第二章 欠陥姫と騎士(1)
ミリアリアとセイラが移り住んだのは、離宮の奥まった場所にある小さな小屋だった。移り住んですぐにミリアリアは、小屋の間取りを把握したのだ。そして、小屋の中であればセイラの手を借りすことなく自由に動けるようになっていった。
ただ、目は見えていないため家事を手伝ったりすることは出来なかった。離宮にいるときは何をするにもセイラの手を借りる必要があったが、それを不要とすることで、少しでもセイラの負担を少なくすることが出来たとミリアリアは内心ほっとしていた。
しかし、食事や掃除などの全ての仕事をセイラにしてもらい、自分は何もせずに過ごすことが心苦しかったミリアリアは、セイラに何かして欲しいことはないかと聞いていた。
ミリアリアにそう問いかけられたセイラは、困ったように眉を寄せた後に、素直な気持ちを口に出していた。
「うーん。私は、姫様に好きなように暮らしていただくのが一番なのですが……」
そう言って、何もしなくていいといったセイラだったが、自分のことを思ってミリアリアがそう言ってくれることを嬉しかったのと、何もしなくてもいいと言った時にミリアリアが、肩を落としてしょんぼりとしたのを見たセイラは、思い出したとばかりに慌てて望みを口にしていた。
「そうですね。あっ、そうだ。もしよろしければ、姫様に前のように琴を奏でてもらえたら嬉しいです」
その言葉を聞いたミリアリアは、瞳を輝かせてから、琴を持ってきていないことを思い出して再びしょんぼりと肩を落とした。
それを見たセイラは慌てて付け加えたのだ。
「今度、食材を王宮から調達するときに琴も調達してきますね。ですから、その時には姫様の音を聞かせてくださいね」
その言葉を聞いたミリアリアは、にこにこと微笑みを浮かべて何度も頷いたのだった。
それから数日後、セイラは小さな琴を手に入れてきた。
小屋の外にある木の根元に座ったミリアリアは、琴を爪弾いた。
軽く、それでいて透き通るような旋律は聞く者の心を癒すような音色だった。
その日から、ミリアリアの奏でる優しい音色を聞きながら家事をするのがセイラの日課になったのだった。
それから、帝国にやってきて一月が経過していた。
相変わらず、ミリアリアとセイラは、離宮の片隅にある小屋でひっそりと暮らしていた。
しかし、小屋での生活に慣れてきたこともあり、セイラは家事やミリアリアの世話が終わると王宮に情報収集に行くことが増えてきていた。
ミリアリアとしては、セイラに危険なことはしてほしくはなかったが、ここに人質として留まっている以上情報収集は必要なことだったのだ。せめて目が見えていれば自分で情報収集に出向いたのだが、それが出来ない以上セイラに頼るほかなかったのだ。
セイラが頑張って情報収集をしてくれるものの、これといった情報を得ることもなく日々は過ぎていった。
そんなある日のことだった。
ミリアリアが、いつものように木の根元に座って琴を爪弾いていた時だった。
暖かな日差しの中、気ままに琴を爪弾いていると一つの足音が聞こえてきたのだ。
セイラとは違う、重い足音だった。
不思議に思い琴を弾くのを止めて音に集中する。
琴を弾くのを止めた途端、謎の足音も止んでいた。
不思議に思いつつも気のせいかと琴を弾くと、また足音が聞こえてきたのだ。
ミリアリアがどうしようかと思い悩んでいると、思いのほか近くから低い声が聞こえてきたのだ。
「誰だお前?」
その声にドキリとしたミリアリアは、琴を落としてしまっていた。
震える指先で胸を押さえて息を整える。指先に感じる心臓の鼓動はかつてないほど早く音を立てていた。
声の主は、何の反応も返さないミリアリアを見て鼻を鳴らした後に、もう一度言ったのだ。
「お前は誰だ?」
さっきよりもイラつくような声音に肩をびくりと震わせて、声の聞こえた方に思わずと言ったように顔を向けたミリアリアだった。
しかし、ミリアリアが顔を上げると、息を呑むような音が聞こえた後、明らかに動揺したような男の声が聞こえてきたのだ。
「はっ!! えっ? お前、かわ……じゃなくて、おま……ゴホン。えーと、君はここで何していたんだ?」
男の質問を聞いたミリアリアは、勝手にここで暮らしていることを咎められるのではないのかと思い至り動揺していたため、男の質問する声が上ずっていたことに気が付いていなかった。
(どうしよう……。今は、セイラもいなし……。どうしようどうしよう……。うううぅ、セイラ、早く帰ってきて)