第四章 皇帝の初恋(3)
ジークフリートが、ミリアリアのいる小屋に向かう途中のことだった。
こちらに向かって、というか、別の道から小屋に向かって歩くセイラを見つけたのだ。
セイラもジークフリートに気が付いたようで、道の端により頭を低くした姿勢になったのだ。
セドルの報告で、セイラがミリアリアの母親ではなく乳母だと知ったジークフリートは、頭を下げるセイラに向かってただ一言だけ言ったのだ。
「ミリアリアは、王宮の俺の部屋の隣に住まわせる」
その言葉を聞いたセイラは、驚愕に思わず顔を上げてしまっていた。そして、見上げた視界の中で冷たい紫の瞳をセイラに向けるジークフリートと視線が合った瞬間、無意識に地面に膝を付いていたのだ。
それを見たジークフリートは、感心したようにセイラに言ったのだ。
「ほう。お前、俺の正体に気が付いていたのか? まぁいい。ついてこい」
セイラとしては、別にジークフリートが皇帝だと気が付いていたわけではなかった。
ただ、紫の瞳に宿る冷酷な光と美しい銀の髪、そして醸し出す一般人には到底出せないだろう絶対的なオーラと、「王宮の俺の部屋の隣」という言葉から推測したに過ぎなかった。
しかし、皇帝であることを隠すつもりがないジークフリートの王者の風格を目の当たりにした今は、何故今まで気が付かなかったのかと思うだけだった。
困惑していたのは一瞬で、セイラは直ぐに立ち上がりジークフリートの後を追いかけたのだ。
しかし、長身のジークフリートが駆け足に近い速度で前を行くのにセイラは付いて行くことが出来なかった。
全力で走って追いかけるセイラだったが、もう少しで小屋に着くというところでジークフリートが立ち止まっているのが見えたのだ。
そして、数人の兵士が跪いて命乞いをしていたのだ。
何が何だか分からないセイラだったが、ジークフリートが全力で駆け出してしまったため、またしても全力で追いかけることとなったのだ。
しかし、小屋に着いた時、壊された扉を見たセイラは嫌な予感に指先が冷たくなり心臓がいやな音を立てたのが分かったのだ。
転がるように小屋に入ったセイラは、意識を失うミリアリアを見て息を乱しながら悲鳴を上げることしかできなかった。
そんなセイラに目もくれず、たった一言「この子は、王宮に連れていく」という言葉だけを残して走り去るジークフリートを見たセイラは、乱れた呼吸を整える間もなく、再びジークフリートを追いかけて全力で走り出したのだった。




