開祭十日前(2)・第四十話
・オリンピア
フレア帝国の中でも屈指の大きさと人口を兼ね備える都市。円形に展開されており、トイラプス帝国のイオはこのオリンピアを模したと言われる。
主な産業は五神祭による観光等のサービスすなわち第三次産業であり、78パーセントもの人がサービス業に従事している。また、都市の中心部にはスタジアムがあり、そこで五神祭は行われる。ちなみに、中心部やその地下では合法化されたカジノも存在し、特に五神祭で賑わいを見せる。
その日、フレア帝国の都市オリンピアは雲に覆われていた。この都市は十日後に開祭される五神祭のために、多くの人間がこの都市を往来し、他の都市よりは圧倒的に多くある宿も全て満室となっていた。
このオリンピアは中央に五神祭の会場となるスタジアムやローマのコロッセオに近い造形を持つアリーナが存在していた。それらを中心にトイラプス帝国の都市イオの様に円形上に都市が展開され、中心に近い方から商業区(北側に役所)、市街区、軍事施設となっていた。
と言っても、オリンピアはトイラプスの中で上位に入るイオの都市と比べて遥かに大きく、複雑になっているので、省略して説明しているところが多くあるが。
そんなオリンピアの商業区の一部、商業区の中でも数多の会社が日々鎬を削る激戦区に、二人のエレメンターが買い物、土産選びに来ていた。
その二人は、つい先程ショッピングを終え、客でごった返している商店の中から出て来たところだった。その二人、山滉穎と江月華は目的を達したために自分達の宿に戻ろうとしていた。
二人の後を付ける気配に気付かずに。それも仕方ないことではある。なにしろここは数多くの商店が立ち並ぶ商業区であり、日夜顔も知らない人間が行き来するのだから。
そして、彼らが商業区から出ると、その気配は一層強くなり、ついに二人はそれに感付いた。
滉穎は声を潜め、
「気付いているかい?」
「はい、どうしますか?」
華も小声で返答する。
「僕らを付けているのは少なくとも五人。覚醒者かどうかは分からないけど、不利だ。しかも市街地で暴れる訳にもいかない。
そうだね、次の角を曲がったら走って市街地を抜けて欲しい。僕が各個撃破するから、まあつまりは囮をして欲しい」
「分かりました。お気を付けて」
二人は右に曲がると一気に走り出し、華は真っ直ぐ、滉穎は追尾者が現れない内に物陰に潜んだ。
その数秒後、追尾者達はどこからか出現し、華の走っている姿を視認すると、すぐさま自らも走り始めた。当然、滉穎がいないことには気付いてはいたが、重要性が低かったのか華の追跡に専念し、彼には一切気を払わなかった。
もはや、尾行の意味を無くしていたが、追尾者達にとって幸いなことにこの辺り一帯は人通りが全く無かった。そうなる様に滉穎が道を選んだのだが。
追尾者達、総勢七人は彼女を四方八方から追い込むために人を展開させた。
しかし、それを狙っていたエレメンターが一人。滉穎は一人になった追尾者を後ろから音も無く攻撃する。
脳震盪を狙って後頭部を攻撃するが、エレメンターでもないその追尾者に寸分のところで避けられる。彼はそのことに一驚し、動揺してしまったが一秒も経たない内に胸に二撃目を加える。
幸いなことに、一撃目で大きく態勢を崩した追尾者には簡単にその攻撃は通った。
「《発勁》」
追尾者は後ろの民家に派手にぶつかり、コンクリートでできた壁のために何本も骨を折られてしまう。
彼は流れ作業とでも言う様に確認することもなく、すぐさま次の標的に向かった。
二人目、三人目、四人目と倒すにつれ、彼はある違和感を覚える。
それは、彼らがエレメンターではないにも関わらず彼の初撃を必ず避けられてしまうこと、それだけの実力を持ちながら各個撃破されてしまうこと、自分のことを認識しているはずなのに彼女のみを追い自分には注意も払わないこと、他にも列挙しようと思えばできる程にこの追尾者達には違和感を感じられた。
そう、それは山賊の時と同様の違和感で、こういう時は必ずあの男が関与している、そう彼は確信した。
しかし、そのことに気付いても、きっとあの男は自分が有利になるまで高みの見物を決め込むだろうし、あの時と同じく位置も気配すらも分からなかった。
だから、彼は当初の予定通り追尾者の無力化をすることにした。
五人目を倒したところで、彼女は反転し、すぐ後ろにまで迫っていたニ人の追尾者に相対する。それに伴い、追尾者も速度を落とし、ジリジリと彼女に近付いていく。
「誰ですか? あなた方はどこの誰に依頼されてこんなことを?」
彼女は誰何し、追尾者の目的を問うが、当然彼らはそれには答えない。
そして、彼女は追尾者達について、あることに気付いた。彼らは片眼が充血している上に恐怖といった諸々の感情が抜け落ちていたのだ。もちろん、感情云々は彼女が培った感性だからこそ見抜けたものではあったが、明らかに異常者というのは傍目でも分かるだろう。
彼らが彼女の質問に何の反応も示さないのを見て、
「仕方ありません」
小さく呟き、自然体から左足を一歩前に出し構えた。その姿は、平時の純真無垢でたおやかな女の子ではなく、使命を背負ったエレメンターらしく、力強いものがあった。
すると、追尾者達は二メートルあった距離を一気に詰め寄り、彼女に手を伸ばし、捕まえようとする。
しかし、彼女は左足を引きながら右手でニ人の手を軽くあしらった。次に、やや速かった左側の追尾者を避け、右側の追尾者に回し蹴りを決めた。それは格別に速い蹴りという訳でもなかったが、美しい弧を描き、左足が自分の身長よりも高い位置にある首に引かれる様に入った。
追尾者の一人は、一回転し背中から着地する。今の一撃で意識が落ちたのか、そこから動くことはなかった。
さらに、彼女は体勢を低くし、地面を滑らせる様にして右足でもう一人の追尾者を転ばせる。その追尾者はそのまま頭を地面に打ちつけ、起き上がることはなかった。
斯くして彼女は、鮮やかに自分よりも大きな二人の男を無力化することに成功した。
その様子を少し離れたところで見た滉穎は、その動きに見惚れて動けていなかった。
おそらく、彼と彼女が体術を用いた真剣勝負を行えば体格差などで十中八九彼が勝つだろう。しかし、彼女の体術の真価は荒事にではなく、芸術としてあると感じられたのだ。
彼女は、先程己の力をほとんど用いずに相手の力を利用して制して見せ、その上彼女の動き一つ一つが華麗だった。
あれは自分には到底真似できない、と彼は思えた。
それから滉穎は我に戻り、彼女に近付き、
「怪我はない?」
「はい、問題ありません
しかし、この人達は一体」
滉穎が口を開こうとしたその時だった。
華のすぐ後ろにある空き家となっていた民家から、体格に似合わない大剣を持った男が盛大な音を立てて飛び出して来た。
その剣先は彼女に向いており、滉穎は咄嗟に彼女の手を引き、自分の右腕に引き寄せる。男、いや覚醒者の大剣を間一髪で避けることができたが、彼は危険を察知し、華奢な彼女を右腕に抱えると後ろへ跳んだ。
その予感は的中し、覚醒者は二メートルに届きそうな大剣をまるで質量がないかのように軽く横切りした。もし、あの大剣の軌道上にいたのなら、彼らは上半身と下半身が真っ二つになっていたことだろう。
彼はすぐに彼女を下ろし、構えたが、追撃の様子は覚醒者には無かった。
数秒の沈黙の後、その静寂な空間を壊すかの様にあの男が今度は拍手をしながら壊れた民家から出て来たのであった。
・仙術への適性(山滉穎)
彼の仙術への適性は非常に高く、玄羽=ヴァトリーに師事し、また地球にいた頃から周りと比べて特殊な考え方をすることもあったためにほんの2ヶ月で仙術を会得した。
仙術は汎用性が低く、使用者に対して理を超越した認識能力を要求するので、扱えるエレメンターは極端に少ない。魔境で見ると、トイラプス帝国内にしか仙術の使い手は居らず、さらにそれはヴァトリー家やその門下に集中している。故に、仙術といった希少価値が高い魔法を使えることは一種の高いステータスとなり、魔境では重宝される。




