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キューピッドによるラブコメ談義

作者: スケさん

元ネタはスナックバス江の128話

 ここは天界、人類を見守る者たちが集まる場所。

 その一角の会議室で今、一つの会議が行われていた。


「やっぱり最近のトレンドは1on1のラブコメよねぇ~」

「わかる。必ずくっつくっていうあの安心感、あれがいいんだよなぁ」


 長机にぐったりダラけながら話すのは男女二人の天使。長い髪に釣り目の女性の方はH-344、短く刈り上げた頭の男はH-510という。彼ら天使には名前がなく、代わりに識別番号が与えられているが、いちいち数字で読むのも長いので一部の天使は愛称で呼び合っている。二人も付き合いが長いため、「344(ミヨシ)」「510(ゴトー)」とお互いを呼びあっていた。彼らが所属する部署の主な仕事は「人類の恋愛支援」である。


 そんな二人は今、とある案件が行き詰っており現実逃避している。雑談のテーマは「人類で流行っているラブコメ」。仕事の関係上人類の世俗について調べる必要のある彼らにとって、恋愛ものの作品は一つの指標となる。そうして読みふける内にいつしかズブズブにハマっていた。


「二人の距離が少しずつ近づいていくじれじれ感、あれがいいのよね~」

「お互い意識しあっているくせに今の関係を壊したくなくて一歩踏み込めない。だけどもう少しだけ触れ合いたい。そういうのでいいんですよ」

「私、「尊い」って意味が最近わかってきたわ」

「両片思いって概念作った奴天才だと思う」


 二人が最近ハマっているのが特定の男女の間に発生する恋愛を取り扱った作品、通称「1on1型ラブコメ」。このタイプの作品は優しい世界観が多く、主軸になる二人の恋愛もほとんどの確率で上手くいく。多少トラブルがあったとしてもあくまで物語のスパイスでしかなく、必ずくっつくという安心感があるのが特徴だ。

 そういった「1on1型ラブコメ」の良さを語り合っていた二人だが、いつしかそれは他の作品のダメ出しに変わっていく。

 その矛先がむいたのは……


「だいたいあれよ、ハーレムラブコメなんて時代遅れの産物なのよ。人間は男一人に女一人で番になっとけばいいのよ」

「繁殖方法を考えてみれば非効率すぎって話だよな」


「ハーレムラブコメ」

「1on1型ラブコメ」の対極にあたるタイプで、一人の相手を複数人が奪い合う恋愛模様を描いた物語である。このタイプの作品は明確な勝ち負けが出来てしまうこともあり、読者の間で対立が起きやすい。344も510も基本的には恋愛を取り扱った作品全般が好きであるが、仕事のストレスや一つのことに熱中するあまり、いつしか対極ジャンルの作品を悪く言うような方向に向いてしまったのだ。


 しかしそれを聞き咎める者がいた。


「ほう、聞き捨てならないね」

「な、その声は!?」


 背後から聞き覚えのある声に振り向く二人。

 そこにいたのは、会議室の扉にもたれかかるようにして立つ眼鏡にオールバックをした初老の男性。


「「班長!?」」


 二人の上司にあたるH-171、通称「171(ワンナイ)」室長である。


「人間界の視察に行ってたんじゃないんですか!?」

「早めに終わったのさ。君達のヘルプに来たんだが、迷惑だったかい?」

「いえいえそんな!マジ助かりますよ!」


 思わぬ助っ人に喜ぶ二人。それもそのはず、171は数多くの人間を結び付けてきたベテランの天使である。中には、人類の歴史を変えるきっかけになった婚姻にも携わった経験もしている男だ、二人にとってもっとも頼れる存在であることには間違いない。

 しかし、今だけはタイミングが悪かった。


「で、ハーレムラブコメの何が時代遅れだと?」

「えー、あー、そのぉ……。ちょっとした言葉の綾でありまして……」


 171の好きなジャンルがハーレムラブコメなのだ。さっきまでの会話は171にケンカを売っているに等しい。

 しかし、萎縮する二人に対して171はため息をついただけだった。


「まあ、好みのジャンルは人それぞれだし、あの手の作品はいろいろな意味で荒れやすいことは認めようか。しかし、好きなものを持ち上げるために何かを貶すのは良くないなぁ」

「「すいません……」」


 説教にただただ頭を下げるしかない二人。とはいえ171も、あまりしつこく追及する気はなかった。


「で、今手掛けているのはどんな案件だい?」

「実はですね……」


 344が資料を手渡すと171はざっくり目を通す。そして部下のストレスの原因がなんだったのか理解した。


「読んでもらえればわかると思いますが、今回は一人の男子と三人の女子にまつわる案件になっています」

「日本の高等学校が舞台か……。まさしくラブコメの導入だね」

「観測班によりますと、今後男の子に恋する女の子が10人ほどに増えるようでして……」

「……ん?耳が遠くなったかな。もう一回言ってくれない?」

「ヒロインが10人に増えます」

「それ本当に現代日本かい?」


 ちょっと盛りすぎなラブコメが現実に起きようとしている事実に、171も思わずつっこんだ。




 まず大前提として、天界は人類に直接的な介入はしない。

 天使らは人類発展に協力的だが、応援や遠回りな誘導をすることはあっても助言や手助けは行わない。そういった行為はかえって人類の進歩を阻害してしまう要因になりかねない。

 天界はあくまで人類の自由意志を重要視する。その結果人類が滅ぶとしても、それは彼らが選んだ道なので仕方ない。そういう方針なのだ。


 もちろんこの原則は当然恋愛にも適応される。171たちの仕事が「人類の恋愛()()」であるように、赤い糸やらキューピッドも矢やらで直接誰かを恋に落とすなんてことはしない。

 彼らの主な仕事は「恋心を自覚させること」。対象とその相手を検分し、相性が良いと判断したらくっつきやすくするのが主な仕事だ。天使によっては対象に感情移入しすぎて「何としてもオトせぇぇぇ!」だの「そいつはダメぇぇぇ!」だの、個人に感情移入しすぎて叫んでいる天使も多い職場である。例にもれず344も510もその類の天使だ。ある意味、人間が恋愛小説やドラマを見ている感覚に近いのかもしれない。

 しかし今回344と510に与えられた仕事は、あまりにも例外的すぎた。


「確かに厄介な案件だ。というか前例はあるのかい?」

「最初に見たときは目を疑って、上に問い合わせたり過去の資料なんかを見たんすけど、一番近い事例でも年代が近代なんで……」

「うん、参考にならないわけだ」


 まさか21世紀にハーレムが起きるなんて誰が想像しうるだろうか。下手すれば女性蔑視と文句を言われかねない。

 とはいえ今回の事例はあくまで「一人の少年を複数の女の子が同時期に好きになっちゃった」というものだ。けっして重婚を成立させろ、というような無理難題ではない。


「まあ、仕事なんだからしょうがない。一つずつ丁寧にやっていこう!」


 明るく振る舞う171。しかし部下の二人の表情は暗かった。


「どうしたんだい、まだ何か不安なことがあるのかい?」

「いや、そういうわけじゃないっすけど……」

「さっきからほんとにどうしたんだ。いまいちしゃっきりしないね」


 いつもは快活な510が言葉を濁す姿に171は疑問を抱く。問い詰めてみると、510は逡巡すると観念して口を開いた。


「……んですよ」

「ん?もう一度言ってくれるかな?」

「推しが負けるのは、もう見たくないんですよ!」


 510の悲愴な叫びに171の動きが止まった。

 510が嗚咽を漏らしている代わりに、344は目尻に溜まった涙を静かに拭って続ける。


「班長、今度映画化されるラブコメ漫画を覚えていますか?」

「あ、ああ。5人のヒロインのやつだったかな?アニメでもやっていた。リアタイで見ていたとも」

「じゃあ、室長の推しはどうなりましたか?」


 その言葉に、今度は171の表情が曇った。


「……負けたよ。ずっと友達ENDを迎えてね」

「班長の推しはあの子でしたか……。私と510の推しもダメでした。私の推しなんて、瞬間風速なら作中一だったのに!」

「あ、ゴメン。それはちょっと認められない」

「あぁん?510(ゴトー)テメェ文句あんのかコラ」


 悔しそうに語る344に突然復活した510が突っかかった。この二人は自分の推しの話になると熱くなりやすい。メンチを切りあう二人の間に割って入り、171は話の続きを促す。


「それで、結局何が言いたいんだい?」

「あ、そうだった……。今回の案件なんて実質ラブコメ作品のそれじゃないっすか。前例が頼りにならない以上、いっそのこと似たシチュエーションの作品を参考にしようと思ったんすよ」

「随分思い切ったなぁ。それで、参考にはなったのかい?」

「最初のうちは読みながらアイディアとか出し合っていたんです、仕事に使えるような。でもね班長、私たち気づいてしまったんです」


 344と510は顔を伏せて呟いた。


「「私たち(オレたち)、推しが勝ったこと一度も無いなって」」


 哀愁漂うその声に、171は地雷を踏んだことに気づき思わず天を仰いだ。


「一度も推しが勝つ姿を見たことが無いのに、ラブコメのあれこれを語るとかおこがましいなって……」

「そう考えたら、オレたちは疫病神なんじゃないかって。応援することが間違ってんじゃないかって……!」

「泣くな二人とも!君たちだって今までの仕事では何人もハッピーエンドに導いてきただろうっ!」

「それはちゃんと相手が決まってたからっすよ!でも今回は違う!誇張抜きでハーレムラブコメなんすよ!?今まで負け続けたオレが応援することそのものが敗北フラグと言ってもいい!」

「これはラブコメ漫画じゃないぞ510(ゴトー)君!」


 悲痛な顔で絶叫する510。錯乱状態の彼は自分が奇天烈な発言をしていることに気づいていない。本来なら創作と現実をごっちゃにするなと言うべきだが、本当に漫画みたいなことが起きている以上頭ごなしに否定はできないのかもしれない、などと考えている時点で171もなかなかのラブコメ脳である。


「じゃあ班長!班長は仕事中に特定個人応援することはないんですか!?」

「まあ、それくらいはボクでもあるけど……」

「それって推しを作るってことですよね!?もしそれで自分の推しが負けたらどうするんすか!?ただでさえ最近でも負けたばっかだっていうのに、これ以上はオレの心はもたないっすよ!?」

「もうハーレムラブコメなんて見たくない!負けヒロインなんて見たくないの!!」

「それでさっきのハーレムラブコメへの非難に繋がるのか……」


 171は神妙な顔で頷いた。

 傍から馬鹿らしく見えるかもしれないが、本人たちは至って真面目である。二人の気持ちはかつて171も通った道だ。昔は171も、作品の推しが恋愛で負けるとしばらく荒れていたことがある。


「でもね、でもですよ」


 しかし、悲嘆に暮れていた二人は突如目を爛々と輝かせる。その表情はいささか狂気的だ。


「推しが負けて傷心中の時にたまたま読んだのがライバルのいない1on1ラブコメだったんですけど、これがもうっ!本っ当にもうっ!」


 読んだ時の感動を語ろうとした344、どうしようもないほどに語彙力が死んでいた。


「甘酸っぱくて!じれったくて!」

「うんうんそうだね。ああいうのもいいよね」

「私の中の気ぶり爺が抱けーっ!って叫んでいるんだ!」

「土蔵の爺様にはひっこんでてもらえるかな」


 ハイになっている部下二人の頭を、171は軽くひっぱたいて現実に引き戻す。とはいえ171も1on1ラブコメは好きなほうだ。特に二人の関係の変化が丁寧に描かれているところがいい。後でオススメの作品を教えてもらおうと思った。


 だが今は仕事に集中してもらわなければ困るし、なによりこれがきっかけでハーレムラブコメから離れて行ってしまうのは悲しい。ここは先達として人肌脱ぐべきだ。


「ねえ君達、ラブコメのヒロインってどういうものだと思う?」


 だから171は、違った視点からのラブコメの魅力を語ることにした。








「どういうものって言われても……。抽象的すぎてちょっと……」

「これはあくまでボクの考えなんだが、ラブコメいうのはね、いわばご飯なんだ」

「はい?」


 突然素っ頓狂なことを言い出した171に344と510は目を丸くする。


「確かにどっちも毎日摂取しないと死ぬのは間違いないっすけど、いったいどういうことですか?」

「そうだね……。これは少年漫画でも少女漫画でも同じことなんだけど、ラブコメは基本的に主人公とその相手役で出来ているでしょ?」

「まあ、そういうものでしょう」

「そういう作品は大抵主人公視点だから、必然的に相手役をクローズアップするよね。つまり、物語にとって重要なのは主人公でも、読者にとって一番印象に残るのは相手役なんだ。これってご飯に似てないかな?」

「と、言いますと?」


 何を言いたいのかピンときていない二人に、171は続ける。


「主食と主菜の関係だよ」

「「……?」」

「食べる人にとって一番エネルギーになるのはごはんでも、食事の中心になるのはおかずだよねってことさ」


 いかにも上手いこと言ってやった、というドヤ顔をする171。344と510は「おぉ~」と感心の声を上げるが、それは例えとして適切なのか内心疑問に思う。そんな部下の複雑な心境に気づかず171は自論を続けた。


「ボクに言わせると1on1のラブコメは定食なんだ。中心は主人公とヒロイン、つまりごはんとおかずだね。二人を取り巻く人間模様はお味噌汁やお新香なのさ」

「えーと、サブキャラは主人公たちの恋愛を引き立てたり、物語の箸休めでなくてはならないってことっすか?」

「お、わかってるねぇ510(ゴトー)君!」


 例えが上手く伝わっていることがわかり喜ぶ171。そんな171に気づかれないように344と510は「なんであれでわかんの?」「正直偶然」と小声で言い合っていた。


「だけど1on1ラブコメって作品としての寿命は短いと思うなぁ。安定感を売りにしているけど、長く続けばマンネリ化が顕著に表れやすいと思うんだよねぇ。ほら、同じ定食を毎日食べ続けててもいつかは飽きるでしょ?」

「あぁー、それはそうかもしれないっすね」

「そういうときはだいたいサブキャラの恋愛パートが始まるんですよね!私あれ好き」

「えー、オレは正直イマイチ。主人公二人の話が見たいんであって他の奴に焦点変えられんのはなんか違う。嫌いじゃないけど」

「そこは人によりけりだね。たまにサブキャラの方が主人公を食べちゃう展開もあって話がぼやけることもあるしね」


 最初は上司に絡まれたくらいに思っていた344と510だが、やはり同じものが好きだからだろうか。気づけば話盛り上がりをみせており、二人のテンションもいつもの調子に戻っていた。


「さて、ではハーレムラブコメの違いについても語ろうか」


 話が少し脱線していたので、171は気を取り直して自論を再開する。


「1on1ラブコメは主人公とヒロインの関係性が売りだが、ハーレムラブコメはそれ以上に重要なものがある。なにかわかるかい?」

「そんなもの決まっています。ずばり、ヒロインのキャラですね!」

「BINGO!ヒロインが沢山出てくるラブコメだよ?インパクトのあるキャラクターでないと記憶に残らないのさ。だからハーレムラブコメの作者はヒロインに力を入れる。自分が可愛いと思えるような、性癖をマシマシに盛った女の子を!」

「あ、そうかもしんない……」


 510は自分が読んできた作品たちを思い出す。ヒロインとして登場した彼女たちは、デザインや性格などが強烈なものが多かった。


「可愛い女の子たちが売りのラブコメなんだ。読者に「こんな子とイチャつきたい」とか、「主人公羨ましい」とか思わせないといけないんだ!」

「主人公との相性だけじゃない、読者の目も気にしないといけない。だって、最後に主人公が一人を選ぶとき、どうして彼女を選んだのかを読者にも納得してもらわなければいけないから……!」

「ハーレムラブコメは説得力がものをいう、いわば読者との一体型のジャンル!」

「だからボクは常々言っているだろう?ハーレムラブコメは連載を追っかけるのが一番楽しいと!」


 三人は頷きあう、自分たちはひとつの真理にたどり着いたと。そんな盛り上がっている三人を、偶然会議室の側を通った天使は窓越しに見てしまいドン引きした。

 しかし、三人はそれに気づかずに喋り続ける。


「物語にとっても読者にとってもメインはヒロイン、読者には複数いるヒロインの内一人でもこの子いいなって思わせたら勝ちだ」

「確かに、雑誌で推しがメインの回だったら必ず読むかも」

「つまり、ヒロイン一人一人が読者にとって独立した存在と言えないかね」


 作品を読むうちに自分にとってのお気に入り(推し)を探し、読む理由にする。この楽しみ方が顕著に表れているのがハーレムラブコメだと171は言う。


「ハーレムラブコメのヒロインは、ラーメンみたいなものだと思うね」

「ラーメンっすか?」

「同じ料理(ヒロイン)でありながら、スープも麺も具材も違う。私たち(読者)は自分の好みの味(推し)を求めて店に通う(作品を読む)。これをラーメンと言わずしてなんと言う!?」

「自身満々に言ってるけどほんとに合ってんのかそれ」


 510の声は興奮している171には届かなった。


「でも結構似てるかもよ?スープや麺がヒロインの属性に置き換えられるし、どっちも語りだすとうるさい人やケンカする奴多いじゃん」

「とりあえず344は各方面の方々に謝れ」


 失礼すぎる344に510はツッコミをいれるが効いてない。


「まぁ、最終的には主人公が一人を選ぶと他の全員が負けヒロインになるんだけどね」

「「グハァッ!!」」


 しかし、ボソッと呟いた171の残酷な一言には敵わなかった。

 その言葉は344と510の胸を貫き、致命的なダメージを負った二人は膝から崩れ落ちる。ついでに言った本人の171も苦しそうな顔をする。

 さっきまでの楽し気な雰囲気から一転、お通夜のような空気が三人の間を流れた。


「……やめてくださいよ、唐突に現実を突きつけるようなことは」

「だがこれが世の常だ。舞台が現代日本である以上、主人公は誰か一人を選ばなければならない。これが自分の推しが負けるだけだったらまだいい。でも最悪の場合……」


 その言葉の続きを171は言うことが出来なかった。顔を覆って悲嘆に暮れるしかない。

 すべてのヒロインが幸せになることはない。誰かが勝てば必ず負けるヒロインが出てくる、その事実だけは覆しようがない。そして三人はその現実に打ちのめされてきた側だった。

 だが、それ以上の死体蹴りがこの世には存在する。


「物語が終わりがあるとしても登場人物たちの人生は続いていく。失恋しても次の恋がある。そんなことわかっているんですよ。でもね、ぽっと出の男とくっついてるヒロインを見たいわけじゃねえんだなぁ……!」

「オレたちが魅了されていたのは主人公に恋する彼女たちなんだよ……!」


 負けが決まったヒロインが作中で適当な男と雑にくっついてる。この展開はラブコメにおいて意外と多い。推したヒロインの幸せを願う層からは喜ばれるが、そういった結末を受け入れられない層も一定以上いる。


 自分の推しカプが否定された読者はたいていが諦めることで心にケリをつける。では諦めきれなかった者たちはどうなるのだろうか。最近では公式からのIFルートの供給という例もあるが、そうでなければ二次創作に向かうしかない。推しの勝利した幻想を求めてさまよい歩く彼らの姿は涙を誘うものがある。


「ボクね、どうして異世界ものの作品にハーレム展開が多いのか分かった気がするよ。異世界なら重婚できる世界観が作れるんだ。ヒロインが失恋で泣くことも、推しが負けることもないんだ」

「でもそれは最終手段だから許されるんですよ!最初からハーレム前提の恋愛なんて応援しがいがない!!」

「うんうん、そうだね……!」


 頷き分かち合う171と344。「ヒロインさえ報われたらハーレムでも別にいいじゃん」派の510は、ヒロインレースという業にどっぷり浸かった二人に釈然としない目を向けていた。






 こうしてラブコメにおけるヒロインの重要性を再確認した三人。途中、完全に本来の目的から外れた話をしていたが、それぞれ味わってきた敗北やかつて好きだった作品のヒロイン、好きになるキャラの属性、果ては新たに開拓された性癖についてまで一通り語り合うと、さすがに満足したのか仕事の話に戻っていった。この天使たち、ただラブコメが好きなだけである。


「とはいえ班長、やっぱり現代社会でハーレムラブコメをやるのはキツすぎますよ。男の子のほうがもちませんって」

「そうは言ってもねぇ……。観測班が起こるって言ったなら間違いなく起きるからなぁ」


 さんざんラブコメを語っていてなんだが、あれらはあくまで二次元の世界だから成り立っていたことという前提を忘れてはならない。作品内では描写されないだけで恋愛以外にも生活はある。ましてや人間関係の中心にいる主人公の負担など計り知れない。

 171も交じって三人で仕事への愚痴を漏らしていると、171はある重要なことに気づく。


「そういえば主人公……じゃなくて、10人の女の子に囲まれる男の子はどんな子なの?」

「あ、そういえば話してませんでしたね」


 344は資料を手に取ると、改めて対象の紹介をした。


高崎 優希(たかさき ゆうき)君、現在14歳中学生2年生。顔立ちは普通。誕生日は5月6日、家族は血のつながった両親に義理の妹を含めた四人家族。あ、この妹は後々ヒロイン入りします」

「義理の兄弟の設定ってよく見かけるけど、リアルだと複雑すぎて茶化せないっすよね」

510(ゴトー)は黙ってろ。ウ、ウン。趣味、特技は特になし。バスケ部ですがいまだ補欠。仲のいい友人は三人ほど。性格は人当たりは良いですが正義感が強さからときに頑固になる模様。正直、よくある普通の少年ですね」

「いろいろ言いたいことがあるけど……。とりあえず、まだ2年ほど猶予があるんだね」


 資料の高崎何某君の写真を見ながら、171は近いうちに彼に訪れるであろう未来に思いを馳せた。今のところは常識の範疇にいる高崎君だが、このままの彼では女の子を惚れさせることが出来るとは思えない。

 はっきり言って光るものがないのだ。


344(ミヨシ)君、510(ゴトー)君。二人は写真の彼が主人公のラブコメを見たいと思うかね?」

「そうですね……。よっぽどのことが無い限り三週で切ります」

「漫画雑誌じゃねえんだから……。あ、でも自分も344と同じ意見っすね」

「ふむ、それはどうしてかな?」


 その質問に思わず息詰まる二人。けっして答えられないわけではない。ただ、言語化することが憚られるだけだ。


「あ~、ちょっと答えづらかったね。たぶんだけど、二人が言いたいのは「ヒロインが主人公に惚れる説得力が薄い」ってことじゃないかな?」


 ()()()()()()()()()という言葉を精一杯オブラートに包んだ表現に、二人は頷いた。

 ハーレムラブコメには説得力が必要だ。それはなにも主人公がヒロインから一人を選ぶことだけを指すわけじゃない。ヒロインが主人公に恋をする理由にも適応される。もしもしょうもない男に女の子が群がっていたらどう思うか?読者からは「見る目のないバカな女たちだ」と蔑まれてしまう。これではヒロインの魅力も半減だ。


「いくらヒロインを売りにしてても、やっぱり主人公にも好感をもてないとダメだよね。自分の推しを託せるくらいカッコよくないと」


 171の言葉に344と510は猛烈に頷く。仮にも主人公である以上、目を引き付ける強烈な個性が欲しいところだ。


「班長、方針が見えてきましたね」

「うん、取っ掛かりとしてはいいんじゃないかな」

「なるほど~。オレたちで高崎少年を誰もが納得するハーレム主人公に育て上げるってことっすね?」

「そういう方向に誘導するだけさ」


 にたり、という擬音が似合いそうな笑みを浮かべ合い、頷きあう三人。前例のない案件であることを盾にして、彼らは自分たち好みの主人公を作るという、思いついても誰もやってこなかった禁断の手法に手をかける。


「さあ、ボクたちで最高のハーレム主人公を育てるぞ~!」

「「シャアアアアア!!!」」



 一人の少年の未来は、ラブコメ脳の天使たちの手に委ねられた。

 どうなる、高崎少年!?

高崎少年について書くことはない。



人物紹介


H-171

最近は逆ハーレムものを好んで読む


H-344

日常百合が主食の女

最近はオメガバースに手を出している


H-510

バトルものの作品の恋愛シーンが好き

だがハマるのがことごとくマイナーカプ


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