日光と月光(3)・第三十五話
・五神祭初日
開祭式の後、滉穎達が参戦するトーナメント方式のチーム対抗戦となる。その初戦がトイラプス帝国のβチームとフレア帝国のβチームである。
僕の敵、それが意味することを小栗達はよく分かっていた。
僕は普段、敵のことを敵と言わず、相手と言う様にしている。
その由来は、サッカーなどのスポーツや、勝海舟のどんな人間でも半分信じて半分疑う姿勢からであるが、唯一僕が敵と見なしている存在がいた。いや、いる。
それが、虎武龍司だ。
虎武龍司という名前に早く反応したのは木村だった。
「えっ! あの虎武龍司か? 生きていたのか!? 山が殺したはずじゃ」
「ああ、俺もあの男は死んだ人間だと思っていた。でも確かに見た、というより少し会話した。一方的だったが。
あの男はこの魔境で波俊水明と名乗っているそうだ。あと、テンマという稲垣より少し背が低いエレメンターも連れていて、僕はそいつにやられた。
ルクス先輩、ニ年前魔境に召喚された人の中に虎武龍司または波俊水明と名乗る者がいなかったか調べて下さい。それと、テンマという名前のエレメンターも」
ルクス先輩は間を置かず、
「分かった。すぐに調べさせよう。《List up》」
ルクス先輩が《List up》で連絡を取っている間、俺は説明を求めてきたイヴァンに虎武龍司いや波俊水明について語った。
イヴァンは「あれ」の後に転校した先で出会ったので、あの男については知らなかったのだ。他にもあの男を知らないのは、タートリアの柊恕やフレアβチームのオルター=クライシスなどがいる。
「波俊水明は僕と虎武龍麒の里親だ。
・・・・・・いくつだったかな。小さい頃に交通事故で両親が亡くなって、研究者だったあの男に引き取られた」
本当ならば、親戚の所に行くはずだったのだが、あの男は自分の養子にしたい、と申し出た。学費は全て負担するという提案に僕も親族も特に反対は無く、あの男と義理の親子となった。
今にして思うと、あの頃の自分は怖いくらいに落ち着いていた。普通なら泣き叫ぶのに、酷く冷静だった。いや、動揺し過ぎた結果の裏返しだったのかもしれない。
まあ、もしかしたらあの時から僕の心は乾いてしまったのかもしれない。
あの男と同じ様に。
そんな回想をしていることを悟られない様に、話を続けた。
「月日が流れて僕が十三歳になる前の春に研究所で事件が起きたんだ。ウイルスが流れて多数の死者を出した。幸い、抗ウイルス剤は創ってあったから僕達は生き延びたけど、その過程で僕は大切な人を失った。だから研究所諸共あの男を殺した。
まあ、今の話はかなり省略している所があるけど、大体こんなものだな」
嘘だ。僕は一つ嘘を付いた。確かに、小栗達は抗ウイルス剤で助かった。でも、僕は違う。
しかし、小栗達にさえ打ち明けていないこの話をここでする必要はないと、判断した。否、勇気がなかった。
話終えて改めて周りを見ると、ルクス先輩は連絡を済ませていた。あの魔獣狩りの時のことがまだ脳裏に残っていたのだろう、傍らに見えた皇女殿下は納得の表情をなさり、いつの間にか茶を用意していた。
皇女様は意外にも家庭的な一面があるのかもしれない。
「なるほどね。滉穎達にそんな過去が有ったのか。滉穎達のメンタル面の強さの理由が分かった気がするよ。
それで、話を元に戻すと、恐らくその波俊水明かテンマというエレメンターが魔術を使ったと見て相違ないね」
「魔術を使ったのは水明の方だと思います。それと、水明自身が言っていたのですが、今回の山賊と合わせてイオパニックのテロリストやウイルスも手引きした、と言っていました。捜索と同時に国家転覆罪の容疑もかけた方が良いかと思います」
気に食わないが、あの男が嘘をつかない事は確かだ。
「そうか。イオパニックの件のその水明が絡んでいるとなると、テロリストの始末だけでは済みそうにないね。取り敢えずはその旨を師匠に伝えて、法省、罪罰隊とも連絡を取ろう。
ああ、それと僕は一度国に戻るから監督役には違うエレメンターが来るからね」
「「えっ!?」」
初耳だ。まあ、確かにここ最近不穏な動きがあるから情報のスペシャリストであるルクス先輩が動かなければならないのは分かるけど、急な展開だった。
「ちなみに、誰が来るんですか? 滉穎、お茶をどうぞ」
「すみません、ありがとうございます。アスタグレンス殿下」
その質問をしたのは皇女様だった。
前回会った時にグレンスと呼んで良いと言われたが、流石に先輩や師匠の前だったり、公共の場であったりすれば、それで通す訳にはいかない。皇女殿下もそれを理解しているようで特に何の反応も示さず、笑顔を浮かべ、
「どういたしまして」
そして、次にルクス先輩に茶を渡す。
本来なら、僕より格上であるルクス先輩に先に出すべきなのかもしれないが、怪我人ということで僕が優先されたのだろう。右側にいるイヴァンの顔が少し羨ましそうだった。
・・・・・・なるほどな。
「ああ、これは恐縮です、殿下自らお茶を淹れる下さるとは」
「気にしないで下さい。やりたくてやったことなので。
それで、どの方が来るのですか?」
「殿下も知っている人ですよ。武の花鳥風月、知の雪月花に名を連ねる江月家当主の姪、月華の使い手である江月華です」
江月家か。元は望月家の分家で代々「月華」という反則級の神格武器を受け継いで来た家系だったんだっけな。使い手は女性でなければならない、という条件だけが難点だと聞いたが、それでも月華を引き継げるだけの実力がその江月華というエレメンターには備わっているというのか。
これはまた、凄い人が来るものだ。
そう考えていると、皇女様が、
「そうですか。では空席だった月華の使い手が決まったということですね。しかし、初耳ですね」
皇女様の耳に届いていないという事は、認められたのはつい最近ということか。
「はい。どうやら決まったのは召喚前の三月らしいのですが、公式に発表されたのは三日前ですね。それと同時にSVMDFへの入隊も決定されましたが」
おや、どうやら五神祭が終わった後も僕は接点が有りそうだ。
「しかし、華が月華の使い手ですか。予想はしていましたが、いささか早かったですね。まあ、あの娘は昔から優秀でしたし、アカデメイアでも一位の成績でしたね」
あれ? 皇女様の話を聞く限り、皇女殿下よりも年下、つまり僕達とほぼ同じ年齢なのか?
そんな考えが浮かんだ時、同じ事を思ったのか、稲垣が疑問をルクス先輩にぶつける。
「ルクス先生、質問なんですがその江月華という人は、失礼ですが、何歳なんですか?」
稲垣はルクス先輩に剣術(剣道ではない)の指導を受けた。そのため、「先生」と呼んでいる。
「ああ、言っていなかったね。彼女は十五歳だよ。でも安心していいよ。実力は師匠のお墨付きだからね」
「えっ!!」
これは驚いた。まさか僕達より年下とは。いやまあ僕も今は十五だが、すぐに十六になるからな。
全く、皇女様といい、その江月華といい、虎武龍麒といい、一位が多過ぎるな。
これは少しでも怠惰をすると、僕の存在感が無くなりそうだ。そう言えば、玄羽師匠も一位だったと聞いたな。まあ、師匠の場合は当然、としか言えないが。
確か、江月家は侯爵家だったよな。呼ぶ時は様を付けた方が良いのだろうか?
そんな思考を読み取ったのか、皇女様が、
「彼女は、同世代の人から敬称を付けられるのを私をわたくし)同様嫌がりますので、どう呼んだらいいか聞いた後、気軽に名前で呼んであげて下さい」
「分かりました、殿下。そうさせていただきます」
皇女様は笑顔を浮かべると、
「では、私は用事が有りますので、失礼致します」
そう言ってこの病室から出ていった。
ルクス先輩も細かい話をした後、
「彼女は明後日ここに着く予定だけど、僕は師匠に一刻も早く報告したいから、一時間後にはここを立つよ。一応、連絡役に僕の部下を残すから。それじゃ、準備もあるし、僕も失礼するよ。
またね」
「はい。ありがとうございました」
そうして、この病室には僕達トイラプスのβチームと、イヴァン達フレアのβチームだけが残った。
「ところでイヴァン、いつまでここにいるつもりだ? 正直目障りなんだが」
イヴァンに対し、今まで溜めたものを吐き出す様に、挑発と受け取れる口調で言い放った。
イヴァンも買い言葉で、言い返して来る。
「ふん、僕が目障りだと?
まあ滉穎には所詮、豚に真珠だったということか」
この時点で周りにいた小栗達は呆れた顔をして、今にも出て行く態勢だが、イヴァンが出口の近くにいるために、出て行こうにも出て行けない。
状況は分かっているが、イヴァンに一刻も早く言い返したくて、そのことは頭の片隅に置いた。
「価値だけあって実用性がないのであれば、俺は猫に小判でも結構。
それと、声も鬱陶しいからできるだけ口を塞いで出て行け」
「相変わらずの実用主義だな。
それに豚だけでなく、馬の耳に念仏だったとは」
「犬に論語と言いたいのだろうが、残念ながら成りたっていないな。
なぜなら、お前の声には価値などないからな。
まだ、ナルシシストは抜けていないんだな
そうだ。ついでに兎に祭文を足しておこう。」
ここで木村が
「おお、怒濤の五連撃だな」
と、雰囲気に反して陽気に言う。
僕達のことをあまり知らないイヴァンと同じチームのオルター達は、戸惑っていたものの、すぐに呆れ顔に変化した。
そして、オルターは後ろからイヴァンを羽交い締めにし、出口から出て行く。
なるほど。オルターが魔境でのイヴァンのお目付け役か。
「すまんな、山。イヴァンは多分宣戦布告に来たんだろうけど」
石田が苦笑いしながら謝罪の弁を口にする。
「いつものことだ。問題ない」
イヴァンがリーダーとは、石田と中村も苦労しているな。
たぶん、この台詞を言えば、自分にそのまま返って来るので、言葉にはしない。
「じゃあ、俺等も宿泊所に戻らないとだから。またな。元気そう? で良かったよ」
久しぶりに会った中村は、そう言って病室を後にする。
「ああ、今度は初戦で会おう」
「お、おお。山とは戦いたくないな。木っ端微塵にされそう」
そう言い残し、そそくさと立ち去った。
「人を何だと思っているんだか」
トイラプスのβチームだけになったので、姿勢を完全に崩し、ベットで横向きになり、隣に置いてあった本に手を伸ばす。
「しっかし、相変わらず高次なのか低次なのか分からない喧嘩だな」
すると、小栗が再び呆れた様な顔をして言ってくる。イヴァンとのことだと認識したが、言及はしないでいると、木村が、
「本当に。でも、犬に論語なんて知らなかったぜ。その点で言えば、さっきのは山の勝ちで良いのか?」
「白黒は五神祭で付けるよ。だから、イヴァンの相手は俺に任せてくれ。あいつを完膚なきまでに叩き潰すからさ」
「ああ、分かった」
その後、僕は少し眠くなったので再び寝ることにし、小栗達には宿泊所に戻ってもらった。
眠りに落ちるその数分間で、僕はあの戦いを思い出し、反省することにした。
何故負けたのだろうか? あのテンマというエレメンターはそれほど強くはなかった。あの無限に出てきそうな短剣はやりづらかったが、脅威じゃない。
やはり、あの最後の一瞬、物理限界を越えた超加速か。でも、それは負けた言い訳にはできないし、何よりしたくない。
あの瞬間までにもっと上手く立ち回れたはずだ。
そう思ったその時、ふと師匠の言葉が脳裏に蘇った。
『滉穎君のアルティメットは現段階では召喚者の中では最強だろうね。それは他人に頼らず、自分の力でこなす精神の強さから来ている。良く言えば、アクションの極みで最適な人物。悪く言えば、強かさがないと言える。いつかは限界が来るだろう。仲間に頼ることもできるようにしておけ』
そうか。そういうことか。
僕は仲間と一緒に戦っているつもりで、実際は無意識の内に自分一人の劇場を演じていたのか。
自分がやれば勝てる、他人は盤上の駒だと。いや、自分自身さえも駒として見ていたのかもしれない。
あの時から何にも進歩していないじゃないか、僕は。過剰な自信が僕の成長を押し止め、潜在的な無関心により自分の命すらも天秤で量れてしまう。
人と接するのに上辺だけ繕い、本心は覆い隠す。仲間であっても警戒を怠らず、プライベートなところを誰にも明かさない。これでは、能力としての信用はあっても、人としての信頼があるはずがない。
このままではまずい。僕の性格は「孤高」と言えば聞こえは良いが、一匹狼は長くは持たないものだ。
ここで僕は、焦燥感に駆られながら眠りに落ちた。
・江月家
もとは2000年前から東の帝国に仕える望月家の分家で、武にも知にも名を馳せる名家。侯爵家。
千年前に作られた月華を継承している。
望月家同様、軍事だけでなく、政治や商業でも活躍するエレメンターを輩出し、影響力を持っている。
・月華ー木(毒)、光、土、風、(水)、(氷)
所有者・江月華 15歳
月光と花をモデルに造られた神格武器。英霊は気高き女性(複数)。使い手となるエレメンターに女性のみという条件が有るためか、江月家には女性が多い。また、文献によれば、戦争時、月華に「加護」を与えた花の女神がいたそうだが、その効果は今はない。
前の所有者は玄羽=ヴァトリーの母であり、華の叔母でもあるヴァイオラ=ヴァトリー(江月スミレ)であるが、若くして亡くなったため、空席となっていた。
聖句は3つ。《向月千里》《月虹》《月暈》であり、このうち《月暈》が一時的解放での能力となる。




