第四章 皇帝の初恋(9)
セドルの報告を聞いたジークフリートは、眉を少しだけ動かして、ミンズ王国の王女について思い返していた。
「ミンズ王国の王女……。たしか、ミリアリアがミドガルズ王国の王女にワンピースを引き裂かれた際に助けに入ったのがそうだったか?」
「そうです。ミ……ゴホン。メローズ王国の王女殿下が裸にされそうになったのを阻止した者です」
「そうか。ミンズ王国には、王女の死の報告の他に何か送っておくように」
「かしこまりました。それと、こちらの書類にも目を通していただきたく」
「は? そんなもの休憩の後でもいいだろう? どう見ても急ぎの物には見えないぞ」
「いいえ、これは今見ていただく必要があります」
いつになく強引にジークフリートに仕事を振ってくるセドルに首を傾げつつも書類に目を通すジークフリートだったが、明らかに何かおかしいと感じ始めていた。
なんだかんだで三十分は執務室に引き留められていたジークフリートは、ついにセドルに低い命令口調で問いかけていた。
「おい。何を企んでいる?」
ジークフリートの低い口調を聞いたセドルは、冷や汗を掻きながらもう頃合いかと溜息を吐きつつ自白したのだ。
「申し訳ございません。これも全て皇帝陛下のためです。そして、テンペランス帝国の未来のためです」
セドルの突然の物言いに嫌な予感がしたジークフリートだったが、問わずにはいられなかったのだ。
「な…何を言っている? 貴様は何をしたのだ?」
そう問われたセドルは、深く頭を下げてから口を開いたのだった。
「数日前からテンス大公側で動きがありました」
「それは、俺も報告を受けている」
「いいえ、陛下に申していなかった内容があります」
セドルのその言葉に嫌な予感がしたジークフリートだったが、聞かずにはいられなかったのだ。
「何をだ? 貴様は何を隠している?」
「これも全て、陛下のそして帝国のためです」
「それはもういい!! 貴様は何をしたのだ!!」
ジークフリートが、怒鳴り声を上げて叱責すると、セドルは声を掠れさせながらも恐ろしいことを告げたのだ。
「メローズ王国の王女殿下の警備の中にネズミが紛れ込んでいることを敢えてご報告いたしませんでした」
その言葉を聞いたジークフリートは、執務室を飛び出してミリアリアの元に全力で走り出していたのだ。
ジークフリートがミリアリアのいる部屋にたどり着いた時、部屋を取り囲む沢山の兵士がいたが、それを押しのけて、ジークフリートを止める言葉も無視して部屋に飛び込んだのだ。
そして、扉の先にジークフリートは見たのだ。
力なく横わたるミリアリアのドレスが真っ赤な血に染まっている姿を。




