開祭二十日前・第三十七話
・英霊契約
特化型精霊の中でも上位に分類される英霊と結ぶ、基本不滅の契約。一般的には、契約した後で武器に宿ってもらい、神格武器として存在することになる。
英霊は神格武器を依り代として、精神世界と物質世界を行き来する。精神世界の魂にリミッターをかけずに魔力を使用できるので、エレメンターよりも強い存在ではあるが、枯渇すると魂が崩壊する。契約することで力のストッパーを生み出し、また、崩壊を避けやすくなる。
江月華が来て、十日が経った。今日は、待ちに待った電影の受け渡し日であり、相変わらず心変わりの経緯は教えてくれないが、ASとの英霊契約の日でもある。
電影を元々保有していた望月家と聖教会オリンピア支部で待ち合わせの予定なので、ASと伴に今は宿泊所から教会へ向かっていた。
はっきり言って、ASとこうして二人で話すのは初めてだ。初対面で英霊契約の申し出をした身ではあるが、本当に自分で良いのか問いたくなる。
英霊契約とは、英霊の魂が消滅するまで武器等に縛り付けられるものであり、まさに英霊の命は所有者が握っている。まあ、英霊が拒めばその契約は破棄されてしまうのだが、それでも誰かの、文字通り魂を束縛しているのは気が引ける。
そんな心中で一切の会話もなく、通りを歩いていると、
「君は正義を信じているか?」
「えっ!?」
と、唐突に聞かれ、思わず腑抜けた声が出てしまった。
「英霊契約の前に聞いておきたい。滉穎が正義をどう考えているのか」
この問いは、僕が英霊の魂を授けるのに値するかどうか確かめるためのものだと思った。故に、最初はいつもの様に本心を隠しながら問いに答えようとしたが、口に出す瞬間で踏みとどまった。
そうだ。つい最近、僕は信頼するために、されるために本心を語らうと決めた。ならば、ここで必要なのは、ASに気に入られるための上辺ではなく、信頼してもらうための本心だ。
それから、一度呼吸を整え、
「そうですね。僕は、この世、いえ、どこの世界にも正義はないと考えています」
あの時から幾度となく考え、辿り着いた僕の世界観、価値観を初めて人に語った。
それに対して、ASは、ほお、と答えただけだった。
「あっ、でも僕は人の正義観まで否定するつもりはありません。あくまで、僕個人の世界観ですので」
慌てて前提を付け足すと、ASは小さく頷き、
「分かっている、続けてくれ。そう考える理由は?」
「まあ、これは僕の短い人生を通しての経験と知識に基づくだけなのですが。
僕は昔、正義とか正論とか、そういったものが嫌いでした。というより声高に正論とか言って回る連中に対して、敵意に近いものを持っていたんだと思います」
幼少期を振り返りながら、自分の信条を僕は語り始めた。
交通事故で両親を亡くし、あの男に引き取られてから間もない頃、僕は簡潔に言えば問題児だった。毎日の様に喧嘩を繰り返し、担任の先生に叱られる。
何故喧嘩をしたかと言われれば、あの頃の僕は短気で挑発にすぐ乗ってしまう子供だったからだ。僕が手を出せば、喧嘩相手は正論とか言って、あたかも自分が正しい様な雰囲気を作った。
まあ、悪いのは十中八九手を挙げた僕ではあったが、その影響か、正論が嫌いだった。
しかし、そんな僕もサッカーを始め、性格は落ち着きを見せ、今度は法、ルールを遵守する存在になった。それを他人にも強制する程の。
「でも気付けば自分も、正義の名のもとに力を振り回す一人になっていました。その時気付いたんです。何故、自分が正義を嫌っていたか。それは、正義が絶対的に正しいとされていたから、そう思っていたからです。
人の考えや社会の形態など様々であるのに、たった一つの正しさなどあるはずがない」
これに気付いた時、僕は物事を絶対的にではなく、相対的に見る様になった。ある一つの価値に沿って世を量るのではなく、あらゆる方面から多様な要素、すなわちエレメントを比較していく。
きっと前者の方が楽だし、世の人々の大半は無意識にこれを行っているだろう。もちろん相対を意識している僕も。
それでは歴史を繰り返すだけだ。地球の、魔境の、ただただ血で血を洗う、そんな歴史を。
まあ、そもそも「正」という字は征服の「征」のもととなる字だ。「正」は「まっすぐ行く」の意であったが、後に「ただしい」が使われる様になったので彳をつけて「征」は「正」のもとの意味を表した。
理屈くさいところは有るが、人類の正義の歴史はこれだけでも語れるところは有るだろう。
しかし、僕は正義は嫌いでも、義はとても好きだった。儒家とか墨家とか、そこに出てくるのは、まさに僕の理想の義。それは、歴史の宗教の様に異端であるものを切り捨てない、と思う。
「だから、義は有ったとしても、正義はないんです」
そして、僕はついに長台詞を言い終えた。口下手で聞き手側の僕にしては、意外と語ったと思う。
やはり、言葉足らずなところは有るが、取り敢えず、ASがこれに対してどう反応してくれるのか。
というか、正義というよりも、僕が絶対主義者から相対主義者になった経緯を語った感じになってしまった。
ASは、僕の話が終わったのを確認すると、微笑み、もちろん光を魔法でコントロールしているので、実際はその光の先は無表情なゴーレムがあるだけだろうが。そして、
「そんなに心配しなくても、今更君と契約しないとは言わない。私は拒める立場にないからな。
だが、君の答えは少なくとも私を満足させた。二千年前の私に足りなかったものを君は見事に言い当ててくれた」
と言った。
その言葉を聞いた時、予想以上に安堵した自分がいた。
やはり、僕の中では既にASがパートナーとしてベストだと認識していた様だ。
「滉穎となら、良きパートナーとなれそうだ。改めてよろしく頼む」
ASは僕より一回り大きい手を差し出し、握手を求めた。
「はいっ、よろしくお願いします」
それに答えて、僕が手を握り返した。金属の硬さと冷たさが手から伝わって来るが、不思議と嫌ではなかった。
そしてASは、
「それから滉穎、私達はこれから相棒となるんだ。敬語を使うなとは言わないが、そう堅い言葉の必要はないからな。忘年の交わりとしよう」
彼等の差と比べ、百倍以上もある年齢差ではあるが、不和になる気がしなかった。これが、きっと僕の起点となるはずだ、そう俺は思えた。
・忘年の交わり
『南史』より。
年齢の違いなどを全く気にしない、親しい交際のこと。
年の差を忘れた交わりの意。「忘年の友」。
孔子二十世の子孫・孔融四十歳と二十歳の禰衡。




