開祭二十日前(2)・第三十八話
・日本赤軍
新左翼系の過激派武装闘争組織。
マルクス・レーニン主義を信奉した。
ASの問いに答えている内に、聖教会がいつの間にか目と鼻の先に現れていた。
青、赤、黄、白、黒色が時計回りに入れられている五芒星が扉に描かれ、教会はどちらかと言えば、キリスト教のそれに近い構造だった。全体の雰囲気としては、フレア帝国だからか燃え上がる様な真紅が多く、荘厳なたたずまいでオリンピアの街の中心にそびえ立っていた。
長崎でしか見たことなかった教会を静かに眺めていると、不意に、
「初めまして。あなたが山滉穎さんですね。僕は望月朧、現望月家当主の息子です。
当主に代わり、電影のお届けに参りました。以後、お見知り置きを」
そう言って、人当たりの良さそうで雰囲気が優しい青年が僕達の正面に立ち、これまた一段と洗練されたお辞儀をした。
望月朧と名乗るエレメンターは、中肉中背で黒を基調としているが、金色が少し混じった髪をしていた。
また、こう言っては失礼だろうが、顔の印象がとても薄く、形容しづらい。きっと、目を閉じればどんな顔か思い出せない。
「初めまして、山滉穎です。こちらこそ、わざわざフレア帝国にまでご足労いただき恐縮です。
隣にいるのは、論証の迷宮の元管理者兼守護者であるAS、僕と英霊契約を結ぶことになりました」
彼と比べれば、粗末に見えるかもしれないが、僕もお辞儀を返し、ASを紹介する。
ASは軽く会釈をし、先に行く、と言って教会の中に入って行った。
「しかし、我々も驚きました。この時代に銃ではなく、弓を使いたいと言う若者がいるとは。望月家は影響力が最も有るとは言われていますが、流石に時代の流れには逆らえず、銃の神格武器を主流にしてしまっているので」
彼自身もまだ二十歳前後で若者だろうに、まるでもう二十歳は年老いているような発言を陽気に言うものだ。と思ったが、当然そんなことを口にするはずもなく、
「いえ、僕は銃よりも弓が好き、という理由だけですから。少し変わっていることは自覚していますが」
この魔境は技術の水準が遥かに地球より劣るとはいえ、軍事や都市に関しては魔法や魔術との融合により、地球の科学技術に勝るものがある。特に、極端な表現で例えれば重商主義かつ魔境のアメリカであるフレア帝国でそれは顕著だ。
光剣部隊をはじめとして、他国では真似できない軍事技術をいくつか有し、エレメンターのみならず、非覚醒者までにも銃を持たせることが可能な段階なのだ。
それによって、古来からの個としてのエレメンターの強さ、神格武器の優位性は徐々に失われ始め、反比例する様に銃の神格武器は増加している。アスタグレンス第三皇女殿下の「ウラノス」の様に。
江月家の様に、月華を今も受け継がせているのは、意外と稀なケースなのだ。故に、目の前の彼は先ほどの発言をしたのだろう。
僕は銃自体は格好良いとは思うし、好きではあるが、人に対して使うことに関してはどうも毛嫌いしている節がある。それは人として有って当然の感性なのだが、魔境ではそうも言っていられない。だから、遠距離武器として弓を特別に用意してもらった。イオパニックでテロリストを捕らえた褒美として。
まあ、僕は人を殺すことは嫌いなのに、人を殺すことに躊躇が無いという矛盾を抱えている。そんな僕が銃で人を殺したくないと言っても、何を言っているんだ、という目で仲間からは見られるのだが。
「いえいえ、確かに時代を逆流しているようにも見えますが、温故知新という言葉も有りますし、我々もあなたに期待しています」
ありがとうございます、と頭を下げようとしたところで、さらに彼は言葉を繋ぎ、
「それに、我々はあなたに感謝もしています。
再びこの電影に活躍の場を設けていただきありがとうございます」
と、先に彼が頭を下げてしまった。
その後、意外と長く話し込んでしまい、ASを待たせていることに気付いた僕等は急いで教会の中へ入った。
はっきり言って、望月朧というエレメンターにはかなりの好印象を抱いていた。
この魔境の人々、特に高位のエレメンターには礼儀正しく、感じの良い人が多い様に感じる。もちろん、それが世の中では最も良いことだとは思うのだが、地球出身の僕はどうしても違和感を抱いてしまう。あるいは、地球の現状が異常なのだろうか。本当ならば、彼らの様に高い道徳心と礼儀を備えているはずだったのではないだろうか。
日本赤軍やオウム真理教をはじめとして、アメリカ同時多発テロやサリン事件など、一体何をしたいのか、何を実現したいのか全く分からない行動を繰り返し、悲劇を生み出す。道徳心が有れば、少しでも理性に従って考えれば、そんなことをしても何も生み出さない、いや、悲しみを生み出すだけだと分かるのに。
まあ、今考えても答えは出るはずがない。それに、この魔境でも山賊やテロリストの様に人々の幸福や良心を踏みにじる人間はいる。結局、人間なんてそんなものかと勝手に考え、思考を中断した。
教会に入ると、すでに魔術式が床に描かれており、契約の準備が整っていた。
「人払いは済んでいます。あとはこの魔術の上に電影を置き、AS様が英霊として滉穎さんと契約した後に電影に憑依していただければ、完了です」
「分かりました。何から何までありがとうございます。
それではAS、始めましょうか」
「ああ」
ASは僕達よりも前に出て歩くと、その魔術式を目の前にして急に止まった。
「そうだ、一つ忘れていたことを思い出した。滉穎、私はもうASという名ではない。
昔の名を忘れたのでついさっき考えた名だが、絳河。これからはそう呼んでくれ」
「分かりました、絳河」
そして、ASもとい絳河は術式の中に入り、僕はその術式に魔力を流し、発動させる。
絳河の身体が淡く、発光し、徐々に電影に吸い込まれていく。すると、今度は電影が黄色、いや白、いや青、いっそ虹と表現した方が適切な幻想的な光を発した。
気付けば既に契約は完了し、僕はついに神格武器と無敵とも思えるパートナーを手に入れた。
・望月家
トイラプス帝国の古参の貴族(公爵)で、2000年程前からトイラプスに仕えている。
武の「花鳥風月」、文の「雪月花」の「月」と称せられる様に強大な財力、権力、武力を有している。また、「花」の家である江月家は元はこの望月家の分家であった。
2000年以上前、平民だったエレメンターが暗黒世界との戦争を通して、キトゥリノ大陸東部で力を持ち始めた。当時のフレア帝国第二皇子、後のトイラプス帝国初代皇帝と共に東の帝国を築き、その功績から皇帝の娘を娶り公爵となった。
ちなみに、魔境初の株式会社は望月家が興したもの。




