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月影のエレメンター(なろう版)  作者: ハイエナ=エレメント
アポカリプス編第弐章・魔族の国
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第91話・獅子とハイエナを繋ぐ者

 当初、飛行船での旅は順調だった。

 さしたる障害も無く、快晴の下、空の旅を謳歌していた。


 しかし、それもしばらくすると天気が崩れ始め、船長の巧みな操縦で雲は避けていたが、ついに雨の中の運行となった。

 無論、雨の中でも問題なく飛行船は飛べる。

 だが、雷は如何いかんせん脅威に変わりはない。


 最悪、魔法で防御もできるが、それだってエレメンターを動員する必要がある。

 とは言っても、緊張の雰囲気を醸し出していたのは主に船員で、乗客に近い立ち位置の、特に皇族であるグレンスなんかは全く心配もしていなかったが。


 僕も、正直なところを言えば、頑張ってね、といった感じでそこまで自分事として捉えていた訳ではない。

 最悪の事態は想定して備えていたが、結局のところそれも徒労に終わったから、()()()()()問題が無かったに等しかった。




 やはり、今回の旅の最大の障害となったのは、南半球の大陸に生息していたドラゴンだろう。

 それは、唐突に現れた。


滉穎こうえい

見て下さい!』


 僕と部屋でチェスを興じていた彼女は、不意に目を外に遣ると、そう叫んだ。

 言葉に従い、雲が広がる空を見ると、なんと蜥蜴トカゲに禍々しい翼が生えた様な見た目の生き物が向かって来ていた。


『ドラゴンか』

 そう呟くと、呼応したかの様に船内に緊急事態を告げるサイレンがけたたましく鳴り響き、即座にエレメンターの招集が為された。

 それは僕の様な一般的なエレメンターのみならず、皇族、つまり彼女も強制的に動員されるものだった。


『早く行きましょう、滉穎こうえい!』

 そこから先は、彼女、グレンスが先行して、護衛の楓双調かえでそうぢょうきりクルス、僕と続き、一足先に船長の元へと辿たどり着いた。


 船長の指示の下、すぐさまドラゴン討伐、船の防衛、衛生などの役割にエレメンターは割り振られた。討伐組に入っていた僕は甲板に出て(もちろん遥か上空でも問題無く活動できる様に魔法をかけながら)、ドラゴンと対峙した。


 あまりに大きかった。

 人を刺し殺しそうな角が生え、その手足は獲物を離さまいと尖った凶悪な爪を持ち、血の様に赤い眼は領空侵犯したのであろう飛行船を捉えていた。


 さすがに飛行船よりは小さいが、その体躯は優に十五〜二十メートルを超えるだろう。

 これが、南半球の生態系の頂点に立つ生物(人間を除く)か。


 しかし、見た目の恐ろしさに反して、恐怖は一切感じなかった。

 確かに、自分一人でとなると大分キツイ上に、最悪撤退になるかもしれないが、ここに居るのは選りすぐりのエレメンターばかりだ。

 苦戦はしたとしても、最終的には討伐できるだろう。




 目論見通り、ドラゴンは十五分もかからずに討伐された。


 まあ、ドラゴンの思わぬ死力を尽くした反撃に遭い、幾らか飛行船は傷ついたが、致命的ではない。

 近くの街に降りることぐらいは問題無くできた。

 むしろ、ドラゴンの死体を手に入れられたのは僥倖ぎょうこうだったと言えるだろう。




 だが、その降りた先が問題だった様だ。


 南方人民共和国連合の東方部に位置する街、サハス。


 アリべシ王国時代はそれなりに栄えていた様だが、先の連合軍との戦争において、最後の砦として使われた結果、今ではその栄光の影すらない。

 街の復興は戦争から数十年経過したおかげかそれなりにできたみたいだが、スラム街が生まれ、治安は荒れに荒れていると言う。


 とはいえ、ドラゴンの死骸も早めに解体したいし、飛行船の修理もしたいしということで、この街の近くに着陸することになった。




 グレンスには反対されたが、僕はこっそり抜け出し(もちろん船長には許可を取った上で)、スラム街の様子を見に行くことにした。


 かつて住んでた日本では目にする機会も無く、魔境に来てからも現代の帝国ではスラム街などむしろ珍しい部類に入る。

 故に、僕は見たことが無く、単純に興味があったのだ。


 しかし、いざ行ってみたは良いが、格好が良くなかった。


 皆小汚い服装をしているにも関わらず、たった一人シミもシワもない服を着ているのだ。浮かないはずが無く、こちらをエレメンターと認識できない非覚醒者のチンピラやスリ、悪党の集団に何度も絡まれた。




 辟易し始めたところで、一人の少年に出逢った。


 先の戦争でほとんど駆逐されてしまったであろうアリべシ王国の覚醒者。

 その生き残りだろうか、覚醒者の少年といかにもな悪人面の男達。


 数的にも体格的にも不利であるのに、その少年は諦めることを知らず、誘拐されそうになった少女をかばっていた。

 僕は思わず、その正義感に感嘆した。


 正義も道徳も朽ち果てそうなこの場所で、年端もいかない少年が誰に応援されることもなく、己の正義心を貫いている。

 これはなかなかできることではないだろう。


 さらに、少年の使う魔法もまた僕の目を引き付けた。

 決して、何か特別なものがあった訳ではない。相手が無意識的に自分を認識しづらくなるくらいの、そこまで難易度は高くない魔法であったし、その練度がそこまで高い訳でもない。しかし、何となく親近感が湧いた。

 その正体は、再び少年が魔法を使ったことで分かった。

 彼の魔法は僕もよく使う忍術《系風捕影》だったから。


 だがそれは、本来起こり得ない事だった。

 なぜなら、《系風捕影》は我が師匠、玄羽くろう=ヴァトリーから直々に教わった、つまりヴァトリー家が伝承させる希少魔法であり、この遠い南東の地で使われるというのは実に奇怪な事だからだ。


 ヴァトリー家の魔法がここまで伝来した?

 いや、ヴァトリー家の魔法は基本的に一子相伝。厳重とは言わないまでも管理されている。


 ヴァトリー家と同じ様に地球、日本の転生者、あるいは召喚者が発展させた?

 いや、魔法は同じ名前のものであっても、個人間でわずかに異なるものになってしまう。その原因は個人のイメージに由来する。そのイメージの差異が蓄積すれば、明確に違う魔法へと発展する。つまり、僕が親近感を抱く程似る可能性は限りなく低い。


 では・・・・・・、いや、・・・・・・。

 じゃあ・・・・・・、いや、・・・・・・。

 これも違う、あれも違う。




 様々な可能性が去来するが、答えは出ない。


 そうこう思案している内に事態は進んでいた。


 場の空気は極度に緊張しており、少しまずいな、と思った。

 あの覚醒者の男は少年を殺すつもりだと気付いたから。


 傍観するのは止め、《系風捕影》を解いて姿を現すことにした。




 それから、非覚醒者も覚醒者の男も他愛も無い実力だったので、一分も経たずに制圧することができた。


 勇敢な少年を称えようと後ろを振り返る。


 そして、何故か、彼の顔に若干の懐かしさを覚えてしまった。

 それに違和感を抱きつつも、少年に名を尋ねた。


「君の名は?」


「ラザン・・・・・・ただの羅山ラザンです」


 ラザン・・・・・・何故だろう? 一瞬、あの男を思い出した。

 三年前、僕の前に立ちはだかったあの大男。

 武人の精神を持った、僕が明確に打ち倒す意志を持って殺した二人目の男。


 ・・・・・・まさかな。


「そうか、良い名前だ。

僕は、山滉穎やまこうえい

通りすがりのエレメンターさ」


 とりあえずその思考は隅に置き、少年の勇気をたたえることにした。


 本当は、あんな無茶はして欲しくないところだが、この街では誰も少女を助けないだろう。この少年を除いて。

 無論、少年が死んでしまったら他の人を助けられない。しかし、目の前で行われようとしていることを見逃すことなどこの少年にはできないのだろう。

 だから、自分の命を大切にしろ、なんて言葉は僕の口から出ることはできなかった。

 そもそもの話、僕にその資格があるとも思えないし。




 それから僕は、少年と少女を家に帰すことにした。


「なあ、羅山ラザン君。

家はどこだい? 送っていくよ」


 この街に住んでいる限り、再び少女は同じ様な目に遭うだろうし、少年の命も常に危険にさらされるだろう。

 先の男達だって、一応警察に引き渡しはしたが、どうせ同じことをするだろうし、少年に逆上しているかもしれない。

 気まぐれに助けたのであれば最後まで面倒を見てあげるべきだとも思ってしまうが、立場上僕にそれはできない。


 しかし、僕は気付いていた。

 この少年は別にこのスラム街に住んでいる訳ではない、むしろ比較的安全で整っている地域もしくは家に住んでいる人間だと。

 服は確かにみすぼらしいが、爪は綺麗だし。臭いも少女と比べてキツくない。

 まあ、覚醒者という時点で重宝されるのがほとんど(さっきの男の様に例外もいる)だから、それなりに良い暮らしをしているというのはすぐ推察できるが。


「僕は・・・・・・」

「うん」


 しかし、彼のは予想外だった。


「あそこの森の中で暮らしています」


 そう言って、少年は近くの大きい森を指さす。


 指さした方向には飛行船もあり、少女の目は心なしか輝いている気もする。

 飛行船を見に行こうとして、誘拐されそうになったのだろうか。だとしたら、若干の罪悪感はあるが。


 とはいえ、あの森には空から見た限り人が住めそうなスぺ―スも、もちろん家も無かった。

 ならば、幻術の類だろうか。

 飛行船に乗っていたエレメンター全員が気付かない程に高度な。

 そんな使い手がこんな辺境にいるとは。

 まあ、その人が保護者なら、少し安心材料ではある。


「そうか。

で、君はどうする?」


 少女に問いてみる。

 彼女は飛行船に夢中になり過ぎていたのか、急な僕の問いかけにビクっと驚き、少年の影に隠れてしまった。

 ・・・・・・怖がられたかな。まあ、この街にいる中で一番強い存在になり得るのだから、ある意味最も恐ろしい存在とも言えるだろう。

 圧倒的な力に恐怖するのか、憧れるのか、彼女は前者だっただけだろう。


 さて、彼女をどうするかが、一番の問題だ。あの街に帰してもまた同じことが起きるのは想像に難くない。それに、彼女だけの問題だけでなく、彼女の家族のことも考えなければいけない。


 どうするかと悩んでいた時、少女が少年の裾をわずかに掴んでいるのが見えた。

 そして、こちらの考えを悟ったのか、少年は彼女に提案する。


「ねえ、僕の家で働いてみる? もちろん、連れてきたい人達全員雇うよ」


 まさに渡りに船。


 しかし、彼のおじい様に聞かなくて良いのだろうか?


「良いのか?」

「おじい様なら許してくれるはずです」


 おじい様、か。

 何故か、白髪のご老人が思い浮かんだ。




 そういう訳で、とんとん拍子で少女とその家族は少年の家で雇われることになった。


 翌日、飛行船の修理は完了し、飛び立つ時間になった。


 僕は少年の家の前で、彼と別れの挨拶を交わす。

 終ぞ少年のおじい様には会えなかったが、まあ良いだろう。


「さよならだ、羅山ラザン


「はい、お気を付けて」


 交わした言葉は少ない。

 しかし、少年との間に信頼が生まれた様な気がした。


 少年を見ていると、親近感や懐かしさと共に、昔が思い出される気がする。そう、もうずっと昔の様にも思えるあの頃の愚かな僕を。

 その先にあったのが絶望だったと僕は知っている。でも、少年には希望を感じられる。願わくは、彼の正義感が燃え尽きないことを。




 そうして、意気揚々と僕は飛行船に帰った。




 その五分後にグレンスに大目玉をくらい、加えて小一時間口を聞いてもらえず、意気消沈することになるとはまだ知らなかった。




◆◆◆




 飛行船がサハスを飛び去って行く。


 その光景を、白髪の老人は一人、家の屋根に座りながら眺めていた。


「運命とは何とも、因果なものじゃな」


 この呟きは、森のさざめきの中に、消えていった。

・戦績(オセロ・チェス・囲碁・将棋) 山滉穎やまこうえい

 飛行船の旅も数日経つと飽き始め、彼らはオセロやらチェスやらで遊び始めた。

 滉穎こうえいはアスタグレンス、双調そうぢょう、クルスたちとそれぞれ四戦ずつ行うこととなる。

 ちなみに、滉穎こうえいは途中で男は自分一人だけだと気付き、肩身が少し狭くなった上に、基本的には彼女たちにボコボコにされた。


 対 アスタグレンス=リヴァイン

 1勝3敗

 滉穎こうえいは奇をてらった戦い方や奇襲戦術を好むが、相手の虚をこうとすることに気を取られ、自陣営の防衛が疎かになる。その隙をアスタグレンスは見逃さなかった結果が上記。奇襲戦術がはまれば圧倒的な勝利を飾れたが、アスタグレンスの盤外戦術に集中力も削がれたので他の3戦はことごとく敗北した。


 対 双調そうぢょう

 2勝2敗

 双調そうぢょうの戦略は守り重視。己の自陣営をまずは強固にした上で、攻めに転じる。それが完成すればほぼ負けないが、完成前に攻められると少し弱い。滉穎こうえいの奇策に何度かはまり敗北する。しかし、守りが得意な彼女に絡み手はそこまで通用するのでもなく、残りの2試合は負けることになる。


 対 クルス

 0勝4敗

 攻防一体かつ正眼というギフトを持つ彼女は滉穎こうえいの天敵的存在。滉穎こうえいは奇策を諦め、普通に戦おうとするも、王道もしっかり踏まえている彼女には通じず、全敗。




 おまけ

 対 望月月英もちづきげつえい

 不戦勝

 読書家である彼女は孫氏の兵法や兵法三十六計を始め、様々な兵法書を読みあさる。その上、兄のおぼろに付き合い、囲碁や将棋も多少はたしなんだ。その地力に加えて魔眼により未来がある程度視えてしまう。まさに、鬼に金棒、虎に翼。しかし、フェアな戦いをしたい彼女は勝負を降りることになる。

 ちなみに、彼女は一度も負けたことが無い。


 対 江月華こうげつはな

 3勝1敗

 こちらも様々な教育を受けてはいるが、戦い方は兵法書通りと言って良い。そんな彼女は滉穎こうえいのカモである。

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