開祭三十日前・第三十六話
・エレメンターの魔力的遺伝性
エレメンターは得意とする属性や魔力的遺伝性過敏症が遺伝することが分かっており、優れたエレメンターの子どもは、強い魔力を持つことも同時に証明されている。
これは、遺伝子といういわば身体の情報体が魔力によってさらに情報を帯び、子孫の脳がその情報に影響されることで成り立つ。
その後、ニ日寝床に伏せていたおかげで、完全回復した。
月華の使い手で、ルクス先輩の代理となる江月華も朝方にオリンピアに到着した。
駅まで僕達七人で迎えに行くつもりでいたが、どうやらタクシーで行かないといけないらしいので、リーダーの僕と木村で迎えることになった。
駅に着いたその二分後、リニアモーターカーがほとんど音もなく駅に着くと、一番車両からその人物は出て来た。
鮮やかな紫色の髪に、紫色の瞳、端正な顔立ちをしており遠目でも美人だと分かる。紫の髪は背中まで伸びており、右耳を髪で隠すのと対照的に、左耳は外界に晒されている。
服装は濃淡がついた紫色の学園っぽさを感じられる制服だが、露出は少ない。その服の色からは襲の白藤を思い出せる。
彼女が放つオーラは、あまりにも美しく他人を魅了し、周囲から目線が彼女に注がれている。
アスタグレンス皇女殿下の時はそのあまりの美しさに息を飲んだが、まさかそれを再現する時が来るとは思わなかった。
しかし、この魔境の人達、いやエレメンターは、美人やイケメンが多い上にカラフルな色でも地球の人間の様に違和感を感じない。
「初めまして。滉穎先輩、捷さん。
トイラプス帝国βチームの監督役をルクス先輩の代理で務めることになりました、江月華です。よろしくお願い致します」
と、深くお辞儀をした後、屈託のない満面の笑みを浮かべた。
初対面にも関わらず、僕達の顔と名前を正確に把握していることからも、その真面目さが伺えた。
「よろしくお願いします。自己紹介したいところだけど、全員揃っていないから、タクシーで宿泊所に着いてからで良いですか?」
そう聞くと、また感じの良い笑顔を浮かべ、
「はい」
と言った。
彼女の笑顔は、裏が無かった。そう取り繕っている可能性も有るのだが、やはりその笑顔が偽りのものと思えないほど爽やかで可愛い。
皇女殿下はバラの様に美しく、艶かしいところが有るが、どこかその心の奥には深い何かを感じるし、師匠の言葉に従うなら食わせ者で油断ならない。
と言っても、僕的には殿下がどんな人物だろうと、その誠実さや妖艶さで信頼できるし、油断できてしまう自信が有る。
まあ、つまり彼女は殿下とは反対の性質を持つ佳人という印象を受けた訳だ。殿下が妖艶でバラの様な存在だとしたら、彼女は純真無垢なユリということになる。ユリは白のイメージだが。
タクシー乗り場まで足を運ぶにあたり、彼女はスーツケースに背中には槍の様に長い何か、おそらくは得物または神格武器の月華だろう。それを持っていた。
そのままでは、運びづらいと思ったので、
「スーツケースを持ちましょうか?」
「はい。お願いします。実は一人で運ぶには少し重かったので、助かります。それと、敬語はお止め下さい。年上の方から敬語を使われるのは何だか落ち着きませんので」
「分かった。そうしよう。他の人にも言っておくよ」
「ありがとうございます」
スーツケースを持ち、駅を出ようとするが、このスーツケース、意外に重量がある。華奢な女性が運ぶ様な重さでは無かったが、無粋なのでもちろん口には出さない。
タクシー乗り場への道中、木村から、
「早速抜け駆けか?」
と小声で言われたが、
「僕は男卑女尊なだけさ」
とこれもまた小声で返し、予約しておいたタクシーにスーツケースを入れ、助手席のドアを開け、彼女に乗ってもらう。そして、自分達は後部席に乗り込む。
タクシーの中で殿下に言われた通り、どう呼んだら良いか聞いたところ、すぐに呼び捨てで呼んで良いことになった。
殿下がおっしゃった通りになった訳だが、そう言えば殿下はどこで彼女と知り合ったのだろう。大分親しい感じで話していたが。
まあ、後で聞けば良いか、と質問はしないことにしておいた。
駅から宿泊所まではそんなに遠くない。そのため、意外と早く着くことができた。
タクシーから出ると、小栗達が宿泊所の隣の施設で特訓をしていた。
小栗はそこまで恋愛事に興味がないから除くとして、あいつら張り切り過ぎだな。彼女に良いところを見せようとしているのが、遠目で分かったが、肝心の彼女は、
「皆さん、張り切っていますね。私も努力をしなければ」
と、彼等の本当の意図を汲み取ることなく、やる気が湧いた様だ。
その後、小栗達にシャワーを浴びさせ、遂に江月華との顔合わせとなった。
「では、改めまして。
監督役をルクス先輩の代理で務めることになりました、江月華です。若輩の身ですが、精一杯務めさせていただきますので、よろしくお願いします」
と、最初に会った時と同じく優雅に深々とお辞儀をする。
彼女が醸し出すオーラに当てられ、小栗達は柄にもなく、
「こちらこそ、よろしくお願いします」
と、今までに見たことない程綺麗なお辞儀を返した。
「ええと、ルクス先輩から話はされていると思うけど、一応紹介するよ」
彼等の挨拶が終了したところで、彼女に僕等の紹介を始めた。
「右側から、
小栗臥龍、
木村捷、
林佑聖、
川相希望、
稲垣翔祐、
松尾冬輝、
そして最後に、僕が山滉穎。
一応このβチームのリーダーをやっているけど、拙いところが有るから色々教えてくれると助かるよ」
僕も彼女によって作りだされる雰囲気に呑まれてしまったのか、柄にもなく、右手を出し、握手を求めてしまった。
しかし、彼女は一瞬の逡巡もなく、
「はい、よろしくお願い致します」
と、握り返して来た。
この時に初めて、しまった、と思った。
周りを見回すと、木村をはじめとした面々が、抜け駆けだ、という顔で見ている。
どう対応したものか迷っていると、
「それでは、早速皆さんの能力をルクス先輩の評価と照合したいので、一時間後に先ほどの施設で集合していただいて良いですか?」
彼女がその空気を壊してくれた。
その機を逃さず、
「そうだね。じゃあ着替えて準備をしてくるよ。皆もちょっと休んで行こう」
そう言いながら、そそくさとその場から退却する。
後ろから、ちょっと待て、という声が聞こえたが、聞こえない振りをして自分の部屋へと向かう。
しかし、彼女は自分に向けられる好意とかその他諸々の感情に疎いのかもしれないな。人の悪意にしか敏感でない僕が言えたことではないのだが。
その頃、トイラプス帝国内、皇帝直属部隊である特別諸般対策考案部隊、通称SVMDFの本部ではルクス=カンデラが玄羽=ヴァトリーに山賊について報告を行っていた。
「以上が、生き残った山賊から聞き出した情報です」
「そうか、やはり詳細な情報は頭目ではないと聞き出せそうにないか」
「はい、しかし頭目は未だに意識が回復していません。今は、聖教会の下で精密検査を行っておりますが、おそらくは遅効性の毒かと」
玄羽はゆっくりと目を瞑り、ウイルス以外の一切が謎に包まれているイオエピデミックについて思考する。
召喚からニヶ月後、突如として昔捕まえた男のテロ組織がバイオテロを起こし、一つの都市が壊滅的なダメージを負い、多くの人々が亡くなった。実行犯は彼の弟子が率いる隊によって捕らえたものの、黒幕に関しては情報すらない。
さらに一ヶ月後には、その弟子が五神祭に向かう途中で、明らかに誰かの援助を受けた山賊に襲撃される。
この二つに直接した関連はないが、誰かが糸を引いているとしか思えない。それも、おそらく彼の弟子またはその仲間を狙って。
それが今、虎武龍司いや波俊水明という名前と共に彼の考えを肯定した。
しかし、彼の弟子、山滉穎を狙ったのは山賊の一件のみで、確かにイオエピデミックはその男の仕業だが、召喚前からの計画だったらしい。
滉穎の話では、その男は相当なマッドサイエンティスト、ならば、イオエピデミックのみで済む訳がない。
「ルクス君」
「はい、何でしょうか」
「君は十年前のテロを覚えているか?」
師匠からの唐突な質問に、少し驚きながらも
「もちろんです。あの時は皇女殿下が誘拐されましたが、師匠が助けだされましたよね。僕も少しだけご協力させていただきましたから」
そう。それを契機に、ルクス=カンデラは玄羽に師事することとなる。その事件は、五神祭の終盤で起こった。
「君にはあの事件をもう一度調べ直して欲しい。もしかしたら、因縁が有るのは、彼だけではないかもしれない」
一瞬、ルクスは意味を図り切れなかった。あの事件は首謀者諸共、玄羽が捕まえ、奴隷または極刑となった。実行犯も、激昂したアスタグレンス第三皇女が力を暴走させ、皆殺しにした。一体、誰に何の因縁が有るのか。
しかし、彼はそれを顔には出さず、
「承知致しました」
すぐさま行動に移すため、その部屋を後にした。
ルクスは彼の師匠には何かの心当たりがあるのかもしれない、と考えていたが、当の師匠である玄羽の考えは違った。
十年前の事件、確かに皇女を救出したのは玄羽だが、実際には彼が駆けつけた時には、テロリストは一人残らず死んでいた。まだ齢七の女の子が殺ったと理解するには、彼でさえ数秒の時間が必要だった。
エレメンターにとって、感情の爆発は力の暴走と同義だ。彼女の怒りの原因はすぐに分かった。彼女の傍らに死体として倒れていた当時の侍女だ。彼女を殺されたことにより、たがが外れ、一線を越えた。
魔境では、そう珍しくない。十五歳で任務に就いて、人を殺めたエレメンターならここにもいるし、彼の弟子もそうだ。
しかし、この平和になりつつある魔境では殺人に対する嫌悪は、人間を中心に強く根付いている。
彼女の孤立はそう遅くはなかった。
そう言えば、イオエピデミックに遭遇する前に滉穎と彼女は会っていた。思えば、それが始まりなのかもしれない。
彼女を救出した玄羽には分かる。今回の一連の騒動、テンサイである彼女に因縁が有ると。
・魔力的遺伝による身体への影響
エレメンターがある一定の属性を得意とし、それが何世代にも渡って蓄積されると、江月家の様に属性に偏りが出る。その属性は、五行説に従って色分けされているために、魔力がイメージによって身体に影響を及ぼす。
例えば、髪や瞳の色は色素が魔力によって変化されやすいので、得意とする属性の色がよく現れる。
また、色だけではなく、顔や容姿等も思いが魔力を通じて変化させるため、眉目秀麗になることが多い。良家のエレメンターであるほど、その傾向が強く、そのため良家の生まれである江月華や最良家出身のアスタグレンス第三皇女は美少女である。




