天災の少女(2)・第四十四話
エケケイリア。
聖なる休戦。
古代においてオリンピックでは、祭典の数ヶ月前からオリンピアのあるエリス地方の使者が馬に乗り、ギリシア全土にオリンピック休戦を触れ回ったと言われています。
この魔境では、まさしく五神祭でこの聖なる休戦が実現されています。と言っても、古代のギリシア同様、必ずしもこの期間中は完全に平和な訳ではないですが。
果たして、エケケイリアの正統を受け継いでいるのはオリンピックを生み出した地球か、聖戦によって生み出された魔境か・・・・・・。
by 山滉穎
いよいよ五神祭もあと二日となり、小栗達の緊張も徐々に高まっている。
僕は今日の訓練もほどほどにし、ルクス先輩からいただいた資料を脳裏に展開して歩いていた。
ちなみに、資料はたとえ仲間である小栗達であろうとも見られるのはまずいので、焼却処分済みだ。
今は、散歩という名の巡回を宿泊所や商業区を中心にしている。テロを事前に察知しているのに、それに備えない道理はないからだ。
しかし、こうして見るとオリンピアの都市はとても安全で、平和に映る。ニヶ月前のイオもこんな感じだったのだろうか。あの時はまんまとバイオテロを起こされたが、今回はそうはさせない、という意気込みと共に、地形と人、その動きを脳裏に入れている。まあ、バイオテロとは限らない訳だが。
僕は、一ヶ月前よりも感としての能力が上昇し、常時であってもニつの思考を同時展開できる様になっていた。
だから、地形などの把握と平行して資料の熟読を行い、自分のすべき行動を考えている。
アスタグレンス殿下は師匠が用意したもう一つの資料によると、とても多難な人生を送っている様だ。
僕も大分所謂一般人とはかけ離れた人生を送っていると自覚はしているが、彼女のそれは一人の少女が背負うにはあまりにも過酷なものだと思えた。
まず、十七年前に彼女の生誕があった訳だが、殿下が生まれた日と同じ日に生まれた赤ん坊が全員衰弱死している。
翌年、莫大な魔力量を持つことが判明し、周囲から期待され始めるが、その年の九月、後宮に雷が落ち、全焼してから何故か殿下に女官が近付かなくなる。
殿下が五歳となり、初等学園に入ったその夏、例年にない酷暑が襲い、熱中症が多発する。特に、同学園の児童で死者が何故か多かった。
ニ年後、つまり件の五神祭で殿下は誘拐され、護衛や側仕えの大半が死亡し、殿下は実行犯を惨殺する。
しかし、この惨殺の情報は世間一般に知られていない。また、事件が解決した後、殿下は聖教会の本部に行っているが、この頃から孤立が目立つ。
殿下が九歳の時、フレア帝国では飢饉が、トイラプス帝国では津波が、タートリア帝国では寒波がそれぞれ襲っている。
十一の時に飛び級で今のティマイオス学園に入学し、首席となる。入学直後、地震により同学園の寮の一つが崩壊する。
ニ年後のクロノス歴4092年から殿下は同年代の召喚者と接触する機会が増える、というよりは自ら近付いている。
そして、今年の春の終わりにイオパニックが勃発し、現在へと至る。
彼女の周囲では、もはや偶然とは言えない程必ず人災、自然災害を問わず災いが降り掛かっている。
全て状況証拠でしかないが、殿下が魔力的遺伝性過敏症を患っているのは明確だった。それも運命型と呼ばれる天災を。
おそらく、師匠もそれを確信し、ルクス先輩も勘付いてはいるだろう。
これは、機密性が高い訳だ。ギフトと呼ばれるものは、現代では有利に働くものが多いとされているが、基本的には見方を変えただけであり、不利益になることが主だ。
故に、その人の長所であるのと同時に弱点でもあり、人にギフトを尋ねることはマナー違反とされている。
僕の自分自身のギフトはまだ調べていないが、師匠は自分にも言う必要は無い、とおっしゃっていたし、師匠もギフトを持っているが内容は皇帝陛下すらご存知ではないらしい。
そう考えると、一つ思い違いしていたことに気付いた。先日、ルクス先輩は僕が殿下のことをズバリ言い当てたことに驚いた。いや、実際は僕がそう思っていただけで、ルクス先輩は確かに僕の察しの良さにも感嘆はしていただいたのだろうが、本当は波俊水明が殿下のギフトを知っていたことに一驚していたのだろう。
あの男のまるで千里眼の故事の様な情報網は侮れない。加えて、常に神出鬼没で目の前に現れようとする。師匠達の力は一騎当千級だが、あの男を捕らえるのは困難を極めるかもしれない。
まあ、今回はあの男が一応は敵でなく、敵の敵は味方という立場なのが不幸中の幸いだった。
そう思考していると、不意に後ろから声を掛けられた。その声は、ついさっきまで考えていた人物のもので、三十日程前にお見舞いに来ていただいたお方だった。
「お久しぶりです。アスタグレンス皇女殿下」
件の人物であるアスタグレンス=リヴァイン、フレア帝国の第三皇女であった。今日は初めて出会った時と同じ様な格好で、銀と白を基調として紅色の線が入った服であった。
あの時と比べれば、幾分ゆったりとした服で露出は少なく、彼女の気品がある立ち居振る舞いと見事に調和していた。
「お見舞いの時以来ですね。ご体調はあれからどうですか?」
「はい。万全の状態です」
「それは良かったです」
「ありがとうございます」
そう挨拶を交わすと、殿下の後ろにニヶ月程前に見たバーサーカーを彷彿させる金剛の様な身体を持った三十代ぐらいのエレメンターが控えているのに気付いた。
しかし、彼からは狂戦士の様な雰囲気というよりは、まるで仏教用語の金剛の様な知性を感じられた。金剛違いだ。
その視線に気付いたのか、殿下が、
「この方は阿僧恒河。今は中央の命で私の護衛を務めています」
と彼の紹介をした。
きっと、中央もイオパニックや師匠の言葉で少し危機感を抱いているのだろう。かと言ってあまり大々的に皇族の護衛を増やす訳にもいかないので、餅は餅屋ということで、多分だが仏教系そうでなくともインド神話系のエレメンターを寄越したんだろうな。カーリーはそういう系統の魔法の使い手がエノクの影響で多いから。
そう考えて彼を観察すると、手には数珠があり、密教なのだろうかその腰には金剛杵が見受けられた。もっとも、この魔境でそれらの道具が地球と同じ用法で使われたところをあまり観たことないので、おそらくは神格武器や魔術を施した武器だとは思うが。
この場合、神格武器の中でも法具と言われる部類のものだろうか。
しかし、阿僧(阿僧祇)に恒河(恒河沙)か。途轍もなく大きいな。彼の二メートルはありそうな身体の様に。まあ、それでは比喩にならない程ばかでかい数字だから、明喩にはなっていないだろうが。
それよりも、何だか彼からは既に僕が知っている雰囲気の様なものを感じられ、しばらく凝視してしまった。
「どうしましたか?」
訝しんだ殿下に尋ねられて、我に戻った僕は、
「いえ、仏教みたいに随分と大きい値だな、と思いまして」
と無難な答えを返した。その際、後ろの阿僧さんの体が少しピクッと動いた気がした。
殿下は見惚れるぐらい美しい朗らかな笑みを浮かべ、
「確かにそうですね」
とおっしゃった。
その後、殿下は後ろに視線を送ると、
「はい。頻繁に、というわけではありませんがそう言われることは多いですね」
阿僧さん、いや何となく仏教の導師みたいな人だから、これからは心の中でだが阿僧導師と呼ぼう。
阿僧導師は静かに同意をした。初めてその巨体から出される声はまるで獅子の様に猛ており、身体が震える感じを覚えた。
この人が近くにいるだけで、邪な考えを持った連中への牽制になるな、と思いつつ、さっきの発言は仏教ではなく、天文学にするべきだったかなと考える。
「ところで、滉穎はここで何を?」
殿下が僕の用事を尋ねる。後二日で五神祭が始まり、しかも僕達は初戦なのだから、今頃は訓練をしている、とお思いになっていたのだろう。
まさかテロに備えて巡回していました、とか、殿下のギフトについて考えていました、とか、殿下について思いを巡らせていました、とか言えるはずがなく、
「少し訓練の気晴らしに散歩していました。あまり外に出ないと視野が狭くなりそうなので」
と予め用意していた回答を申し上げておく。
殿下は僕の返答をお聞きになると、
「そうですか。
もし、差し支えなければ私に少しお付き合いしてくれますか?」
意外な言葉に僕は、
「はい。喜んで」
と即答していた。やはり、容姿端麗な女性から頼まれたら断われないし、心が弾むものだ。
「それで、何故僕達は武器を構えて立っているのでしょうか?」
「もちろん、お二人に試合をしていただくためです」
殿下の後ろを付いて行き、辿り着いたのはオリンピアの外側にある軍事施設の一角であった。そこに入るなり殿下に僕と護衛の阿僧導師は得物をそれぞれ渡され立たされた。
完全に騙された。ちょっぴり期待していた自分が恥ずかしい。
おそらく、殿下は阿僧導師の実力を測りたいのだろう。いくら中央の命令とは言え、実力も素性も知らないエレメンターを信用するのは難しい。しかも、殿下は護衛は要らないとお考えなのだろうから、自分よりも弱ければ中央の、おそらくは議会(元老院)に送り返す腹積もりなんだろう。
多分無理だろうが。
そして、僕がそれに巻き込まれたと。そう考えていると、阿僧導師が殿下にもの申した。
「ご再考をお願い申し上げます、殿下。私の術はあまり人に見せるものではありません。ましてや、こんな所で手の内を明かすなど・・・・・・」
僕が言おうとしていたことと全く同じ理由だった。まあ、確かにそれぞれの流派には秘匿したい術も存在するからな。ヴァトリー家も仙術において秘匿している術がある、というあくまで噂だがそういう話も存在する。
そもそも、
「殿下、僕では阿僧さんと正面戦闘をした場合、1分も経たずに負けます。試合が控えているので、できればやりたくはないのですが」
と僕も反対の意を殿下に申し上げる。正直、阿僧導師と僕では勝負にすらならない。一応、一矢報いることはできるかもしれないが、ハイエナと獅子の体格差程に力の差を感じられる。
「大丈夫です。ここは既に私が貸し切って誰も入れないので。たとえ誰かが入ったとしても、分かる様に設計されています。
それに、全力でやっていただく必要はありません。滉穎は試合が控えていますし、お互いに秘匿しておきたい切り札があるでしょうから。
さあ、始めましょうか」
と美しい笑顔で一蹴された。
結局、試合をやるはめになってしまった。まあ、ここは楽天的に考えて、南アジア系統の技に対する予習としよう。阿僧導師が使うかどうかは分からないが。
・天災
魔力的遺伝性過敏症の1つ。運命型と呼ばれるギフトであり、本人が意図しなくとも、周囲で火災、水害、地震と言った災害が引き起こされる。魔力の使い方に慣れればある程度は抑えられるが、幼少期は自力で抑えることが難しいために度々その人物の周囲で自然災害が起こる。
その代わり、本人の認識外で魔力を常時使用する形になるので、脳が魔力を使用することによる情報の処理に慣れ、魔力量が劇的に増える。




