第85話・アスタグレンス=リヴァイン
・天災
運命型ギフト。
本人の意図と関係なく、周囲で災厄が引き起こされる。
魔力制御の上達によってある程度抑えられる。
彼女は生まれながらにして他者を寄せ付けない程の力を持っていた。
先天的に魔力量は多く、加えて成人した今でも成長中だ。
属性は偏りが有り過ぎて火(炎)と光、水、音属性系統しか上手に魔法発動できないが、それを補って余りある程に魔法の威力は凄まじいものだった。
そう。軽く人を灰にするぐらいには。
◆◆◆
彼女が生まれたのはクロノス暦4079年のことだった。
彼女の父親はフレア帝国の皇帝、母親はその正室・ユリス。血統も由緒正しく、本来、彼女の生誕は祝福をもってなされるはずだった。
しかしその日は、彼女が生まれた日は、彼女以外誰も生まれなかった。
もちろん、確率的にそれは有り得る話だろう。ゼロではないのだから。しかし、偶然ではなく必然であったが故に問題になったのだ。
彼女以外の赤ん坊は全員衰弱死した。一切の例外なく。
つまり、クロノス暦4079年1月7日誕生日の人間は、一人しかいないということだ。
当時は、ただの偶然と断じられた。
だが、時を経るにつれて、皇帝は確信を得ていく。
彼女の魔力的遺伝性過敏症が「天災」である、と。
ギフト「天災」は前例が少ない。
確認されている範囲で、発症したエレメンターは数百年に一人ぐらいだ。
過去には、人民を守るためと評して天災の罹患者が処刑されたこともあった。
どうして、アスタグレンスがそうならないと思えるだろうか。
皇帝は、いやアスタグレンスの父親マーズ=リヴァインは葛藤した。
皇帝として、国民を守るべきか。
父親として、彼女を守るべきか。
そして、下した決断は後者だった。
マーズは思う。
自分程、皇帝に向かない人間はいないだろう、と。
彼は、皇帝として非情に成り切れなかった。成れなかった。
彼は魔境において比較的平和な時代に生まれ、平和に育った。エレメンターとして強く育てられながら、皇帝として合理的な判断ができる様に教育されながらも、彼には厚い人情が有った。
平時であれば、それは美徳であろうが、こと皇帝という立場にあってはそれは弱点になることがある。
帝位争いが無く、ストレートに皇帝になったのも、彼にその弱点を自覚させなかった。
やがてユリスや他の妻との間に子を授かり、その子達にも自分が受けたものと同じかそれ以上に与えた。
愛情と力と、責任感、そして倫理観。
だが、アスタグレンスが生まれ、彼女の力の片鱗が彼に迷いを生じさせた。
この子を、このまま生かしても良いのだろうか、と。
天災というギフトは、罹患者に莫大な力を与える代償に、多くの被害を帝国に与えた。
アスタグレンスが魔力制御を完璧にこなせる様になるまで天災は舞い降りる。
それがいつになるかは分からない。魔力量が膨大過ぎて、習得に時間がかかるのだ。早くて十五年、もしかすると成人(十八歳)前後になるかもしれない。
それまで、死ななくて良い人間を我が娘可愛さに死なせるのかもしれない。
守るべき臣民を死なせるのかもしれない。
マーズは迷い、迷い、迷った。
帝国か、娘か。
皇帝としてか、父親としてか。
そして、マーズは娘を選んだ。
アスタグレンスの情報は徹底的に統制し、アスタグレンスの行動範囲も狭めた。
時には、ユリスが購入したオリンピア郊外の別荘地で暮らしたが、アスタグレンスの世界は帝都と別荘地、その二つだけだった。
しかしその甲斐有って、アスタグレンスのギフトが天災であるという事実は、現在まで隠匿され続けていた。
一部の人間を除いては。
◆◆◆
いくら情報が隠されていても、それは完璧なものではなかった。
早くも露見する日が訪れる。
クロノス暦4086年、アスタグレンスが七歳の時、その事件は起こった。
後に、「アスタリスク事件」と呼ばれるその事件は今は壊滅したカーリーによって引き起こされた。
皇族が狙われていた。その力をテロリストが利用するために。
標的になったのは護衛も給仕の数も多くないアスタグレンスだった。
信頼できる者のみを任命し、また人との交わりを極力避けるために、必然的に人員は削減されていた。
そこを、カーリーに付け込まれたのだ。
しかし、誘拐されたアスタグレンスはトイラプス帝国の玄羽=ヴァドリーの尽力により重傷は無く帰還した。身体面では。
彼女は、その一件で心に傷を負ってしまった。
信頼していた者達を眼の前で殺され、彼女は怒りに任せてテロリスト集団を惨殺した。
それから彼女は深い悲しみと、罪の意識に苛まれ続けることになる。
追い討ちをかけるかの様に、彼女はギフトの自覚を持ち始めてしまった。
隠していても、いずれ知られてしまう。
そう思った皇帝は防音性が高く、秘密主義の聖教会の本部で彼女に打ち明けた。
齢七の子どもにその真実はどれだけ残酷だったことだろう。
その日から、アスタグレンスは変わった。
傲慢では無くなり、責任感が強くなり、努力家となり、そして利他主義になった。
表面上は、良き変化だったのかもしれない。
しかし、皇帝とユリスは喜べなかった。
彼女の笑顔が無機質なものになってしまったから。
皇帝は、玄羽に希望を見た。
助けられた経験から、彼に恐らく初恋を抱いているのだろうアスタグレンスには、彼の言葉であれば心の奥底にまで届くのではないかと思ったから。
しかしながら、彼にも仕事があり、義務があり、そして家庭があった。
結婚の報がアスタグレンスの耳にも届いてから、彼女は玄羽さえも避ける様になった。
皇帝もユリスもどうすれば良いのか悩んだが、心を閉ざしてしまった彼女に、八方手詰まりだった。
◆◆◆
皇帝は中途半端だった。
激務に追われながら子ども達にまで気を配ったのは立派だが、そのどれもが中途半端だった。
彼の子どもは第三皇女であるアスタグレンスだけではない。
皇太子も、他の皇子・皇女も、大なり小なりの悩みを抱えていた。
その全員の悩みや葛藤に付き合うのは、皇帝の能力を超えていた。
それでも、彼は子どもと向き合った。
しかし、やはり中途半端だったのだ。
そう皇帝は思ってしまった。
アスタグレンスはそのまま大人になった。
孤独を嫌っているのに、独りを選び。
努力を怠らないが、努力する姿は苦しそうで。
責任感を強く持ちながら、今すぐにも逃げ出しそうで。
そして、罪悪感で涙を流していた。
◆◆◆
彼女に転機が訪れたのは、彼女が十七歳の時だった。
その年は、召喚者の人数が異常だった。
トイラプス帝国にも、フレア帝国にも、タートリア帝国にもそれぞれ百人以上地球から召喚された。
前例に無い事態に聖教会や帝国、エレメンターは動揺しながらも出来る限りエレメンターを動員し、召喚者の育成に臨んだ。
急な事だったために、トイラプス帝国では皇帝直属の部隊まで駆り出され、同様にフレア帝国も皇帝直属かつ護衛部隊である光剣部隊がその任に就いた。
既に光剣部隊に所属し、銑隊の分隊長であったアスタグレンスも例外なく役割を与えられていた。
そして、召喚者に付き添って入った魔獣の森で、彼女は出会った。
運命に。
自分の英雄に。
自分の超越者に。
しかし、彼との出会いで何かが劇的に変わった訳ではない。
過去と完全に折り合いがついた訳でもない。
だが、幾らかの救いは確かに有った。
今まで否定し続けた自分を、肯定できる様な気がした。いや、肯定するために戦い続けると覚悟を決められた。
そのための努力も苦ではなくなった。
己の運命と正面から向き合っていける気がした。
◆◆◆
カーリー崩壊から三年後。
アスタグレンス=リヴァインはティマイオス学園を首席で卒業し、皇族として国事に積極的に関わる様になっていた。
彼女の麗しい見目はあらゆる人を魅了し、今まで社交界や公に出なかったことである種の神秘性が追加され、民草やもちろん貴族の間で人気になっていた。
そういった人気も相まって、縁談話は枚挙に暇が無い彼女ではあったが、本気で彼女を狙う人間は意外と少ない。
なぜなら、貴族の間ではもう知られているからだ。彼女の心を占めている男が誰なのか。
「彼」はかの有名な玄羽=ヴァドリーの弟子で、しかもイオパニックやカーリー崩壊で多大な功績を挙げたとされている。
さらには、希少な仙術の使い手ということもあり、情報通の貴族では彼の名は知られる様になった。
無論、そうは言っても彼の実績と地位では皇族であるアスタグレンスには未だ釣り合いはしない。
そのため、縁談を諦め切れない貴族も多いのだが。
とは言っても、現代の魔境の結婚はほぼ恋愛によって成されることが多い。
もちろん、お見合いや政略結婚もあるのだが、割合は明らかに恋愛の比重が大きい。
そこには、玄羽の父である秀羽=ヴァドリーと江月スミレの恋愛劇が拍車をかけたのだが、当人達はそれを知る由もない。
結局、山滉穎が他の人間よりも一歩リードしていることは明白な事実であった。
そんな風に耳目を集めているアスタグレンスは、今日もフレア帝国からトイラプス帝国までリニアで移動していた。
一年間の定期券を購入し、少なくとも週に五回は滉穎の元へ通っていた。
名目は光剣部隊と特別諸般対策考案部隊のカーリー撲滅に関する情報共有であったが、もはや公私混同となっていた。
まあ、何だかんだ言ってもアスタグレンスと滉穎はメリハリが有る人間だ。
故に、問題にされることは無かった。
そして、公私混同してまでやったことと言えば、勉強したり、訓練したり、デートしたり、膝枕してあげたり、甘やかしたりなどであった。
はっきり言って、この三年間で進展している訳では無い。
それは、フレア帝国の皇帝に滉穎がまだ認められていない、というのもあったが、ひとえに滉穎の倫理観にあった。
成人までは自制する。
それが彼を縛り付ける鎖になっていた訳だ。
まあ、逆に言えば三年もの間、上記のことがずっと行われていた、ということでもあるが。
余談ではあるが、滉穎の仲間達はその光景を目にして殺意が湧いたという。
殺意と悪意に敏感な滉穎が思わず反応し、身構えてしまう程に。
ともあれ、彼らは大した障害も無く、今日までこの関係を続けて来た。
そんな訳で、今日も今日とてアスタグレンスは滉穎の部屋を訪れていた。
「・・・・・・ということは、グレンスも魔族の国に行くのか」
「ええ。私だけでなく、滉穎の友達の、石田魁やイヴァン=J=グランドウォーカーもですよ」
イヴァンの名を彼女が出すと、あからさまに滉穎は顰めっ面を浮かべる。
「相変わらず彼とは仲が悪いのですね。
それとも、喧嘩する程仲が良いということでしょうか?」
慣れた様子で、アスタグレンスは滉穎に問い掛ける。
「止めてくれ。あいつとだけは反りが合わないんだ」
しかし、彼は辟易した表情で否定する。
「そうですか。まあ、そういうことにしておきましょうか」
彼女は、分かっている、と言いたげな微笑みでさらっと受け流すと、話を元に戻した。
「既に玄羽から連絡はされていると思いますが、これがフレア帝国から選ばれたエレメンターのリストです」
そう言って、アスタグレンスは滉穎に一枚の紙を渡す。
「なるほど。
やっぱりこっちと同じく、成人前後の若いエレメンターが多いな。
しかも、召喚者の比率が高い」
ぱっと目を通した滉穎はトイラプス帝国から選出された人員との共通点を探し出す。
「確かそちらからは、滉穎の他にも木村捷、小栗臥竜、稲垣翔祐、松尾冬輝、林佑聖などの方々が選ばれているのでしたね」
「ああ。何でこんな風な選出なんだろうな?」
滉穎は首を傾げ、頭を回転させて今回の魔族の国訪問の目的を考えた。
だが・・・・・・
「あれ?
聴いていないのですか?
今回は交換留学という名目で、三帝国のエレメンターが選ばれているんですよ」
「えっ?!」
思わぬ所から答えが分かり、滉穎は一瞬困惑する。
てっきり、アスタグレンスも彼と同様に目的は聞かされていないと思っていたのだ。
滉穎は玄羽から渡された資料を読み漁ったが、事前に知っておくべき情報が載っているだけで、目的を示唆するものは無かった。
故に、まだ秘密にすべきことなのかと思い、同じく行くことが決まっている者以外には今回の一件は他言しなかった。
「ああ!
そうか! そりゃそうだ!
改めて見てみれば選出されたエレメンターはほぼ帝国の省庁配下。ということは次代の帝国を担う者達。
魔族の国を視察するだけじゃなく、次代の魔族とも交流をさせようと思うのは不思議なことじゃない。
なんで、見落としていたんだろ・・・・・・」
普通に考えれば容易に推測できることを思い浮かべられなかったことで、滉穎は少し気落ちしてしまった。
「たまに滉穎って抜けていますね」
と、そこにアスタグレンスが追い討ちを掛けた。
「否定できないのが辛いな。
でも、グレンスだって甘い所があるぞ」
「それはっ・・・・・・まあ。
でも、そういうことなら、もう滉穎を甘やかすことは止めますよ」
さも傷付いたという様な雰囲気を醸し出し、彼女は滉穎を絶対に従わせられるカードを切った。
「ごめん。
謝るから止めないで。
僕の生きがいの一つなんだ」
目論見通り、滉穎は華麗な手の平返しを決めた。
しかし、思ったよりも必死でアスタグレンスは失笑してしまう。
「ふふっ、冗談ですよ。
・・・・・・それに、困るのは私ですし」
最後の方は尻すぼみで聞こえなかったが、とりあえず守るべきものを守れたことに滉穎は安堵した。
そうして、二人は談笑しながら部屋で過ごした。
しかしながら、滉穎には納得できなかったことがあった。
本当に、名目は交換留学だけなのだろうか。
何か、別の思惑がある様に思えてならなかった。
メンバーのリストを見る度、彼の中の違和感が鐘を鳴らすも、答えには辿り着けない。
微かな違和感は不安を呼び、不安は不吉な予感をもたらす。
あるいは、不吉な予感がするから得体の知れない不安が生まれ、目的に違和感を覚えたのかもしれない。
いずれにせよ、彼の違和感も予感も最悪の形で当たることになる。
アスタグレンス=リヴァインについての設定です。
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