と距離を置く様になり、彼は孤立した。
それからというもの、彼の荒んだ様子が日に日に増した気がした。
学校では毎日の様に人と喧嘩し、先生に叱られ、家に帰れば、きっとどこの誰とも分からなかった人間がいる。
その人間が虎武龍司だった。
あの人のことはよく分からない。接点がそれほど有った訳でもないし、そもそも記憶に残っている姿が彼に撃たれて地面に伏し、死を待つしかないものしかなかった。
そう言えば、あの事件から彼の銃嫌いが加速した気がする。
銃をかっこ良いとは思っているだろうけど、社会に浸透させることにはかなり否定的だろう。
アメリカの銃社会に否定的な意見をもともと持ってはいたけど、それがより強くなった感じだ。
それが影響しているのか、彼はこの魔境でも弓を使っている。
話を元に戻し、孤立した彼は徐々にプライドが高くなり、そのプライドを保つために高い能力を手に入れる努力をし始めた。
連日の様に、彼が空手の教室にいたとか、剣道の道場に入門したとか、柔道を習い始めたとか、そういう話が友達の間では流れた。武道が中心だったのは覚えているけど、長続きした話は聞かなかった。
古流の武術とかの噂が多かったから、あの時は驚いた。
だって、武術とは、実戦とは結びつかなそうなサッカーに彼が来たのだから。
問題児として有名だった彼は、最初こそチームメイトとの衝突は多かったけど、サッカーの練度では負けているからか、自分から突っかかる様なことはなく、落ち着きを見せる様になった。
お世辞にも、サッカーの技術が高いとは言えないけど、その身体能力の高さから活躍もできてはいた。
もしかすると、彼が武術に打ち込めなかったのは、仲間が居なかったからかもしれない。
彼は今でこそ達観した様子も見せる時があるけど、その時はまだまだ子どもだった。
彼はきっと、孤独を感じていたんだ。
その孤独を埋められたのがサッカーだっただけなのかもしれない。
当時の彼の印象は、孤高という感じだった。誰とも交わることを良しとせず、独力で全てを解決しようとしていた。
隙を他人に見せようとしない完璧主義者だったとも思う。
それ故に、悪を許すことがなかった。
彼はルールを遵守し、それを他の人にも押し付けた。それが新たな対立を生むこともあった。
しかし、彼が問題を起こすことはなくなり、打ち解けることもできる様になっていた。
中学に入る頃には、すっかりサッカーチー厶の一員として認められ、彼も自分達を仲間として意識する様になった。
だけど、あの事件が起きた。
彼の里親だった虎武龍司が直接の原因ではないけど、研究所で不慮の事故が発生し、多くの人が亡くなった。
そこには、彼が仲間として認めていた人達と、彼が必ず守ろうとした人も含まれていた。
だから、彼は激怒した。
彼は自分のたった一人の味方だった里親を追い詰め、そして死に至らしめた。
その頃からだった。
彼がよく笑う様になったのは。
怒る時にはまず笑い、困った時にも苦笑いし、苦しい時も笑い始め、・・・・・・そして、初めて人を殺めた時にも薄っすらと笑っていた。
僕はその時になって初めて勘違いをしていたことに気付いた。
彼の孤独は全く癒やされていなかった、ということに。彼が最初から求めていたのは、友情じゃなかった。
愛情だったんだ。人の温もりを彼は欲しがっていたんだ。
それを与えてくれそうな人を、守ろうと決意した人を、彼の目の前で殺されたことで、彼は変わってしまった。
それからというもの、違う意味で彼は孤高になった。孤独になった。
僕達と遊んだり、誰かと笑顔で話したり、友好的に、昔の彼では考えられない程に仲良く人と接していた。
でも、それは表面上の話だった。
伊達に長い付き合いをしていない。
僕達は、気付いていた。
彼の心が全く満たされていないことに。彼が心の底から笑っていないことに。
それを考えたら、昔の方がよっぽど感情豊かだった。だって、怒って人と喧嘩したり、サッカーでシュートを決めたら喜んでいたりしたのだから。
それは今もそうなのかもしれない。時が彼を、彼の砂漠を少しずつでも縮小してくれるかもしれない、そう思う時もあった。
実際、彼は時が経つにつれて、彼の感情表現は昔みたいになって来たし、彼が出すオーラは人間社会の中でも異質には感じられなくなった。
だけど、久しぶりに会って分かった。
まだ、彼の心は乾いている。むしろ、彼の砂漠は拡大し続けている。
僕達が見ていたのは、彼が見ようとしているのは、人に見せているその姿は、きっと砂漠の上で揺らめく蜃気楼だ。
そうだ。話がかなり脱線してしまったが、「喚ばれた」のもう一つの意味を言っていなかった。
二つ目は、この魔境への召喚。
そう思う理由は、単純なものだ。
だって、僕は再び見ることになったから。
薄れていく意識と視界の中で、彼の目がまた緑と金に輝いたのを。
残念なことに、どちらがどちらかなんて分からなかった。僕は召喚されている最中、それどころではなく、召喚後も滅多に思い出すことなんて無かったから。
でも、これだけははっきり分かった。
僕達は彼に巻き込まれたんだろうなって。
これは、他の人には言っていない。僕の中に封印しているから。
召喚されてからはただただ必死だった。
きっと、再び戦い日が訪れる。そう確信していた僕は努力した。この魔境で生き抜くために、自分が死なないために。誰かを死なせないために。
そうしていたら、フレア帝国の召喚者成績第三位になり、いつの間にか神格武器というものを与えられ、五神祭への出場が内定し、・・・・・・そして今、同じ召喚者だった冬輝と相討ちに終わった。
冬輝の短い剣は、盾で受けても重かった。
その小さそうな背中には、重い覚悟が乗っていた。
負けられないと思った。
最初は、彼みたいに誰かを失うことへの痛みを恐れて、ただがむしゃらだった。
でも、もう僕は心から今の状況を楽しんでいる様だ。
この数奇な運命に。
彼がもたらしたであろう過酷な定めに。
それは十年前から、いや、きっとそれよりももっと前から、始まっていたのかもしれない。
・染瀚
墨竹の聖句。
墨竹が空間に刻んだ黒い軌跡を一定時刻まで遡り、必要な軌跡を選び、浮き上がらせることで発動する。用途としては、目隠しや極めればそれによる攻撃も可能だが、主には魔術のための能力。通常は平面の魔術陣を立体的に描くことができる。




