月影の起点(4)・第ニ十五話
・獅子吼ー音
自分の声の振動数、振幅、波長を操作できる。半器官への干渉や地形の把握に使用する《超音波》から派生した。大音量による感覚器官への刺激により、脳に直接作用することで、対象を怯ませる。
《獅吼》になると、体の自由を一瞬奪う。熟練者は戦争の際にこれで味方の士気を上げられる。
仏教語では、仏の説法によって悪魔・外道が恐れ伏すのを、獅子が吼えて百獣が隠れ伏すのに例えた語。
山滉頴は数十人の山賊によって包囲され、徐々にその距離を詰められていた。そこに一人のエレメンターが加勢しようとしており、滉頴はその存在に気付いた。
「山!! 受け取れ!」
木村捷は大木の一部を変化魔法で六尺棒に変えると、それを投げ槍の要領で滉頴の所に投げ込んだ。
「ナイスだ!」
六尺棒が飛んで来るのが合図だったかの様に、山賊がそれぞれの得物を構え、滉頴に襲いかかる。
水平斬りの一撃をジャンプし、身体を捻らせることで避けた滉頴は右手で一直線に向かって来る自分の得物をキャッチする。
六尺、つまり一・八メートルの長さを持つ木棒をその右手にしっかりと握った滉頴は、そのまま目の前の相手に対して六尺棒を叩き付ける。頸椎辺りに直撃し、メキッという鳴ってはいけない音を鳴らした。
さらに滉頴はその場に留まることなく、縦横無尽に動き回る。多人数に囲まれているにも関わらず、俊敏な動きに的確な打撃、刺突を加えていく彼を、山賊は彼を止めるどころか目で追えてすらいなかった。
稲垣翔祐は隕鉄刀を山賊の頭目らしき男に向け、油断なく構えていた。
「佑聖、大丈夫か?」
「ああ、お陰様で無傷だ、ありがとな」
「どういたしまして」
二人は会話を交えながら後ろへゆっくりと下がっていく。山賊の大半は滉頴と戦っているため、包囲される様な状況にならなかったもののそれでも敵の数は多い。作戦通りにやれば、各個撃破できる程度の敵ではあるが、油断はならない。なぜならば、頭目らしき男もエレメンターであるだろうが、その実力は未知数だからだ。
「何をしている? あの武器を使ってもいいから早く捕まえろ」
頭目がそう言うと、山賊達は腰に提げてあった短剣を手に取り、自分達の指を切る。じわりと滲み出た血が短剣の柄に染み込み、刀身が淡い赤色の光を放つ。光の強さは人によって異なるが、全員赤色なのは変わりなかった。
「何か嫌な予感がする」
「僕も。《電閃》」
山賊が行動を起こす前に翔祐は己の技を放つ。隕鉄刀の黒い刀身が電気を纒い、青色の光が輝きを増す。刀を上段に構えた翔祐は、右足を前に出し、一気に振り下ろす。
振り下ろされた隕鉄刀から黄色の光が放たれ、それは空気中をジグザグに曲がりながら山賊の中に突っ込んでいく。やがて一人の山賊に当たると、衝撃波で周囲の山賊も吹き飛ばされる。
間髪入れず、もう一撃放った翔祐の目に映ったのは、無傷でその場に立つ山賊達だった。手に淡紅色の光を放つ短剣を持った。
「えっ!?」
稲垣翔祐は驚きを抑えることができずに思わず声を出してしまっていた。
それもそうだろう。《電閃》は威力は《ライトニングソード》に劣るとはいえ、非覚醒者を相手にするには強力な技だ。それを衝撃波も加えて生身で耐えるなどできない、と彼は思っていた。
いや、本当はあの光る短剣が出てからこうなるとうっすら気付いていた。それでも、山滉頴でさえ嫌がるあの技を止められたことは彼に衝撃を与えた。
《電閃》を受け止めた山賊の短剣は、完全に光を失っていた。
しかし、山賊は指から滲み出る己の血を再び短剣に吸収させ、短剣は光を取り戻した。
「翔祐、あれは多分魔道具だ。おそらく反魔系の」
「分かってる。ちょっとまずいかも」
反魔法、それはつい最近完成した比較的新しい体系の魔法・魔術である。魔力で構築した現象に干渉をし、根本から崩す。反則級と言われるが、扱いは通常の魔法よりも難しい。
しかし、それを山賊はできた、できてしまっていた。おそらく、《電閃》を受け取めた山賊の短剣が電気属性専用だったためできただけだろうが、それでも不利になったことに変わりはなかった。
滉頴はニ分間スピードを落とすことなく、四十人を越える山賊を翻弄していた。長過ぎるとも思える六尺棒を自在に振り回し、彼等の頸、腹、股間を集中的に攻撃していた。
しかし、六尺棒は徐々に傷が目立つ様になり、《plant control》で彼のサポートをしていた木村捷も数に勝る山賊に追い詰められつつあった。
滉頴が初めて足を止めた瞬間、彼の頭上から一本の剣が振り下ろされ、後ろからは投げナイフが彼の背中めがけて飛んでくる。彼は六尺棒で剣の腹を思い切り叩き、軌道を逸らせるが、六尺棒はその勢いで折れてしまった。だが、彼はそれを気にも留めず、後ろに投げ捨てる。壊れた木棒はちょうどナイフの軌道に入ると、ナイフは木棒の真ん中に突き刺さり、彼の背中に当たった。
右手で木棒を掴んだ滉頴はナイフを抜き取り、すぐそこに迫っていた山賊の心臓に突き立て、その返り血によって彼はついに顔までもが赤く染まった。
もちろん、血を体内に入れるようなヘマはしていない。
木村も危ないし、そろそろ交代するか。
そう考えた滉頴は《List up》で音使いを呼んだ。
『小栗! 出番だ!』
「了解」
滉頴は疲労が溜まった足に力を入れ、
「《High jump》」
空高く飛び上がった滉頴に、山賊は弓矢で対応しようとするが、その全ては悉く石化によって防がれる。
そして、太陽の反対側に飛んだ滉頴とは反対方向から、太陽の光と重なって一人のエレメンターが山賊目がけて跳んでくる。
山賊はすぐに気付いたが、そのエレメンターは攻撃する時間を与えなかった。
「《獅子吼》」
小栗臥龍は、最大限の声と魔力で叫んだ。その音に当てられた山賊達はまるで力を抜き取られたかの様に全ての得物を落とした。
・反魔法
魔力で構築した現象、物質に干渉し、構築を根本から崩すことで魔法、魔術を無効化する魔法または魔術。
これを実践するためには、その現象に対するより深い理解が必要となる。また、タイミング等に物理演算、現象を解析する分析力が重要になってくるため、実戦で使うことは困難。そのため、魔道具に反魔法の効果を持たせることが多いが、その情報量の多さに短剣1本で一つの現象を打ち消せる程度である。
古代では科学が進んでいなかったので、理論体系としての確立は叶わなかった。




