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月影のエレメンター(なろう版)  作者: ハイエナ=エレメント
五神祭編第ニ章・五神祭
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墨痕淋漓(2)・第五十四話

構柄太刀かまえたち

 吼天氏のもう一つの姿。

 聖句に分類されるが、攻撃するためのものではなく、形態を剣から刀に変化させるためのもの。

 松尾冬輝まつおとうきはほんの数ヶ月前の事を思い出していた。




 魔境に召喚されてからまだ、一、ニヶ月しか経っていない頃、時期的にはイオパニックの前だっただろうか。


 当時は、山滉穎やまこうえいが異例のスピードでアルティメットアクションに認められたことに本人も含めて浮かれていた。

 しかし、滉穎こうえいは浮かれてはいたが、日々の日課を忘れる様なことはなく、あの日も訓練が終わるやいなやヴァトリー家管轄の図書館へと足を運んでいた。


 冬輝とうきもこの日は少し調べたいこともあったので、滉穎こうえいを追ってトイラプス帝国一の蔵書数を誇る図書館へと向かった。

 というのも、この魔境は電気こそ普及しつつはあるが、インターネットなど城や宮廷、主要都市に独自の回線こそあっても、一般人がその手に情報ツールを持つことはなかった。

 故に、調べものと言えば、辞書じしょ乃至ないし事典であり、書籍が電子化している地球と比べ、未だに紙の本が主流となっていた。

 また、図書館は主要都市の中心に置かれることが多いために、ネット回線も通っている。そのため、図書館に行けば、インターネットを使えるのだ。




 滉穎こうえいは、訓練が終わった後や休日であったとしても、図書館に通い詰め、魔術の本を読破し続けている様だった。

 つまり、魔術を独学で学んでいることになる。

 冬輝とうきも含めて()()達は、自分達はエレメンターなのだから、魔術じゃなくても魔法で良いのでは? と思ったが、滉穎こうえいの好奇心の強さは知っているために特にそれについて言及することはなかった。




 冬輝とうきは図書館に着くと、転生初日に与えられていたカードを使い、使用者記録に登録して中に入った。


 ちなみに、このカードは所謂いわゆる身分証明書であり、行政が発行するものである。

 これによって、住民は公共施設の利用などをスムーズに行えている。


 紛失した場合は、銀行の口座の様に凍結は可能であるし、場合によっては自由組合に発行してもらうことも可能だ。しかし、気を付けなければならないのは、自由組合発行のものは行政と連結しているためにどこでも使うことはできるのだが、比較的簡易のものであるために、個人情報の詳細や財産に関してはそこまで役に立たないことだ。




 閑話休題。

 冬輝とうきは中に入ると、周りをキョロキョロと見渡し、ある人物を見つけるとすぐに彼へと近付いた。


「どうした? 松尾まつお

 さすがはアクションタイプを制覇したエレメンターと言うべきか、滉穎こうえい冬輝とうきの接近に勘付き、後ろも振り返らずに用件を尋ねた。


「いや、少し滉穎こうえいに聞きたいことがあってさ。ちょっと良いかな?」

 そう言うと、滉穎こうえいは体の向きを冬輝とうきの方へ直した。


 その時、今まで彼の大きな背中に隠れていたものが冬輝とうきの視界に入った。

 それは、魔法陣。

 それは、妙に印象的なものだった。


 円と正三角形、正方形やラテン語と思われる文字の羅列、複雑な数式が目に映った。

 はっきり言って、訳が分からない。

 冬輝とうきは数学が別段得意という訳でもないし、というより彼と比べればあの二人以外は皆得意と言えないだろうが、英語もそこまでではない。日本と違って、多言語社会であるこの魔境で、冬輝とうきも英語と同時にフランス語をかじってはいるが、ラテン語など門外漢だ。

 冬輝とうき達は魔法を使えるエレメンターにはなったが、冬輝とうきには彼の方がよっぽど魔法使いに見えた。


 冬輝とうきの視線を感じたのか、滉穎こうえいが頼んでもないのに解説を始めた。

 彼は、意外と人に物事を説明するのが好きらしい。まあ、好きなものを人に語りたい気持ちは冬輝とうきにも分かるが。

「これか? これは攻撃魔法のための魔術陣だよ。

僕達はさ、基本的に火属性の使い手がいないじゃないか。だから、少し火力については劣るところがある」

 それは、冬輝とうきも感じていたことだった。


 トイラプス帝国には、その国土や国民性からか、火属性使いが極端に少ない。基本的には、木村捷きむらさとしの様に木属性か、それを生み出す水属性が多い。また、滉穎こうえいの様に電気属性を得意とする者も多数だ。


 しかし、火属性使いなら召喚者の中にも見知った者が一人いるはずだ。

 そのことを尋ねると、

「ああ、川相かわいも確かに火属性に分類はされるけど。僕が欲しいのは化学的な反応で得られる炎であって、彼女のは物理学的な、どちらかと言えば熱力学だからね。魔境の属性の中では同じ分類でも、化学と物理ぐらい差がある。

まあ、この魔術陣も正確に言えば化学ではなく、物理の、量子力学に分類されるものだとは思うが」

 という答えが返って来た。


「へぇ〜。

それで、その魔法陣の名前は何て言うんだ?」

 冬輝とうきが聞くと、滉穎こうえいは嬉しそうに、それでいて背筋が凍りそうな悪巧みの笑みを浮かべた。

「これは、僕達が普段から恩恵を受けている恒星から出される摂氏数千度を誇る水素やヘリウム、電離カルシウムなどのガス体さ。赤い炎の様に見えるけどね。本来は、長く存在し続けるものから数分程度で消えるものがあるんだけど、これはちょっと調節して数秒の噴出型にした。

この魔術はきっと、今の僕達にとっては最強の攻撃魔術だろうね。

その名も・・・・・・」




 時は下り、冬輝とうき石田魁いしだはじめの一騎打ち。


「はあああああ!!!」

 猛々しく、辺りを震わす様な声を上げて剣を振り下ろした。


「はっ!」

 それに対して、はじめ冬輝とうきが抜刀術の範囲内に侵入するやいなや、短く、しかし鋭い声を出して刹那の抜刀を繰り出した。




 二つの剣閃が交差した後、その血を地面に落としたのは・・・・・・冬輝とうきだった。


 冬輝とうきは下腹部を押さえ、地に膝を付けた。


 はじめの吼天氏、「構柄太刀かまえたち」モードから繰り出された剣閃は、凄まじい風圧を伴って冬輝とうきを襲ったのだ。

 その余波なのか、それとも冬輝とうきが持ち堪えられなくなったのか、六花の《ホワイトアウト》は消え去り、周囲には開けた大地が広がっていた。




 しかし、はじめもまた、限界に近かった。抜刀術を繰り出す上で、感覚神経を研ぎ澄まし、刹那の抜刀をするために身体の能力も先程の一瞬で限界まで酷使した。

 精神力、体力共に限界に達しようとしていたのだ。


 だが、それでもはじめ冬輝とうきよりはダメージが少なかった。

 故に、次の行動もはじめの方がかなり早かった。


 はじめは地面に突き刺し、身体からだを支えていた剣を抜き取ると、おもむろに冬輝とうきへと近付いた。




 冬輝とうきはよほど消耗が激しかったのか、もはや動く様子すら見せずに、彼に背を向けて地に左膝を付けていた。




 はじめは一歩ニ歩と、彼のところへと歩いていく。


 この試合を観戦していた周りの者は皆、決着した、そう思っていた。




 そして、彼は冬輝とうきの半径一メートル内へと足を踏み入れた。


 しかし、その瞬間だった。

「《染瀚せんかん》!!!!!」

 冬輝とうきがいきなり叫んだかと思うやいなや、はじめを中心にしてドーム状に真っ黒な墨、いや漆黒の文字が浮かんだ。


 それが何であるかを理解するには、そう時間が掛からなかった。

 なぜなら、この魔境に来てからというもの、見かけない日がないという程見たものだったからだ。


 それは、魔法陣。

 それは、彼を捕らえるかの様に展開されていた途轍もなく巨大で、立体的な魔術陣だった。


 そう。これが墨竹の本領、エレメントだった。

 墨竹が残す黒い軌跡は、世界に刻む記録であり、その刻まれていた記録は、現象を投影した。




「そうか。

姿をくらませて攻撃するためじゃなく、これを隠すために・・・・・・」

 もはや、はじめがこのおりから逃れることは不可能だった。

 現象の発動にはまだ時間がかかるだろう。だとしても、この大規模な魔術から逃げられるとは、はじめには全く思えなかった。


 ならば、どうせ相討ちで終わるならば、目の前の相手に全身全霊を以て再び勝負しよう。


 魔術陣に気を取られていた間に、冬輝とうきはこちらに身体からだを向け、剣を片手正眼で構えていた。


 大した精神力だ。


 そうはじめは思えてしまった。


 一体魔境に来てからどんな経験をすれば、こんな覚悟と不屈の魂が手に入るというのか。

 何だか、楽しくなって来てしまった。

 これで終わりというのが勿体なく感じてしまった。


「だが、最終的に勝つのは、こちらだ!」

 はじめは構柄太刀を構えて、冬輝とうきへと迫った。




 それに対して、冬輝とうきも負けじと今までで一番とも感じられる速度で、はじめに向かった。




 太刀と剣が衝突し、金属音が鳴り響く。

 二人はつば迫り合いをし、試合が始まって初めて、二人の顔を互いに直視した。


「最後に教えてくれ。この魔術の名前は?」

 はじめが尋ねた。

「ああ。この魔術の名前は・・・・・・《紅炎プロミネンス》!」


 その刹那、魔術陣からあかい炎が出たと思うが早いか、二人を中心にしてその炎が半径五十メートルの半球状に外から中心に向かって射出された。


 あかく燃え盛る炎の様に見えるそれは、辺り一帯を有無を言わせず巻き込み、そのことごとくを破壊し尽くした。


 二人の姿など見えるはずもなく、そもそももうそこに存在しているのかさえ分からない。




 やがて、数秒の短い様でその大規模な事象のためか、数分にも感じられた紅炎は魔術陣と共に消え去り、後には何も残ってはいなかった。

 いて言えば、地面がガラスになっていたことぐらいしか、残されたものはない。


 魔術のかせから、魔力から現象へと移行する際の枷から解放されたプロミネンスの残骸は、熱となって辺り一帯に拡散した。

 いや、正確に言うのであれば、気体であるのだから、対流と言うべきか。


 ともかく、くれないの炎によって生み出された熱は、熱風として観客席の人間に襲いかかった。

 もちろん、フィールドと観客席の間には、教皇自らが張った結界のために、その熱風は無にした。


 しかし、逆に言えば、教皇の無魔法をもってしても、プロミネンスは完全に抑え切れなかったということだ。




 こうして、五神祭初日の初戦の火蓋は、切って落とされたのだった。

 プロミネンスには、「紅炎」という意味と「強調するために強く発音すること」の意があります。

 墨竹のコンセプトとしては、紙に墨で文字を書くように、本に文字を印刷していく様に、世界への記録と自身の存在の記録・強調があります。

 今回、紅炎プロミネンスを選んだ理由としては、そういう意図もありました。

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