幕間・嫦娥
・望月朧
望月家当主の息子でかなり影が薄く、オンライン型ではないが、常に気配遮断を無意識下で行っている様な感じになる。
詳細は不明ですが、約二千七十年前に我が一族の始祖はこの世に生を受けました。場所は現トイラプス帝国領の東部、当時はフレア帝国の極東で、暗黒世界との戦争が頻繁に起こる地域でした。
彼は平民であり、両親は非覚醒者でしたが、祖先にエレメンターでもいたのか、ほどなくすると彼は自分が魔法を使えることに気付きました。
しかし、彼は謙虚にもその力を自分自身のための振るうこともなく、困窮した生活の中にも幸せを見出し、村のために尽力しました。
彼は文字の読み書きができる村長に師事すると、勉学にも並々ならぬ才覚を発揮し、革新的な道具や仕組みを作ってはそれを自分の村だけでなく、周辺の村にまで広めました。
彼はいつしか神童と呼ばれ、その名声は当時の貴族の耳にまで入る程でした。彼の噂を聞いた貴族は、その才が一つの村で埋もれるのはもったいない、と彼をフレア帝国のティマイオス学園に推薦しました。
彼は迷いましたが、村の後押しと、幼馴染の女の子の言葉で決意を固め、中央に向かいました。
それにより、災厄を避けることができてしまったとは。これから歴史の表舞台に引きずり出されることになるとは知らずに。
彼が学園に編入して三年後、暗黒世界が動き出します。
先の魔族討伐で返り討ちに遭ったブラックワールドは、軍を何十年もかけて大編成し、大陸に攻め込んで来たのです。
暗黒世界に残ってしまった魔族は、生属性により精神干渉を受け、生きる虐殺兵器として戦争に駆り出されました。
本来であれば、理性を失った覚醒者など脅威ですらないのですが、エレメンターは魔族を見殺しにしてしまった罪悪感から、彼らを殲滅することを躊躇いました。
その結果、徐々に前線は内陸に押し込まれ、遂に現トイラプス帝国領の大半は暗黒世界の支配地になってしまいました。と言っても、地球の日中戦争の日本軍の様に点と線での支配であり、農村部までは完全支配するまでに至りませんでした。
しかし、その報せは彼を戦慄させるのに充分でした。家族と幼馴染の安否が気になっても、知る術はなく、確かめに行きたくても、学園が許可を出すとは思えない。軍に入ったとしても、規律に縛られるために自由に動くことができず、村に着く頃には何年経っているのか分からない。不安と焦燥感だけが募り、彼は眠れない日々が続きました。
それでも、彼は地図と兵法書を広げては常に戦術を巡らせ、彼の人徳故に持てた強大な人脈を頼りに着々と準備を整えました。
後の彼自身が言うことには、当時千人もの人(大半が非覚醒者)が協力してくれたそうです。
彼と協力者達は遂に自分達だけでも戦地に向かい、村の安否を確かめることを決意しました。
ですが、ここで問題が生じました。
彼らは圧倒的に食糧と武器にかかるお金が不足していたのです。彼は一応、迷宮を三年の間に百ニ十八も攻略していたので、それを換金することで、ある程度賄うことは可能でした。
しかし、大量の貴金属の換金は、大きな商会では記録が残り帝国からあらぬ疑いがかかる可能性が存在し、小さな商会やそこらの怪しい商人では現金を準備する膨大な時間がかかる上に、相場を知らない彼らは騙されるかもしれません。
また、帝国や学園の目を常にかいくぐりながらの集会や金策、武器や異常な食糧、特に保存食の購入は困難を極め、気付けば数カ月が経っていました。
たとえ、彼がどんなに優秀であり、学園の歴史上においても比較すべき相手がいない英傑だとしても、一人の人間である限り、できないことはあります。
だから、人は協力し合うのです。幸いなことに、彼には劉備玄徳の様な人徳と、劉邦の如き将軍を使う才能がありました。ついでに言うと、彼は関羽や張飛に勝る一騎当千の兵であり、諸葛孔明に及ばずとも戦術と戦略の才がありました。
そして、そのうちの人徳が悪夢の突破口となりました。
実を言うと、彼は魔力的遺伝性過敏症を患っていたのです。それは視覚に影響を及ぼし、所謂霊が視えていました。彼の徳は生者、死者関係無しでしたから、当然霊もとい特化型精霊にも好かれ、彼らから有益な情報を得ることができました。
彼が今まで助けた、言い方を変えれば恩を売った相手に大商人の息子も含まれることを教えたのです。
早速彼はその息子に協力を求め、目的を達成することが叶いました。
こうして、徐々に彼は歴史の表舞台へと近付いて行きます。
準備が整った次の日の未明、彼と彼が率いる同志達は都市を抜け出し、馬(魔獣)を替えながら稲妻とも思える速さで前線を通り抜け、当初の休息地でようやくその足を止めました。距離にして約五十里でした。
その人数は途中で脱落した人数を除いて百人前後で、後続の合流を待って野営を何日かすることにしました。その間、周囲の村で聞き込みを行い、情報の整合を取っていました。
また、彼の優しさはここでも発揮し、世話になった村々に特化型精霊を憑依させたゴーレムを数体設置し、来る暗黒世界の軍勢への防波堤としました。
もちろん、それは足止めのためのゴーレムで、殲滅を目的としたものではありませんでしたが。
仲間が全員到着したその翌日、また彼らは走り出しました。次は馬を使わず、隠密性を重視して森の中を、できるだけ速く。風が通り抜ける様に。
初冬に差し掛かる頃には、前線を突破し、帝国も暗黒世界すらも出し抜き、とうとう彼の故郷の村まで辿り着きました。
しかし、待っていたのは変わり果てた村の姿でした。水田が荒れ、畑が焼かれ、村人の目には活気が無く、何より女性の数が異常に少ない。
彼は察してしまいました。魔の手が既に村を覆い尽くし、彼の大切な人を、人達を奪ったことに。
彼は今までに感じたことのない怒りで覆われ、この時初めて人を、暗黒世界を憎みました。
その時、彼の手は彼自身の指により出血し、彼の顔は同志達でさえ、恐怖を感じる形相だったということです。
しかし、幸か不幸か村に軍勢が来たのは昨日のことで、しかもその中に覚醒者は一人もいないということでした。加えて彼の幼馴染は、村一番もしかすると領地でも指折りの美少女であるために、将軍かそうでなくとも相当高い立場の覚醒者に捧げられる様でした。
その情報を聴いたとき、彼の脳裏ではその隊を殲滅し、彼女を救い出す算段が明確に浮かんでいました。
彼は仲間の中でも精鋭の人間やエレメンターを率い、その部隊を追跡し、先回りしました。
暗黒世界の略奪部隊は、まさか前線より遠く離れたこの地域で自分達が奇襲されるとは夢にも思わず、されたとしても大抵は農民でしょうからその油断も加わり、呆気なく壊滅しました。
こうして彼の初陣は完全勝利で終わり、幼馴染の彼女も無事救出が叶いました。
余談ではありますが、この時彼女は彼を見ると一目散に駆け寄り、周囲の目も忘れて抱擁をしたそうです。ニ人の会話は周りの人には聞こえませんでしたが、後にニ人は村で婚約し、戦争終了後に結婚しますからおそらくは積年の想いを込めたプロポーズでしょうか。
閑話休題。
ここから彼は歴史の一ページに名を刻むこととなります。
彼の初陣での勝利は、湖に小さな小石を投げた程度の波紋でしたが、それは確実に各地に伝播し、やがて大きな波紋となります。
各地でゲリラ戦を展開し、地の利と奇襲によって暗黒世界の補給部隊、村や町に出撃する略奪部隊を尽く殲滅、または敗走させました。暗黒世界は討伐しようにも、常に神出鬼没であり、決して引き際は間違えない彼らに苦戦し、その影響は半年後には確実に前線に及んでいました。
彼ら、歴史上での呼び方はレジスタンス(後に義勇兵)の戦果を聞いた帝国はこの好機を逃すまいと、フレア帝国皇帝の弟君に軍を与え、出陣させました。
東西に分断され、補給が滞っていた前線の軍には大して苦戦も強いられず、各個撃破を成功させました。数カ月後には、前線をニ年前と同じ所まで戻し、暗黒世界の士気は急落しました。
そして、後にイオと呼ばれる彼の村で嫦娥は不死の霊薬を得ました。
二人は決して勝利に浮かれず、策をニ重にも三重にも張り巡らせ、一騎当千の暗黒世界の覚醒者相手に完全勝利を収め、軍を一戦もさせずに降伏に追い込み、ここに暗黒世界の駆逐を完了させました。
もちろん、この戦争という悲しみの連鎖においては喜ばしいことよりも、犠牲が多かった訳で、彼の同志達は戦争終了後には千人からたったの数十人になっていました。
第三次魔族戦争と呼ばれる大戦争での犠牲者は、三十万人を数えました。
「英雄」と、彼は呼ばれましたが彼自身はその称号を毛嫌いし、暗黒世界の兵に対しても彼は追悼しました。
数年後、二人はトイラプス帝国をフレア帝国から独立という形でトイラプス帝国を建国し、英雄もとい勇者である彼はトイラプス帝国初代皇帝の娘と幼馴染を妻としました。この際、彼は望月の姓を与えられ、一介の村民は公爵家の主となります。
ここに、望月家初代当主望月春朝が誕生しました。
最後に、この方は後七人妻を娶ります。
・魔族戦争
第1〜3次に分類され、主に魔族が関わっていた戦争を指す。第3次魔族戦争の後は50年程平和な期間が続く。
第1次は魔族を暗黒世界が初めて投入した戦争。
第2次は、反乱を起こした魔族を追撃するために暗黒世界がキトゥリノ大陸に侵入し、エレメンターが魔族を守るために返り討ちにした戦争。
第3次は第2次の報復戦争で、戦争終結の2年後にトイラプス帝国が誕生する。




