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月影のエレメンター(なろう版)  作者: ハイエナ=エレメント
五神祭編第ニ章・五神祭
57/109

六花と墨竹(2)・第五十ニ話

北弓月きたゆづきエイナイエン

 トイラプス帝国北方のガニメド県で強い影響力を持つ北弓月家の養子となったエレメンター。優れた錬金術師で、ガニメデの鉱山や工業製品の開発を担当している。親しい者にはエインと呼ばれている。

「うっ。中々肌寒いですね」


 案内に従い、洞窟に入ろうとした松尾冬輝まつおとうきであったが、洞窟から漏れ出ている冷気に当てられ、文字通り鳥肌が立ってしまった。

「ははっ、六花の冷気でしょうね。これでもまだ抑えられている方ですよ。彼の機嫌が悪い時には、ここら一帯が夏でも氷点下になりますから。と言っても、ここ数十年はそんなことはありませんがね」

 ははっ、と北弓月きたゆづきエイナイエンは陽気に言うと、ルクス=カンデラと冬輝とうきにダウンコートを手渡した。

「中に入ればまるで極地の様な寒さの時もありますから、着ていた方が良いですよ」

「ありがとうございます」


 コートを着終えた二人は、同じく防寒着を着用し終えていたエイナイエンに連れられ、冷気いや寒気をだだ漏れにさせている洞窟の中へと足を踏み入れた。




 入り始めて数分が経過した頃、冬輝とうきは早々に方向感覚を失いそうになっていた。というのも、さっきから右に左に曲がってばかりで、まるで迷路を歩いているかの様だったからだ。もはや迷宮と言われた方がしっくり来ると、冬輝とうきは感じていた。

 同時に、この迷宮の中を自身の記憶のみで迷うこともなく歩いている案内人のエイナイエンに感心していた。


 そんな冬輝とうきの様子から察したのか、エイナイエンは、

「あと少しで着きますよ」

 と言った。


 その言葉はその通りであった様で、狭い道の先に大きく開けた空間が見えた後、彼らの目に岩に突き刺さった二本の剣が映った。

 その内の一本は、外界に寒気を放出し、その空間のみならず、その周囲の坑道さえも濃い霧で覆っていた。

 その濃霧によって、視界が悪くなっているはずなのだが、その存在感のせいか六花と墨竹だけはその全容がはっきりと見えていた。


「墨竹は温厚ですが、六花の気性においては激しい一面があります。三人で行くと彼の機嫌を損ねるかもしれません。

すみませんが、冬輝とうき君お一人でも良いですか?」

 エイナイエンは今までの事例からどうするべきかを考え、冬輝とうきに一人で行く様に言った。

 それに対して、

「分かりました」

 と、彼は小さく頷きその寒気が充満した空間へと足を踏み入れた。


 その瞬間、六花が人の気配を強く感じてしまったせいか、寒気はより強く寒波となって冬輝とうきを襲った。

 彼よりも数十歩は離れていたルクスとエイナイエンでさえその強烈な寒波にさらされ、唇と歯が激しく震え、大抵のことには動じない彼らが一歩下げられてしまった。

 ましてや、より近付いていた彼が感じたであろう寒気さむけや恐怖心はこんな言葉では言い尽くせないものであった。


 しかし、彼がその恐怖心に屈することは無かった。むしろ、彼はその歩みを加速させていった。

 その間も、六花は寒波を放ち続け、彼の接近を拒む。彼の身体は、本能は、今すぐにでもきびすを返したかったが、彼はそれを強引に抑え込み、近付くのを止めなかった。

 近付けば近付く程、彼の本能が鳴らす警鐘は強くなるが、彼がそれで止まることはない。


 彼は、周りにとっての数十秒がまるで数分にでも引き伸ばされた様な感覚を覚えていた。

 既に、手足の感覚が怪しくなって来ている。今なら出血したとしても、痛くも何ともないだろう。

 それほど、目の前の紅蓮地獄の体現者、いや神格武器が発する恐怖の波動は凄まじいものであった。


 それにも関わらず、冬輝とうきが目前に迫る地獄に逃げもせず、むしろ立ち向かおうとしているのには、一つの理由があった。




 それは、冬輝とうきにとって、いや冬輝とうき達にとっては忘れ難い出来事となったイオのエピデミック。


 そこで、彼らは一人、仲間を失った。

 正確には、彼はまだ行方不明という扱いではあるのだが、もはや生きている可能性は雷に当たる確率よりも低いだろう。それほど、絶望的だった。

 冬輝とうきは、その光景をゼロ距離で見ていた者の一人だった。


 それは、あまりにも急過ぎた。

 何の準備さえさせてくれず、訳も分からないまま戦闘となった。

 今でも、実感が湧くことはない。

 冬輝とうきがエレメンターの世界の中では下っ端に当たるために、情報統制として何の情報も知らされていないことも起因しているのかもしれない。

 しかし、全貌が分かったとしても、彼にはその事件に実感を持てるとはどうしても思えなかった。


 きっと、何となく、これからも、友としてこの世界で暮らしていくのだろうな、と思っていたから。




 それは、あまりにも理不尽過ぎた。

 何の理由もなく、いや、テロリストには何かしら理由は有ったのだろうが、それでも、彼には奴らに()()があるとは思えなかった。

 何の罪も無い、有ったとしても死ぬほどのものではないだろう人々を己の自己満足と利益のために殺すのが、誰かにとっての正義と言うのであれば、彼は山滉穎やまこうえい同様、正義を信じられなくなるかもしれない。

 誰かにとって絶対的な正義は、必ずしも他の誰かにとっての正義になるとは限らず、むしろ悪になることさえある。


 きっと、世界から戦争が絶えないのも、これが一つの要因なんだろう。


 そう滉穎こうえいが呟いていたことが、冬輝とうきは最近分かって来た気がしていた。


 正義と正義の衝突など、二次元の中での出来事だと思う時すら彼には有った。

 温和な性格の彼は、正面から人と衝突して喧嘩に発展したことなど無かったから。

 良く言えば、柔軟。悪く言えば付和雷同だった彼には、正義のぶつかり合いに実感は持てなかった。


 だが、魔境に来て状況が変化した。

 ここには、地球の日本では身近に感じることもないテロリストの脅威があり、何千年前からも己の復讐心のために、と戦争を続けている敗北者がいる。

 この世界では、魔境では、戦闘を避けることなどできないのだ。


 それを、あのイオパニックで痛感した。




 何の役にも立たなかった。


 滉穎こうえいは司令塔としてテロリストの制圧をスムーズに進めたし、その上ガイン=エルグとかいうリーダーを足止めし、魔物使いの息の根も止めた。


 稲垣翔祐いながきしょうすけは、圧倒的な存在感を放つ巨体で迫るバーサーカーをその細身で受け止め、そして倒した。


 オンライン型に認められた仲間達、それには一応、自分も入ってはいるが、彼らは正確な情報をリーダーに伝え、的確な指示を周りのエレメンターに伝達した。


 小栗臥龍おぐりがりょう木村捷きむらさとしは、滉穎こうえいと一緒にガイン=エルグと戦ったし、滉穎こうえいの危機も救ったと聞く。


 この中で、目覚ましい活躍がないのは自分だけだった。もちろん、それで不貞腐れるようなことはないし、自分も重要な役目を果たしたという自負はある。しかし、もしかしたら守れたかもしれない仲間を、隣にいながらも結局守れなかった自分がゆるせなかった。


 二度と、こんな思いを味わいたくない。

 そのための力が欲しい。誰かを守れる程の力を。


 だから、神格武器、六花と墨竹の話が来た時は、迷うことは無かった。

 きっと、今の自分には分不相応だろう。それで身を滅ぼすことにもなるかもしれない。

 でも、その方がまだマシだった。

 力が無いために踏みにじられるよりは、力が有ってもそれを使いこなせる程の人間ではなかったから敗北した、そう思えた方が、ずっとずっとマシだ。

 目の前の事態に、何もできずに呆然と立ち尽くすことがどれほど惨めか、理解してしまったから。


 それは、お前も同じだろう。六花!




 冬輝とうきは双剣の神格武器の目の前に来ると、その片割れ、六花の柄を強引に握った。

 その瞬間。

 六花は拒絶しようとしたのか、はたまた驚いたのか、自身を握っていた冬輝とうきの右腕を、一瞬にして肩から指先まで凍らせた。




 その様子を遠くから見ていたルクスとエイナイエンだったが、凍らされた冬輝とうきの腕を見てエイナイエンが思わず、

「危ない!」

 と叫び、冬輝とうきの所まで駆けつけようとした。

 しかし、それは隣で同じ様に見ていたルクスの左手によって制止されてしまった。

 驚いて右側を見ると、ルクスはエイナイエンの方を見ながら首を小さく左右に振り、「大丈夫です」と言ったのみだった。


 ルクスは微塵も心配してはいなかった。先程は選ばれずとも不満に思うな、という趣旨のことは言ったが、内心では彼は確実に六花に気に入られると思ったからだ。

 墨竹は分からない。文献を読んでも、六花についての性格などは事細かに書かれているのに対して、墨竹はその様な記述が一切ない。

 故に、ルクスといえども、墨竹が彼を仕えるべき主人、使い手として見るのかは未知数だった。


 しかし、六花ならば、戦争によって大事な人を失い、戦争への怒りに震えたエレメンターならば、今の彼を使い手に選ばない訳がない。


 だから、ルクスは遠くから冬輝とうきの勇姿を見守るのみだった。




 冬輝とうきは自身の右腕が刹那の間に凍らされてしまったことには驚いたものの、それが逆に六花へのある種の信頼を持つことへとなった。

 なぜなら、凍ったのはあくまで彼の右腕の周囲で漂っていた水蒸気のみで、しかもそれは彼には接触せず、空気の層を作っていたから。


 一瞬凍傷を覚悟した冬輝とうきは、寒さで感覚が麻痺していたからかもしれないが、全く痛みも寒さも感じないことに気付いていた。そしてそれが六花の優しさから来るものなのだと分かった。

 本当は、六花は人をむやみに傷つけようとする人、いや英霊なんかではない。むしろ、人を気遣い、正義を愛するそんな精霊なんだ、ということも。




 しかし、彼は臆病だった。大事な人を失う悲しみに、大切な人を失った時の怒りに震えた自分に。恐怖すら抱いていた。


 それでも、誰かにこんな苦しみを味わせるのはもっと嫌だった。

 だから、力を与える存在になったのだ。悲しみの連鎖を少しでも絶ち切るために。兄と共に。




 六花もこの出会いに運命めいたものを感じていた。


 今、目の前にいる人間は、エレメンターは、中途半端な覚悟でこの力を欲していない。

 かつての自分と同じ、誰かを守りたいから欲している。突発的に発生する理不尽を討ち滅ぼすために欲している。


 まだこのエレメンターは未熟だ。かつての自分と比べれば、数段劣る。

 しかし、それも自分が支えれば良いだけのことだろう。げんに、瞬間冷凍にも驚きこそしたが、狼狽ろうばいすることはなかった。度胸も覚悟も十分だ。

 このエレメンターならば、たとえ自分が暴走しても問題ないだろう。


 墨竹は分からない。このエレメンターを気に入るのかどうか。

 兄は自分と比べてせっかちではない。長い目で見極めようとする。でも、多分自分と同じ選択をするだろう。兄弟なのだから。

 それがいつかは分からないが。




 もやが晴れた。

 視界を覆っていた白い煙は全て消え去り、六花と墨竹が納められた空間を一望できるようになった。


 ルクスとエイナイエンが晴れた先に見つけたのは、六花を岩から引き抜いた冬輝とうきだった。

弓月ゆづき

 古代からトイラプス帝国に仕える一族の一つであり、優れた養蚕や灌漑・土木技術で初期のトイラプス帝国を支えた。

 弓月ゆづき家の始祖は、実は望月春朝もちづきはるともが協力を求めた大商人の息子であり、第三次魔族戦争での功績から伯爵の地位を初代皇帝から与えられたことに始まる。

 その後は、中央ではなく、辺境や開拓地にその根拠地を置き、地方の開発に力を注いだため、中央での権力はそこまで強い訳ではない。しかし、地方での影響力は強い。

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