天災の少女・第四十三話
・魔力的遺伝性過敏症
イメージとしては、魔力を帯びたアレルギー。自身の遺伝子が何かしらの影響により、改変され、魔力または特定の情報に対して特異な反応を示す身体に変化する症状。受動的なのが主だが、能動的なものもある。また、不利なものだけでなく、結果的に有利となる症状も意味する。
アレルギーはギリシア語で「変わった働き」という意味。
精神世界に直接接続した、つまりイデアにより近づいたエレメンター程発症しやすく、その症状は本人の魂の情報または祖先や名前に由来することが多い。そのため、魔境ではこのギフトを求めて地球から召喚することもある。
江月華も退出した部屋には、ルクス=カンデラと山滉穎のみが残った。
「ルクス先輩、それで僕への忠告とは一体?」
滉穎は、珍しく緊張していた。それもそうだろう。尊敬する師匠からの忠告であり、しかも誰にも聞かせず自分だけにわざわざ言うなど、自分が何かしでかしたのかと思っても仕方のないことなのだから。
しかし、
「いや、滉穎に落ち度があった訳ではないよ。機密性が高い情報を知っておいて欲しいだけなんだ」
自分の失態について何か言われると思っていた滉穎は少し安心し、続きをルクスに促す。
「では、何のことでしょうか?」
「そう急かすものではないよ。本題に入る前に少し雑談しようか。
滉穎は今回の五神祭、たとえテロがあったとしても、事前に知っていたとしても、行うべきだと思うかい?」
ルクスは少し焦っている様にも見える滉穎を宥め、意見を求めた。
滉穎はしばらく逡巡すると、
「はい。ウイルスや感染症などパンデミックレベルのものであれば、中止にすべきなのでしょうが、今回はテロです。
魔境の安寧と平和の象徴とも言える五神祭をテロリストごときで中止にするのは、権威いえ魔境の平和の根幹に支障を来たします」
実際、地球でのオリンピックもテロで2回中止が検討されたことがある。
しかし、いずれも延期もされず、大筋通りに行った。中止になってしまった大会で有名なのは1940年の東京オリンピックだろう。最も、こちらの原因は戦争であるが。
滉穎は、このオリンピックの歴史が平和とオリンピックの関係を良く表していると考えていた。平和とは対義語である戦争のときは中止されてしまったが、それ以降ではテロに屈してはいない。
きっと、テロを原因に大会を中止または延期させれば、テロリストどもを助長させることになるかもしれない。そう考えた人が滉穎の他にも居たのだろう。
以上の理由で滉穎は先の発言をした。
その答えにルクスは柔らかな笑みを浮かべ、
「師匠と同じだね。羨ましい程にね」
と、何かを心得たかの様に滉穎に言った。その後に、ルクスが呟いた「だからなのかな」という言葉は滉穎の耳には届かなかったが。
そして、
「実はね、あっ! ここからが本題なんだけど。僕がまだ十四歳の時、だから十年前の五神祭でもテロリストの計画を察知していた様なんだ」
滉穎はそれを聞き、
「十年前と言うと、師匠が五神祭に出場し、トイラプス帝国のαチームが優勝した時ですか?」
「そう。僕が師匠に光剣部隊からSVMDFに引き抜かれた時でもある。滉穎はそのときの詳細はよく知らないよね?」
ルクスの問いかけに滉穎は「はい」とだけ短く答えた。
「十年前のテロに関与していた人間はほとんど死んでしまったのだけれど、当時の被害者、誘拐されたエレメンターは今も居るんだ」
滉穎は何となくルクスの言いたいことが分かって来た気がした。
「アスタグレンス殿下のことでしょうか?」
ルクスはさすがにそこまで推察できるとは思っていなかったのか、
「よく分かったね!」
と感嘆した。
「この前の波俊水明の言葉がずっと引っかかっていたんです。
天災に巻き込まれるな、という言葉が。あの男は無意味なことをしません。好奇心から生まれる欲望のみで生きている様な男ですが、ひどく合理的でもあります。
だから、きっと天災という言葉にも何らかのメッセージがあります。そこで、あの男が天災と言う前に発した星から考えると、自ずと答えが出ました」
そう言った滉穎からは自信を感じられた。
と言っても、滉穎にはまだ一つ分からないことがあったが。
「それで、答えを導いた過程とは?」
ルクスは滉穎に話の続きを促す。
「天災は英語ではdisasterです。disは"離れる"、asterは"幸運の星"、つまり"幸運の星から離れる"というのが原義である訳ですが、ここでasterの"星"という意味に着目すると、ある一人の人物が思い浮かびます」
ルクスは彼の説明を聴くと瞠目し、その後満足気に、
「それが、アスタグレンス殿下、ということだね」
「はい」
ルクスはふっ、と笑みを再び浮かべ、
「さすがだよ。まさか言外に込められた意味だけで辿り着くとは。
まあ、僕にはその水明の意図が完全に分かる訳ではないから、正解かどうかは分からないけど。でも、僕が言おうとしたことを推測できた」
ルクスが彼を褒めると、
「いえ、僕はただ人よりも知識を有していただけですよ。知っているかどうか、これだけで人生は大分変わりますから。そのために蓄えた知識が今回、偶々(たまたま)活きた、と僕は思っています」
滉穎はあくまで謙遜する姿勢を見せる。しかし、その顔は言葉とは裏腹に少し綻びている。
「さて、その殿下についてなんだが、さっきも言った様に彼女は十年前のテロで一度誘拐されてしまった。五神祭の終盤の出来事だったよ。当時の彼女の護衛は側仕え共々殺され、テロリストは身代金を求めて来た」
「しかし、テロリストに金銭を与える訳はありませんから」
滉穎は声を低く、暗くして言った。
滉穎の故国である日本や大国であるアメリカはテロリストとは交渉しない姿勢を貫いている。逆にフランスは身代金の要求には応えている。
前者だと人質は見せしめとして殺されるが、かと言って後者を取ると、テロリストの活動を助長させることになり、更に被害が拡大する。当事者かどうかでかなり対処の仕方が変わってしまうが、どちらの選択にも必ず代償が伴う。
これもまた、滉穎がテロリストを心の底から憎んでいる理由の一つでもある。
そして、この魔境ではいずれの帝国もテロリストとは交渉しない。たとえ、皇族を人質にされたとしても。
「そう。だから、誰もが彼女の命を諦めていた。師匠でさえも。死亡を前提に助けに向かったほどだ」
しかし、アスタグレンスは今生きている。それは玄羽の活躍によるものか、という趣旨の質問を滉穎はルクスに問いかけた。
その問いに対し、
「いいや、確かに表向きは師匠によって殿下が救出されたことになり、事実、首謀者を捕らえたのも師匠の働きによるものが大きい。だからこそ、師匠はフレア帝国にも顔が知られている。
しかし、当時の実行犯達を殺したのは師匠ではなく・・・・・・」
「殿下ですか」
「そうだ」
しばらく、二人は沈黙したままであった。
というよりも、滉穎が次の言葉を何と言うべきか迷っており、ルクスがそれを待っている状態であった。
滉穎は基本的に人に同情しない人間だ。という言い方をすると、語弊があるかもしれない。彼は同情しないのではなく、無責任に人に同情することもされることも嫌うのだ。だから、人に「可哀想」とは言われたくない。ましてや、人に対して「可哀想」とは言ったことすらない。
そんな彼だから、人のそういう身の上話については、たとえ本人が居なくともむやみに発言をしない。その行動が返って人に冷たい人間という印象を与えることにはなるのだが。しかも、本人がそれを甘んじて受け、容認してしまっているのも、それを助長させる要因であった。
閑話休題。
十三歳で虎武龍司を、さらに魔境にてその手で何十人も殺した滉穎でも、アスタグレンスの心情、というより殺人から生じるであろう罪責と苦悩は測りしれなかった。
たった7歳の子どもが人をその手で、しかも見るも無惨な形で殺めてしまったとなれば、その小さな身体が負う罪への苦悩は日本という平和な世界で暮らす人間が理解できるものではない。
そして、今や休戦状態であり、平和となりつつある魔境では殺人をした彼女は浮く存在であったに違いない。加えて、彼女の誰も寄せ付けない程の才覚や皇族という立場、訓練を積んだ大人でさえも殺せてしまうその強さが彼女の孤立を一層強めたのは言うまでもない。
滉穎はようやくその口を開き、
「殿下はこの五神祭でも狙われる、ということでしょうか?」
と、話を変え、ルクスに彼女を守るべきなのかどうか問いた。
対して、ルクスは
「師匠は滉穎の思うがままに行動して良いとおっしゃった。だから、指示はない。これは忠告だ。滉穎が何をするかは師匠も知らないところとなる」
つまり、SVMDFは滉穎の行動について一切の責任を負わない、ということだ。しかし、滉穎はこれにある違和感を覚えた。
「もしかして、十年前のテロでの、師匠の行動は独断によるものだったのですか?」
滉穎の発言を聞いたルクスは、その後もはや達観したかの様に滉穎を見つめ、頷くと、
「殿下は孤独な方だ。滉穎が後天的な孤独な人間だとすれば、殿下は先天的な孤弱と孤高を併せ持つエレメンターだ。でも、殿下はエレメンターとしてはお強いが、人間としての強さはきっと、ガラスよりも脆い。
滉穎、君ならば師匠のやり残したことをできるかもしれない」
そう言ったルクスは、席を立ち静かに部屋を出て行った。
と思いきや、すぐに部屋に戻り、十年前のテロの概要を纏めた資料を滉穎に手渡した。
「そうそう、この資料ともう一つ、師匠からも内容は分からないけど資料が来ているから置いておくよ。
それでは、またね」
今度こそ、二つの資料を置いたルクスは部屋を出て行った。
魔力的遺伝性過敏症の分類
1.身体型
Ⅰ型とも呼ばれる。
比較的受動的なギフトのタイプ。自己の身体、すなわち現象界(物質世界)における魂の器が情報を帯びた魔力により、改変を受けた症状のことを示す。
2.精神型
Ⅱ型とも称せられる。
Ⅰ型同様受動的で、自己の精神(魂)が器(身体)やイデア界(精神世界)を通して受けた情報に対して反応する症状を指す。
Ⅰ型とⅡ型は、自分自身が改変を受ける症状なので、自己型とも呼ばれる。
3.運命型
Ⅲ型とも言われる。
自身だけでなく、周囲の環境・現象に無意識に影響を与える。所謂運と呼ばれる、現象界の確率に支配された森羅万象を1または0にし、その人物の定めを確立する。FateかDestinyかは本人にしか分からない。
自己型と比べ、能動的な型。
4.霊気型
Ⅳ型とも。
知能や本能などがある他者に対して、効力を発揮するタイプ。オーラ、所謂その人特有の雰囲気が情報化した魔力によって裏打ちされたもの。そのオーラは千差万別である。
あまり研究は進んでおらず、現在人気がある研究分野。また、Ⅲ型同様能動的で、Ⅲ型と合わせて他者型とも言われる。




