第八章 欠陥姫の嫁入り(7)
その後、ジークフリートからのキスが房事ではなかったと知ったミリアリアが、「房事とはいったい?」と悩むこととなるが、その場にいる誰も意味を教えてくれることはなかった。
ミリアリアが、房事の意味とハンドサインの意味が同じと知ることとなるが、それはまた別の話。
ミリアリアの考えを聞いたセドルは、冷静な口調で話を簡潔にまとめたのだった。
「成程……。つまり、愛の力ということですね」
その言葉に、ぱちくりと瞬きをしたミリアリアは、恥ずかしそうに頷いて見せたのだ。
ミリアリアは気付いていなかったが、ロッサで心を失っただけで済んだのには理由があったのだ。
一年前、テンペランス帝国に季節外れの雪が降った日の、とある出来事が関係していたのだ。
あの日、ミリアリアはジークフリートの頬にお礼のキスをしたつもりが、ほんの僅かに目標がずれてしまったため、頬ではなくジークフリートの唇の端に唇が触れてしまったことがミリアリアの命を救ったのだった。
唇同士の接触は僅かなものだったが、ジークフリートのミリアリアを想う愛に溢れた心が、ミリアリアの中の呪毒を緩和していたのだ。
もしそれが無かったら、不完全な呪毒だと言えど、致命傷になっていたことだろう。
まさに、ジークフリートのミリアリアを想う愛が奇跡を起こしたと言えたのだ。
一応の結論を出した時には既に、陽も暮れようとしていた。
シューニャは、ミリアリアを気遣って今日はここまでだと手を叩いたのだ。
「ほいよ。それじゃ、今日はここまでだな。お姫様も疲れただろう? そろそろ食事の時間だ。用意するから、ちょっと待っててな? おっと、皇帝さんもここで食事するだろ?」
「ああ、用意しろ」
「はいよ」
そう言って、シューニャは、部屋を出て行ったが、それを見送るミリアリアの様子がおかしいことにジークフリートは気が付いたのだ。
小さく震えるミリアリアの肩を抱いて、ミリアリアを気遣うように声を掛けたのだ。
「ミリアリア? どうしたんだ?」
ジークフリートの声を聴いたミリアリアは、瞳に涙を浮かべて言ったのだ。
「さっき、シューニャが……。皇帝陛下がここで食事をされるって……。わ、わたし……」
そう言ってガタガタと震えだしてしまったのだ。そして、ジークフリートの服をぎゅっと握った後に、涙の膜が張った瞳で言ったのだ。
「わたし、リートさまが好きです。リートさまだけが好きなんです。こんな我儘を言ってごめんなさい。でも、わたし、リートさまと離れたくないです。ずっとお傍に居たいです。片時も離れたくないです。リートさまを愛しています」
そう言って、美しい涙を零していたのだ。
それを見たジークフリートは、ミリアリアを膝の上に跨がせるように乗せた後に、その泣き顔をそっと両手で包み込んでから、キスで涙を拭ったのだ。
「俺もミリアリアを愛している。俺の方こそ片時も離れたくない。ミリアリアが許してくれるのなら、仕事中だって俺の腕の中にいて欲しいくらいだ」
そう言って、キスの雨を降らせたのだ。
最初は目尻に。そして、瞼、額、蟀谷、頬。
ジークフリートの唇は、ゆっくりとミリアリアの顔を移動して、最後にはその小さく柔らかい唇にたどり着いていた。
最初は触れるだけの優しいキスを繰り返す。
ミリアリアの緊張が少し解けたところで、その小さな下唇を自身の唇で食んで見せたのだ。
それに驚いたミリアリアが唇を小さく震わせていると、それをなだめるようにジークフリートは、下唇をゆっくりと味わうように舐めたのだ。
まさかそんなことをされるとは思っていなかったミリアリアは、どうしていいのか分からずに、縋るようにジークフリートの上着を握りしめていた。
それに気が付いたジークフリートは、少し残念そうな表情をしながら、チュッと音を立ててから唇を離していた。
そして、自分の服をきつく握るミリアリアの小さな手を包み込むように握った後に、ミリアリアの手の甲に口付けを落としていた。
「驚かせてごめんな? ゆっくり進めていこうな?」
何をゆっくり進めていくのかを理解していないミリアリアだったが、艶やかに色づく紫の瞳に抗うことも出来ず、ゆっくりと頷いていた。
「は…い」
「うん。ありがとう。それで、ミリアリアは、何を怖がっているのか教えてくれるか?」




