第一章 花嫁候補(2)
それから数日後のことだった。十歳の誕生日を迎えたミリアリアは、生まれて初めてセイラ以外から誕生日を祝われることとなった。
誕生日の日の昼過ぎのことだった。その日、父親から誕生日を祝うケーキがミリアリアに届けられたのだ。
今まで食べていた質素な食事と違って、砂糖がたっぷりと使われた真っ白なケーキと、その上に乗った真っ赤に熟れた苺にミリアリアは、瞳を輝かせていた。
「セイラ! こんなの初めて!! これがケーキなのね。すごーい、苺が乗ってる。うわー、甘いいい匂いがする。ねぇ、これ、わたしが食べていいの? いいの?」
嬉しそうにはしゃぐミリアリアを見たセイラは、少しだけ眉を辛そうに歪めた。ただ、それは一瞬のことで、そんなセイラにミリアリアは、気が付くことはなかった。
「ええ。勿論です。さぁ、姫様お食べください」
「やったぁ。ねぇ、セイラも一緒に食べよう」
ミリアリアがそう言うと、セイラは緩く首を振り遠慮するように言ったのだ。
「いいえ、これは陛下から、姫様への贈り物です。私が頂くわけにはいきません。さぁ、遠慮せずに、お食べください」
「うぅ、でも……」
「くすくす。姫様のお優しいお気持ちだけいただきますね」
「うん。それじゃ、別のケーキをもらった時は、一緒に食べよう」
「はい。そうさせてもらいますね」
セイラによって綺麗に切り分けられたケーキを目にしたミリアリアは、嬉しそうに誕生日ケーキを頬張った。
大きめにフォークで掬ったケーキを口を大きくあけて口にいれる。口にいれた瞬間に広がるクリームの甘さと、苺の甘酸っぱさ、スポンジケーキの甘く柔らかい触感に、ミリアリアは、瞳を輝かせたのだ。
「あまーい。おいしー。あまーい。やわらかーい。おいしー」
そう言って、一口ごとにはしゃぐミリアリアを見たセイラは、少しだけ涙目ではあったが、目を細めてミリアリアの拙い感想に頷いたのだった。
幸福な時間には代償が伴うのだと言わんばかりに、その後ミリアリアの身に大きな不幸が訪れることとなった。
誕生日の数日後のことだった。
王宮の片隅にある王族が使う部屋にしては小さく質素な部屋のベッドで熱にうなされるミリアリアの姿があった。
(くるしい……いたい……。わたし、死んじゃうのかな? ああ、まだ何もできてないのに。いつか、ここを抜け出して、外の世界を見て見たかった。本で読んだみたいに、王子様に恋をして幸せになって、ああ、それと美味しい物ももっと食べたかったなぁ。ケーキ、美味しかったなぁ)
高熱にうなされながら、ミリアリアは自分が死に向かっていると実感していた。
セイラは、泣きながら何かを言っていたが、何も聞こえなかった。
ただ、ミリアリアの手を握る感覚だけは分かった。ミリアリアをこの世界に引き留めるかのように強くその手を握ってくれていたことだけが、救いだった。
ミリアリアが熱を出して数日。死を覚悟していたミリアリアは、順調に回復していた。
ただし、熱が下がって数日が経っても倦怠感は無くならなかった。
セイラの付きっきりの看病のお陰で、次第に熱が出る前の状態に戻っていったのだった。
ただし、熱が出た時に飲んだ薬の後遺症なのか、声が出にくくなる症状が出ていた。
少し掠れた声ではあったが、死なずに済んだと思えば何ということはなかった。
その後、完全に回復したミリアリアは、書庫通いを再開していた。
しかし、次第に視力が落ちていき、十一歳になるころには、何も見えなくなっていたのだ。
薄らと、太陽の強い光は感じられるものの、視界の殆どは真っ暗な世界へと黒く染められてしまっていた。
更には、声も失ってしまっていた。最初は掠れていた声が次第に出しにくくなり、最後には声も発せられなくなってしまったのだった。
ミリアリアは、自分がこの場所で安穏と暮らしていける理由を理解していた。
他国との交渉材料としての価値しかないこの身に欠陥があることが知られれば、生かす価値などないと判断されることは明白だった。
だから、誰にもこの欠陥を知られるわけにはいかなかった。
しかし、常に共に居るセイラには初期症状のうちに異変を知られてしまっていた。
当初セイラは、ミリアリアの状態を泣きながら悲しんでくれたのだ。そして、今後のことを考えて、完全に声が出せなくなった後の意思の伝達方法について一緒になって考えてくれたのだった。
その結果、声の代わりに鈴を鳴らすことで意思を伝えるようになったのだった。
目については、部屋から出ないという方法で凌ぐこととなった。
ただ、頭の中に書庫で記憶した王宮の見取り図があったため、歩き回れなくもなかったが、イレギュラーな出来事が起こったときに対処できる自信が無かったミリアリアは、部屋に籠るという選択肢を選んだのだった。
その後、ミリアリアの置かれた状況も相まって、体の欠陥を気付かれることなく十六歳の誕生日を迎えたのだった。