第86話・最凶の魔族
・吸血鬼
吸血鬼には、最上位階に位置する真祖と、次点の従祖、最下位の隷祖で構成される魔族である。
魔族の中で最も強い種族とされている。
吸血鬼について語ろうと思う。
吸血鬼は冷徹、冷血、冷静、冷酷であり、全てのものを睥睨し、自分自身こそが最強であるという思い上がりと自信に満ち溢れ、強い自尊心を持つとされている。
そして、自分よりも高位のものと認めた者にはとてつもない敬意を払い、決して逆らうことは無い。
だが、それだけでは無い。
高過ぎる向上心も持ち合わせ、軸がぶれない。
向上心は彼らの武力を磨き、圧倒的な武力は彼らの自尊心を高めていた。
彼らは傲慢で強欲な種族ではあったが、同時に誇り高き精神も持ち合わせていたのだ。
次に、吸血鬼の見た目だ。
あたかも色素が抜けたかの様に真っ白な肌だが、常に漆黒の服を身に纏うことを好く。
髪の色は黒や銀、金などがあり、眼の色も金、赤、青が主だ。
ところで、魔族にも階級が存在しているのだが、それは人間のそれと違い、とても見分けやすい。
彼らの容姿が階級を表しているからだ。
そもそも、彼らは兵器として生み出された訳だが、意思を持つ以上、同時に軍隊でもあった。
軍隊という組織において、いや軍隊のみならず組織においては上意下達が徹底されなければならない。
ましてや、悪魔の言う事を聞かなくなった魔族など、脅威以外の何ものでもない。
確実に命令を遂行することが求められた。
だが、悪魔が全てを管轄するのは現実的ではなかった。
そのため、悪魔は吸血鬼を「真祖」、「従祖」、「隷祖」の三つの階級に分けた。
隷祖は字面からも分かる様に最下位の吸血鬼のことを呼び、最も人数が多い代わりに特権や力は弱い。
従祖は隷祖を従えられ、人間の社会で言う中流階層と思えば良い。もちろん、人数は比較的多いが隷祖よりは少なく、しかし特権や力は強い。
そして、最上位階が真祖と呼ばれ、彼らの命令は吸血鬼にとって絶対だ。人間社会で言うところの王が彼らだ。
しかし、悪魔は自身を吸血鬼の中の皇帝とすることで、彼らを統制した。
だが、悪魔は真祖の力を強大にし過ぎた。真祖の成長度合いを見誤った。
その結果、真祖は悪魔を出し抜き、悪魔の支配から逃れた。
反乱が起きたのだ。
真祖が逃げれば、その仕組み上、従祖も隷祖も逃げることは明らかだった。
そうして、彼らは改めて真祖を最上位の存在とした上で独自のコミュニティを築いた。
それは、出ナラカ大陸を果たし、島国を発見した後も同じだった。
その体制は中世から変わることなく、二千年もの間維持され続けた。
では、肝心の見分けるポイントを話そう。
真祖は麗しい漆黒の髪に、輝く様な黄金の瞳だ。
従祖や隷祖に絶対命令権を発動する際にはその金色が鮮やかに煌めく、とまことしやかに言われている。
もちろん、噂は噂であって実際に見た者はいない様だが。
従祖は太陽の光を全て反射する白銀の髪に、血を浴びた様な赤色の瞳だ。
一般的に、魔境で吸血鬼と言えば彼らの容姿を真っ先に思い浮かべる者が多い。
まあ、それは魔族戦争で一番被害を受け、記憶に残りやすいのが従祖だったからだが。
隷祖は亜麻色の髪に、青色の瞳である。
人間の社会に紛れやすい、つまり比較的一般的な容姿故に目立ちにくいため、彼らは諜報を担うことが多かった。
しかし、吸血鬼はエルフやドワーフと違い、隷祖だけでなく、従祖や真祖も人間の容姿に近い。いや、酷似している。
あえて違いを挙げれば、犬歯が長いことと、病気にならない、毒が効かないなどだが、いづれも日常生活では気にされない。
故に、見た目による階級云々よりも、人間か吸血鬼か見分けることが一番の難題なのだが。
最後に、「吸血鬼特性」についてだ。
魔族には、兵器として、無比の軍隊として運用される以上、それぞれ人間には無い特異性が有った。
例えば、ゴブリンやオークにはネズミ並みの繁殖力が、オーガには人の頭蓋骨を片手で軽く潰せる怪力が、獣人には結合させられた魔獣の性質が、それぞれ与えられた。
吸血鬼の場合は、まあ想像できるとは思うがほとんどが血に関係したものだ。
人の血を取り込み、血の遺伝情報を糧にし、魔力へと変換する。加えて、魔力へ変換する際の副産物として情報から相手の弱点を看破できる様になるのだ。
とは言っても、血を吸われた時点でその人物はほぼ死ぬことが確定していることが多いのだが。
また、他人の血を摂取する関係上、免疫系はかなり発達している。
他人の血を取り込み、その血にある病原菌のせいで死滅してしまったなど、間抜けにも程がある。それを防ぐために、悪魔は免疫を強化した。
その全貌は、過去の解剖例も調べた人間もいないので明らかではないが、ほぼ全ての病原菌が彼らの前では無力であり、また毒物も分解される。
しかし、無敵に思えるこれにも当然弱点は存在する。
その性質上、化学的に分解できない毒には弱く、そのため水銀や鉛を武器にした例は多い。
さらに、免疫が働き過ぎるせいで、アレルギーになることも多い。そもそも水銀や鉛を使わなくとも、金属アレルギーによって彼らを重篤にすることは可能なのだ。
花粉や日光にも弱いが、基本夜型で引きこもり体質の彼らにはあまり関係は無い話だろう。
これにより、中世の魔境では一度も病気にならず、また金属や日光を嫌う者は吸血鬼と疑われていた。
無論、吸血鬼は既に現在の魔族の国に移住していたため、疑うだけ損することではあったが。
そして、夜型であるのだから、当然夜目は効く。
夜だけでなく、平時において感覚器官は鋭敏であり、現在の魔族で最も知覚に優れているのは吸血鬼と言われている。
視覚はハーピーに劣り、聴覚はエルフに劣り、嗅覚は獣人に劣り、味覚は人間に劣り、触覚は小人に劣るものの、総合力で言えば圧倒的に吸血鬼が上だ。
しかし、吸血鬼の真の強さはどの特性でもなく、その向上心と無限の伸び代にあった。
吸血鬼はこれらの特性を活かし、自らを高めていった。
最初は弱点塗れであったが、太陽を克服し、アレルギーを克服し、あらゆるものを克服していった。
それは、もはや成長ではなく進化であった。
それ故に、魔族において吸血鬼のみ、「中世の吸血鬼」と「現代の吸血鬼」の二つで分類されていた。
吸血鬼は最強にして最狂かつ最凶の魔族。
自身の体温のごとく、冷徹、冷血、冷静、冷酷であり、自分自身こそが最強と考える。自信過剰な上に強い自尊心を持ち合わせ、しかし同時に高い向上心をその胸に抱く。
傲慢で強欲だが、誇り高い一面もある種族。
魔族の国では、彼らが一番の脅威となるだろう。
◆◆◆
「とまあ、世間一般的な吸血鬼の見方はこんなもんだ」
そう言って、山滉穎は仲間達への説明を終えた。
今、滉穎達は魔族の国への交換留学に向けて、仲間内で情報の共有を行っているところだった。
はっきり言って、覚えることは膨大だ。
帝国と暗黒世界の戦争から生まれた魔族の背景、今分かっている魔族それぞれの特性や文化、魔族の国の政治体制、魔族内の派閥などなど。
滉穎やアスタグレンスは暗記が得意なためすぐに覚えられたが、他の人はまだまだであり、そのため、二人を中心に滉穎の部屋で勉強会の様なものを開いていた。
「そう言えば、滉穎の犬歯はよくよく見ると長いですよね」
アスタグレンスはそう言って、滉穎の口の中を観察する。
アスタグレンスの目には、白い歯と自分よりも鋭く伸びた犬歯が映る。
「藪から棒にどうした?
まあ、確かに人よりは長いけど、気になる程じゃないと思うんだが」
しかし、滉穎は怪訝な表情を浮かべた。
確かに、滉穎の犬歯は人より長い。しかし、他人と比較しなければ分からない程度だ。
「いえ、滉穎はどうやら病気になったことが無いらしいですし、犬歯も長いので、もしかすると吸血鬼の血が入っているのではないかと、疑っただけですよ」
アスタグレンスは周りを見渡し、滉穎の仲間の表情を伺うが、他の者は困惑した表情を浮かべるか、アスタグレンスの冗談と思って軽く聞き流していた。
「それに、夜目が効くしな」
木村捷はアスタグレンスに追従する様に、そう付け加えた。
実際、滉穎は闇属性の使い手ということもあり、また任務の性質上、光が少ない夜に適応する必要があり、そういう訓練も行った。
しかし、それは後天的に得られたものとも考えられるため、根拠としては弱かった。
それでも、偶然か必然か、滉穎が吸血鬼に似ていることは確かだった。
それは、他の仲間も頷いて認めるところだ。
特徴も、そして性格も。
まあ、性格に関しては本人の目の前で言うと懲らしめられるため、誰も言及しないのだが。
しかしながら、滉穎は彼らの考えを否定する。
「それはありえないよ。
魔境の吸血鬼と地球の吸血鬼は別物だし、魔境の吸血鬼が地球に行く可能性も確率的には薄い。
それに、僕は地球生まれの地球育ちだ。正真正銘、人間だよ」
滉穎の発言に、捷が反応する。
「待った! えっ!? 地球にも吸血鬼いるの?
初耳なんだけど」
捷のみならず、他の者も動揺した様子を見せた。例外は、アスタグレンスだけだ。
「ああ。
ただ、あっちの吸血鬼はあくまで、鬼だ。
こっちは魔族。
それは、良いか?」
滉穎は仲間を見渡しながら、そう問う。
「どういう違いだっけ?」
言ったのは中村。
吼天氏の使い手である石田魁と共にフレア帝国に召喚された仲間の一人だ。
「まず、魔族というのは暗黒世界との戦争で兵器として生み出された人達とその子孫について言うのが魔境では一般的だ。
それで、鬼は・・・・・・まあ日本と中国と、魔境でもそれぞれ解釈が少し異なってくるけど、まあ一応どれにも当てはまるな。
日本の鬼の様な吸血鬼もいるし、中国での鬼は幽霊を指すんだけど、まあぶっちゃけ墓から出て来るから間違っていない。それと、神話の戦争での敗北者ということも当てはまる。
そうだよね?」
簡略した説明を終え、念のためアスタグレンスに聞く。
「ええ。悪魔と鬼は戦争での敗北者。地球の吸血鬼は戦争にこそ直接関わりませんでしたが、悪魔側に協力したことで追いやられる様になり、神と人間から身を隠すことになりました。
地球の吸血鬼は既に人間の手によって絶滅されたと聞きましたが、彼らの姿を見てイメージが固まり、後の特化型精霊の吸血鬼も汎用型精霊の姿形に影響されたのでしょう。
加えて、暗黒世界の悪魔もかつての吸血鬼に寄せて魔族の吸血鬼を創ったそうです。そのため、厳密に分ければ神代の吸血鬼、幽霊の吸血鬼、魔族の吸血鬼がいるのですが、後者二つが神代のに影響されている、もしくは真似ているため、混同される原因となっています。
はっきり言って、吸血鬼という名前だけが同じだけで、存在の根本は全く異なります」
「なるほど」
「な、なるほど?」
滉穎は納得した表情で頷き、中村は理解したけど納得していない様な感じで相槌を打った。
「というか、何で山は知ってんだよ?」
「まあ・・・・・・な」
捷の質問に、滉穎は曖昧な言葉で返す。
その妙な間に、彼の仲間達は悟る。
あのマッドサイエンティスト、今は波俊水明と名乗る滉穎の里親が関係しているのだと。
そこからしばらく訪れた沈黙に、部屋に流れる空気が少し重たく感じる。
しかし、その雰囲気を明るい声でアスタグレンスが壊す。
「話を元に戻しましょうか?
ごめんなさい、滉穎。吸血鬼の血が入っているかも、というのは冗談です。
しかし、実際に吸血鬼の見た目が普通の人間と判別が付きにくいのは事実です。
私も一度、使節団の吸血鬼の方々を見たことがあるのですが、肌の色と衣装を変えられたら見分ける自信がありません」
その言葉に滉穎は考える。
人の雰囲気を察することが得意なアスタグレンスでさえも無理なら、自分にも見分けることは困難かもしれない、と。
しかし・・・・・・
いや、待てよ。
グレンスは嘘を付くのが苦手なあの阿僧恒河もとい破沙羅にずっと騙されていた。
あんまり基準にしない方が良いか。
とも思っていた。
そんな失礼な考えをアスタグレンスは見逃さない。
「滉穎? 何か失礼なことを考えていませんか?」
目を鋭くさせて、滉穎に迫った。
「い、いや。そんな、ことは、ないよ・・・・・・」
滉穎は後ろめたさからアスタグレンスと目を合わせられず、後退りで逃れようとする。
まあ、破沙羅に関しては滉穎が悪意や殺意に敏感なのと同様に、嘘にも敏感であるからできたことであった。
アスタグレンスのことを節穴と呼べば、彼を任務に遣わした中央政府も節穴ということになる。
アスタグレンスや中央政府よりも破沙羅が一枚上手だっただけで、彼女の観察眼は疑いようもなく優秀だ。
閑話休題。
しかし、アスタグレンスは逃さないという意思をもって、滉穎との距離を詰める。
だが、視線を感じ、ふっと冷静になる。
うっかりアスタグレンスは失念していたが、周りには捷や小栗臥竜、魁達がおり、一部は恨みの込もった視線を滉穎にぶつけていた。
アスタグレンスはつい普段やっていることを無意識の内にやろうとしていたことに気付いた。
彼女の顔は羞恥心で耳まで赤くなり、小さく「ごめんなさい」と謝ってから元の席に戻った。
それからは、度々話が脱線する度に、誰かが戻し、また脱線するという事態に見舞われ、ほぼ自業自得だが、勉強会はほとんど進まなかった。
脱線した話の内容は全てが全て関係ない話ではないことが、せめてもの救いだろう。
そうして、お開きとなった。
一人、また一人と帰っていく中で、魁は思い出す。
吸血鬼の話と、金色の瞳の記憶を。
・最凶の魔族
魔族はそれぞれ「〜の魔族」と呼ばれ、彼らの特性に合った形容動詞を与えられた。
例えば、エルフはその隙の無さや完全無欠さを表して「最優の魔族」と呼ばれる。
吸血鬼は、魔族の中で最も強く、戦いに狂い、恐れられていたために、最強にして最狂かつ最凶の魔族とされ、一般的には「最凶の魔族」が彼らの代名詞である。




