各々の思惑・第四十ニ話
・滝口守屋
皇宮や議会、省庁の警護を代々勤める滝口家の当主で、他人を守ることに特化し、忠誠心が他家よりも強い。近衛隊隊長。
五神祭に際して、トイラプス帝国皇帝プネウロ=龍驤の護衛としてオリンピアへ向かう。
アクション、マナ、技いずれのタイプにも精通し、単純な戦闘力では知己の仲である玄羽=ヴァトリーを凌駕する。
ここはとある都市の郊外、鬱蒼と茂る森の中にその建物は存在した。
見た目はただの洋館であり、何処かの貴族の別荘に見えるが、その本体は洋館の地下に在る。
ある男は急ぎ足でその建物の中へと入って行った。扉を開けても中には誰も居なかったが、男は気に掛けた様子も無く、颯爽と正面にある階段へ向かう。
階段の後ろに回り、男が目を閉じると階段の裏に蝋燭の火の様に扉が浮かび上がった。
すぐさま男は目を開き、その扉を開けて中へと入って行く。すると、扉はまた火の様に揺らぐと、あたかも初めから存在しなかったかの様に消滅した。
その男は扉の先にあった廊下を進み、ある部屋でその足を止めた。
そして、扉をノックし、その部屋にいるだろう主に入室の是非を問う。
「入れ」
少ししわがれた声と共に返答がされた。男は「失礼します」と言い、部屋に入った。部屋の中にいた主は五十歳を既に過ぎた容貌をしていたが、その身体は見かけに依らず、対面の男程とはいかなくとも、完全に戦闘職の人間のそれだった。
「どうしたのかね? 破沙羅」
その主は男、破沙羅に対し、用事を問うと、
「例の暗殺任務を担った者達が全員返り討ちにあい、江月華暗殺が失敗しました」
破沙羅は淡々と、江月華暗殺失敗の報告を行った。
しばらくして、
「そうか・・・・・・
お前の言う通りになってしまったな。破沙羅よ」
と、呟きともとれる声でその主は言った。
「ですから私は止めておいた方が良いと申し上げました、導師。やはり、あの男は信用なりません。今回の失敗もあの男が関わっているはずです。
あちら側に情報を漏らしている可能性すら有ります」
そして、破沙羅はその主、導師に対して咎める様な口調で言葉を発した。破沙羅の筋骨隆々とし、精悍な身体から発せられる言葉は不思議と威圧と威厳を伴ってその導師に突き刺さる。普通の人間であれば、怯えてしまうぐらいであった。
しかし、目の前の導師は飄々とした態度で肩を竦めるだけだった。
「そうは言うが、あの状況ではどうしようもなかろう。水明の頼みを断われば、我々は明日すら生きられないのだから」
そう、水明は山滉穎に悠牙の依頼で華を狙ったと言ったが、それは正確ではない。確かに依頼し、後詰めとして任務に携わらせたのは悠牙ではあったが、その発端は水明にあった。水明はまるで暗黒世界が華暗殺を希望しているかの様な言いぐさで話をしたのだ。
暗黒世界の望みに勘付いてしまったら、所謂スポンサーである彼らの意向に添える様にテロリストは動くしかなかった。
たとえそれが、水明という一個人の望みであったとしても。
数ヶ月前まではこうではなかった。水明の他にも交渉役は存在し、水明はあくまで補佐役であった。しかし、約ニヶ月前のイオパニックでその交渉役、魔物使いは一介の召喚者に殺された。
そう言えば、そのエレメンターは山滉穎という名前だった。そして、今回の失敗にもそのエレメンターが関わっていたな。と破沙羅の報告により思い出した。
しかも、そいつは宿敵である玄羽=ヴァトリーの弟子だと言う。こいつは危険だ。
と悠牙は考え、
「そうだ。破沙羅よ」
「何でしょうか? 導師」
「お前はこれから護衛の任務に就くはずだが、その時に気を付けておくべき、いやどういう人物か見極めて欲しいエレメンターがいる」
破沙羅は真剣な面持ちになると、
「承知しました。
して、そのエレメンターの名は山滉穎でよろしいでしょうか?」
すると、悠牙は背筋に悪寒を走らせる程静かで、恐ろしい笑みを浮かべ、
「そうだ」
まるで呪詛が込められたかの様な暗く低い声でそう言った。
場所は変わり、トイラプス帝国の首都エウロパ。皇宮にほど近い場所にあるSVMDFの本拠地にその人物はいた。
「師匠、急ぎご報告することが有ります」
SVMDFにおいて玄羽の右腕と称されるルクス=カンデラは、急ぎ足で師匠と呼ばれた人物の部屋に入り、今回の事件の報告を始めた。
「なるほど、それでこの件を知っているのは他に誰がいる?」
「当事者である滉穎と華、私と師匠のみです。江月家にはまだ知らせていません」
「そうか。ならば、彼女達には申し訳ないがこのまま秘匿させてもらおう。
しかし、光剣部隊と三帝国それぞれの近衛隊隊長にはテロ計画の件のみを伝え、忠告をする。ルクス君、光剣部隊の隊長と、近衛隊隊長の滝口守屋に連絡を頼む。警備の強化を促すが、一般人はもちろん、他のどの組織、仲間内でも勘付かれない様に、と」
玄羽の命令を一言一句覚えたルクスは、
「承知しました。滉穎と華にも同様に伝えます」
と言い、頭を下げて部屋から退室しようとした。
しかし、玄羽は今まさに部屋を出ようとしたルクスを呼び止める。
「待ってくれ、ルクス君。滉穎君に伝えて欲しいことがある」
ルクスは再び玄羽の近くに行き、用件を伺う。
「滉穎君にこの前君が調べた十年前の事件について伝えてくれ。そして、アスタグレンス皇女殿下を気に掛ける様に、と。
彼の行動についても守屋に便宜を図らせるから自由に動け、ともね。
ああそれと、ルクス君にも一つ。連絡は暗号ではなく、君が実際にオリンピアに行ってくれ。そこで起こるであろう事件などについて、判断する権利は君に全権を移譲する。君が指揮してくれ」
ルクスは面食らった様な少し情けない顔になったが、すぐに直し、再び、
「承知しました」
と慇懃な態度で了承した。
ルクスが玄羽の執務室を出てしばらくして、
「父上に聴きに行くか」
と彼もまた自身の部屋を飛び出し、彼の父がいるであろう宮廷へと向かった。
ほんの数分で宮廷に着き、彼は門番の審査を受けると、宰相である父親に割り当てられた部屋へと直行する。
しかし、父親は幸運にも彼の前を通り過ぎた。玄羽はすぐに父親を呼び止める。
「父上。お話があります」
「玄羽特隊長、宮中では私のことは公爵と呼ぶ様に申し付けたはずだが?」
「承知しております。しかし、今回は宰相としての秀羽=ヴァトリーではなく、涼羽=ヴァトリーの息子としての父上に用事が有ります」
ここまで聞いて彼の父、秀羽は合点がいったのか、「分かった」と言い、玄羽に話の続きを促した。
「それで、玄羽が知りたいのはお祖父様のことなのだろう? 大方、お祖父様の居場所といったところか」
玄羽は父が先程の短い会話で意図を読み取ったことに改めて感心しつつも、
「はい。お祖父様、仙人となった涼羽=ヴァトリーが何処にいらっしゃるのか教えていただきたい。私はもう、昔の様にはなりません」
秀羽は少し黙ってしまった。目の前にいる息子に俗世を捨て、仙人となる覚悟を決めた父親に会わせて良いものか考えたからだ。
ちなみに、玄羽の祖父である涼羽はSVMDFの初代隊長であった。先帝の崩御と同時に辞任し、また息子であった秀羽が実質公爵家の当主となっていたために、彼は自身の兄の様に仙人となった。
涼羽の妻、つまり玄羽の祖母は病死し、玄羽の母であるヴァイオラも彼の幼児期に亡くなり、父親である秀羽は実質的な当主としての務めと、次期SVMDF隊長として多忙であったので、玄羽は所謂おじいちゃん子であった。
そんな唯一とも言える玄羽が甘えられる人間が側から居なくなると知れば、当然反対するし、付いていこうとするだろう。故に、彼らは玄羽に涼羽の居場所を教えなかった。
事実、その選択は正しかった。
閑話休題。
だが、すぐに口を開いた。
「良いだろう。玄羽が何をするつもりなのかは私には分からないが、私よりも、もしかしたらお祖父様よりも優秀なお前なら、悪い事態にはなるまい」
「ありがとうございます。父上」
場所と時は変わり、フレア帝国の都市オリンピア。
「ルクス先輩! どうしたのですか? 来れても五神祭の途中のなると言っていませんでしたっけ?」
滉穎達が利用している宿泊施設に玄羽の命を受けたルクスが来ているところであった。
「実は急な予定変更があってね。すまないけれど、これから話すことはSVMDF内々の話となる。三人だけにしてくれないかな」
「分かりました、先生。
じゃあ、訓練施設に行こうぜ」
ルクスは人払いをし、稲垣翔祐達もそれを大人しく受け入れ、隣にある施設で自主練習をすることとなった。
「ルクス先輩が来たということは、師匠は今回の事態を公にせずに臨むという方針を取ったのですか?」
滉穎は彼らが居なくなったのを確認すると、単刀直入にルクスに話の核心を問いた。
華も同じ考えの様で黙ってニ人の話を聞くだけに徹した。
「そうだ。話が早いね。
我々は今のところ奴等、テロリストや暗躍する暗黒世界の連中に対して後手に回っている。滉穎が得た情報源が暗黒世界の人間ということは、不安要素ではあるが先手を取れるチャンスでもある」
ここまで言って、ニ人は何をするべきか悟った。
しかし、滉穎はルクスが来た理由はそれだけではないと考え、
「それで、僕達に下された命令は何でしょうか?」
ルクスは彼の察しの良さに感心しつつ、
「いや、君達に対して具体的な指令はない。自由に動いて良いとのことだ。原則として五神祭に集中してくれれば良いが、もしアクションを起こしたいのであれば、僕か近衛隊隊長の滝口守屋を頼れ」
「「承知しました」」
「そして、これは主に滉穎に対する師匠の忠告・助言だ」
滉穎は少し身構えてしまった。尊敬する師匠からの忠告・助言がこの時点で届くのは、一体何事かと、少し良くない方向に考えてしまったからだ。
そして、
「すまないが、この話は華にもできない。一旦華は退出をしてくれないか」
「承知しました」
ルクスは華にも退出を促した。
滉穎は少し緊張した面持ちで彼女の退室を見ているだけだった。
・秀羽=ヴァトリー
玄羽の父親であり、ヴァトリー家の現当主。しかし、実質的な当主は息子となっている。
前SVMDF隊長であったが、息子である玄羽の方がより適任であると考え、玄羽に引き継がせた。そして、自らは宰相として政務に積極的に参加する。
仙術の才能に関しては、父親である涼羽や息子よりも劣っている。その代わり、政治、経済となると、この2人よりも遥かに勝っている。




