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月影のエレメンター(なろう版)  作者: ハイエナ=エレメント
五神祭編第ニ章・五神祭
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羽化登仙・第四十六話

東天紅トウテンコウ山脈

 古代、フレア帝国の民はこの山脈から朝日が上るのを見ていたため、この名が付いた。

 現在では、フレア帝国とトイラプス帝国の自然国境線の役割を果たし、この山脈の中でも一際高い「青蛙山せいあざん」は道山とされているが、常人では何故か七合目から上に行けない。

 フレア帝国民にとっては神聖な場所である。

 トイラプス帝国民にとっては仙人が住まう近寄ってはいけない仙境である

 五神祭前日の未明、太陽が辺りを照らさず足元さえ視認できないその時刻に、そのエレメンターは東天紅トウテンコウ山脈にある山を登っていた。

 東天紅山脈はトイラプス帝国とフレア帝国の自然国境線となっており、二千年程前の魔族戦争においては戦略的要地となった場所である。

 天高くそびえ立つその山、青蛙セイア山の上に漂う雲は朱色に染まり、幻想的な光景を麓の人間に見せていた。


 そのエレメンター、玄羽くろう=ヴァトリーは薄暗い森の中を臆せずに進み、ついに木々の高さは彼の腰ぐらいになる。その頃には太陽は東からその姿を地平線から現し、頂上から徐々に麓へとその光を提供した。

 玄羽くろうは歩みを進めて行くと、彼の目に見える植物の種類はその数を極端に減らしていった。だが、彼がいくら登ろうとも頂上が彼の目に映ることは無かった。

 それもそうだろう。彼が上へ登れば登る程、まるで山が彼の侵入を拒むかの様に霧が徐々に濃くなっていたのだから。

 しかし、それでも玄羽くろうは進むことをめない。むしろ、日が上らなかった時よりも見づらくなった足元など気にも留めない様子で、歩く速度は加速度的に上がっていく。


 そうして歩き続けること十五分、痺れを切らした者達が彼の目の前に降り立った。

「この仙境に何用だ」

 辺り一帯の霧は晴れ、まるでこの世ではないかの様に幻想的な光景へと変わるが、これもまた彼の瞳に映し出されることは叶わない。なぜなら、彼を包囲するかの様に無数とも思える仙人が彼の視界を覆い尽くしていたからだ。

 常人であれば圧倒されそうなその光景を前にしても、彼は非常に冷静であった。

 その冷静さは彼の高い能力とそれに対する自信から来るものなのか、はたまた元来のものなのかは分からないが、笑みを浮かべた玄羽くろうに対して仙人達は少し面白そうなものを見る表情に変えた。


 彼はしばらく間を置いた後、

悪戯いたずらにしては豪快ですね。お祖父じい様」

 そう言った。

 それに対して、後続も見えなかった仙人達はたった一人を残して全て煙へと化してしまった。

「よく見破ったの。この幻術、かなり自信があったんじゃが」

 現れたのは、玄羽くろうの祖父であり、仙人となったはずの涼羽りょう=ヴァトリーであった。その話し方は以前の玄羽くろうが知るものではなく、芝居がかったものになっていたが。

 いかにも仙人らしい顔つきであり、白く濃いひげを口周りにやし、その頭髪もまた白く、長いものであった。

 しかし、その表情からは厳格さは感じられず、むしろコロコロと変わり笑うために親しみやすさがにじみ出ていた。だが、やはり仙人なのだろう。そのたたずまいには不思議と貫禄があり、風になびく髪や髭、白い衣は彼にさらなる荘厳なオーラを涼羽りょうに与えていた。


 言うまでもなく、彼が入り込んだ山は仙人達が住まう仙境であった。本来であれば仙人の幻術により、辿り着くことなど不可能な領域なのだが、その幻術に適性が高い、いや高過ぎる玄羽くろうには幻術の霧など通じるはずもなかった。

「小さい頃に直々にお祖父様に教わった術ではないですか。それを私が見破れぬ道理はございませぬ」

 そう玄羽くろうが断言すると、涼羽りょうは楽しそうにカッカッカッ、と笑いその白く長いひげさする。




 ちなみに、幻術とは仙術と同様、魔法の派生であり、その名の通り人の目をくらます術のことを言う。これもまた希少性が高い、つまり扱えるエレメンターが少ないのだが(と言っても仙術程ではない)、ここにいるヴァトリー家の秀才は幼少期に会得していた。まあ、それに至るまでの努力は並大抵のことではなく、今となっては想像できないだろうが、玄羽くろうは情けない姿をさらしていたのだが。しかし、その全貌を知っているのは目の前にいる彼の祖父のみである。


 ついでに言うと、彼の弟子である山滉穎やまこうえいは既に簡単な幻術であれば修得済みである。彼の弟子もまた、幻術や仙術に高い適性を示す稀有けうなエレメンターであった。

 故に望月もちづき家から少し狙われている(暗殺ではなく、縁組み)のだが、それは当の本人が知るよしはない。玄羽くろうは知っているが、悪いことにはならないと分かっているので特に気にしてもいない。




 閑話休題。

「そうかそうか。あの泣き虫小僧がここまで立派になるとは、感慨深いものがあるの」

 涼羽りょうは目にじんわりと涙を浮かべて、満足そうにそのしずくを白い衣で拭った。

「いかんな、年を経るとどうも涙腺が緩んでしまうの」

 もはや仙人の雰囲気など感じなかったが、むしろ彼が出すオーラの方が玄羽くろうにとっては居心地が良く思われた。

 その理由としては、彼が所謂いわゆるおじいちゃん子ということもあるが、テロリストとの戦いなどを通して人の感情をダイレクトに感じることが少なかったからだろう。彼の弟子達と対面する時でさえ、自分の感情というものは押し殺さなければならない時がある。ましてや、戦場や政治においてはなおさらであった。


「お祖父様が最後に私の姿を見たのはもう二十五年も前ですからね。私もそれ相応に成長しますよ。お祖父様も、あの頃とは大分だいぶ容貌は変わりました。性格というか雰囲気はあの頃のままなので、私としては安心感がありますが」

 玄羽くろうは少し嬉しそうな表情でそう言った。まあ、話し方については言及しなかったが。

 涼羽りょうはこれまた愉快そうに微笑むと、本題へと入らせた。

「それで玄羽くろうよ。おぬしは何用でこの仙境に参った? まさかわしと再会するためだけにこの危険な山を登った訳ではなかろう」

「はい。今回はお祖父様に4049年の時のエノク暗殺についてお話を改めて伺いたく、土足でこの領域に侵入する無礼を承知で参上しました」


 しばらく、涼羽りょうは黙ったままだった。代わりなのかどうかは分からないが、せわしなくその白い眉毛は動いており、涼羽りょうの感情を代弁していた。

「良いぞ。じゃが立ち話ではなくとも良かろう。この仙境へ入る許可は初代様にいただいた。中で話そうかの」

 涼羽りょう玄羽くろうを連れて、仙境の奥深くへと入って行った。

 幻想的な光景は果てしなく続き、もはや玄羽くろうが知る青蛙山ではなかった。後ろを振り返っても、俗世は厚い雲で覆われ見ることはできない。幻術もしくは仙術の一種なのだろうが、この空間を創り出すことが自身にもできるとは、玄羽くろうには思えなかった。そもそも奥深くの幻術の霧でさえ看破することすらできなかった。

 玄羽くろうは己の力量がここにいる仙人達には遠く及ばないことを静かに悟った。


 道中、多くの仙人とすれ違い、例外なく珍奇なものを見る目にさらされた玄羽くろうであったが、問題視はしていないのか、それ以上のことは無かった。

 だが、玄羽くろうはすれ違う数多あまたの仙人達に既視感を覚えていた。もちろん、会ったことなどない。むしろ、玄羽くろうが肖像画または写真により一方的に知っていただけであった。

 彼等は代々ヴァトリー家を継いで来た彼の先祖だったのだ。

 そうなると、一つ分かったことがあった。涼羽りょうが先程言った「初代様」というのは、彼等ヴァトリー家の始祖である林羽りんう=ヴァトリーのことだろう。

 そう。この仙境にいる仙人は、ほぼ林羽りんうを始めとするヴァトリー家の者達で占めているのだ。しかも、驚くことに千六百年も前の人物である林羽りんうやそれ以降の歴代当主がほぼ存命しているのだ。つまり、彼らは仙術の「不老不死」もしくは「不老長寿」という目的をほぼ達成しているということになる。


 その事実に玄羽くろうが驚いていると、目的の、話し合うための場所に着いたらしい。

 涼羽りょうは山の頂上にある切りだった岩の中でも、特に存在感を主張する三角錐型の巨大な岩にひとっ飛びで軽やかに登ると、どこから取り出したのか瓢箪ひょうたんをその手に持つ。すると、酒でも入っているのか豪快に瓢箪の中にあるその液体を全てみ干した。

 その光景を見た玄羽くろうは少し呆れた様な表情をすると、涼羽りょうと同じ様に仙術である《軽功》を発動させ、華麗に跳んだ。


 そして、彼らはそのざらざらとした岩肌に腰を下ろすと、四十七年前の出来事について話し始めた。

「エノク暗殺じゃったな。あの時のことはよく覚えておるぞ。わしは直接手を下してはいないとは言え、間近で彼奴きゃつが殺されるのを見ておったからの」

 いつも明るい涼羽りょうであったが、この時は少し低いトーンで話していた。

「そう、ですか。

お祖父様。本題へと入らせていただく前に、一つお伺いします」

「何じゃ?」

「エノクには息子がいましたか? 当時の資料にはエノクの愛人について書かれてはいましたが、その女性が当時の反乱軍には全く関与していないことから、お咎めを受けず、その後の行方についても記載されていませんでした。当時を知る人物に話を聴こうにも、関与していた大半の人間は死んでいました」

 玄羽くろうの質問に、涼羽りょうはゆっくりと目を閉じ、しばらくの間沈黙する。


 そして、涼羽りょうの目が開くと、その瞳の奥深くには揺るがない決心が見て取れた。

「いたぞ。何せ、その暗殺の場にその子はおったからの。

その子、確か・・・・・・悠牙ゆうがじゃったかな。当時の秀羽しゅうと同じくらいの年齢の彼を殺すことなど、わしにはできんかった。

そう言えば、あの子は母親と共に南のアリベシ王国へと向かったかの」

 玄羽くろうは衝撃の事実に一驚していた。だが、何よりも驚いたのはエノクの息子の名前が、滉穎こうえい波俊水明はじゅんすいめいから聞いたカーリーの指導者の名前と一致したことだった。

 涼羽りょうは当然、彼の驚きに気付いており、

「何じゃ。もしかしなくても、最近再活発化したカーリーのリーダーはエノクの息子じゃったか?」


 その言葉をすぐには肯定できなかった玄羽くろうだが、その沈黙が逆に質問の答えとなってしまった。

「そうか。わしの情けは宋襄そうじょうの仁となってしまった訳かの」

「そんなことはありません。お祖父様は人として当たり前のことをしたまでです」

「しかし、わしは、本当は。気付いておった。あの小さき体に宿った瞋恚しんいの炎を」

 涼羽りょうは一瞬悲しそうな顔をし、話を続けた。

「エノクは今でこそ、テロリスト集団を生み出した親として批判を受けているが、エレメンターとしては模範的であった。おそらく、子どもの親としてもな。

彼奴きゃつ()()()は最期の一瞬まで見事であったし、剣からもそれを伺うことはできたからの。ただ、()()を求め過ぎていたのかの。

その栄光が誰に対するものかも分からぬ()()の道と信じて。

それが当時の光剣部隊隊長には危険に思えたのじゃろう」


 玄羽くろうは何も言えなかった。いや、言わなかった。当時を知らない人間である自分は、軽はずみなことを言ってはいけないと考えたのだろう。

 その生真面目な性格は彼の弟子にもしっかりと受け継がれている、あるいはそういう人間が集まりやすいのか。


 ともかく、玄羽くろうはその後も涼羽りょうの話を聴かせてもらっていた。

 その対価として、酒呑みに最後まで付き合わされ、《羽化登仙》の極意を叩き込まれた訳だが。

・東天紅

 朝、東の空があからむこと。

 暁に鳴く鶏の声のこと。東の空が赤らむのを知らせる意を、その鳴き声にあてた。




・鶏

 古代では、鶏は再生の象徴とされていた。




・羽化登仙

 『蘇軾・前赤壁賦』より。

 酒に酔って、良い心地になることの例え。

 人間に羽が生え、仙人となって天に昇る意から。

 魔境では、仙術の一つとして認識されており、重力属性、風属性等とは異なる方法で空中を飛ぶ。しかし、その方法は例によって認識を越えるものであり、そもそもイメージは羽が生えることにあるが、背に羽を生やしてはいけない。

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