第一章 花嫁候補(1)
ミリアリア・メローズは、ザンクティン大陸の中で最も小国と言ってもいいメローズ王国の姫として生を受けた。
ただし、その誕生は誰からも喜ばれることはなかった。
その理由は、メローズ国王がメイドに手を出した結果生まれた子供だったからだ。
ミリアリアの母親は、とても美しい女性だった。好色な国王は、美しいミリアリアの母親を常に傍に置きたがったのだ。
そのため、ミリアリアの母親の妊娠が分かったときに国王は、ここぞとばかりに後宮に囲ったのだった。
その後、生まれてきたミリアリアは、誰から見ても可愛らしいと思えるような赤ん坊だった。
しかし、国王は生まれてきたミリアリアに一切の興味も持たなかった。
国王は、肥立ちの悪いミリアリアの母親を出産後休む間もなく傍に置いたのだ。
その結果、ミリアリアの母親は、体を壊しこの世を去ってしまったのだ。
すると、もともとミリアリアに興味のなかった国王は、その存在をすぐに忘れていったのだ。
そんなミリアリアは、乳母のセイラ・セロニムによって育てられた。
王宮の片隅でひっそりと生きるミリアリアは、読み書きを覚えた後は、王宮内の書庫で一日の大半を過ごすようになっていった。
最低限の読み書きをセイラから教えてもらったミリアリアは、偶然迷い込んだ書庫を気に入り、十歳になる前には、書庫にあるすべての本を読み終えてしまっていた。
そして、書庫の奥にある禁書と呼ばれる古代文字で書かれた本までもである。
全ての本を読み終えても、ミリアリアは、書庫に通うことを止めなかった。
そんなある日の出来事だった。ミリアリアが書庫でお気に入りの本を読んでいると身なりのいい少女に声をかけられたのだ。
「あなただれ?」
そう言って、ミリアリアに声をかけてきたのは、ミリアリアと似た金色の髪の少女だった。
ただしその髪は、ミリアリアと違って金茶と言っていい色合いだった。そばかすの目立つ顔を歪めて、鼻を鳴らしながら質問してきた少女に、ミリアリアは、本で読んだ通りにワンピースの裾を優雅に摘まんで軽くひざを折って挨拶をしたのだ。
「わたしは、ミリアリアといいます」
そう言って、完璧な仕草で挨拶をしたミリアリアは、質問してきた少女をその仕草だけで黙らせてしまったのだ。
淡い金色の髪は、薄暗い書庫の中でも光り輝き、さらさらと肩から滑り落ちる髪は、上質な絹のようだった。そして、長いまつげに縁どられた大きな瞳はどこまでも澄みわたる青空のように美しかった。白く滑らかな肌は、桜色にほんのりと色付き、さくらんぼのような小さな唇から紡がれた声は、鈴を鳴らしたように愛らしかったのだ。
ミリアリアに声を掛けた少女は、その神々しいまでの美しさに心を奪われていた。しかし、心を奪われたのはほんの一瞬だった。次の瞬間には、顔を歪めて吐き捨てるように言ったのだ。
「ああ、あんたが予備ね」
言われた言葉の正確な意味が分からなかったミリアリアは、小さく首を傾げた。首を傾げた際に、背中に流しているだけの髪がさらりと揺れた。
それを見た少女は、眉間に皺を寄せて嫌悪するように言ったのだ。
「ふん。王家の証の金の髪を持っているあんたは、いつか他国との交渉材料になる運命なのよ。もし、王家の姫を望む声があったときに、最悪な条件とか、国だったら、私の代わりにあんたに行ってもらうんだから。だから、あんたは予備なのよ。ふん。ろくな教育も受けていないあんたが、ここにある本なんて読めるわけないのに、これ見よがしに読んでる振りなんてださすぎよ!!」
その言葉を聞いたミリアリアは、目の前の少女が初めて会う姉なのだと瞬時に理解した。そして、そのうち自分が国のため他国に嫁ぐ可能性があるということも知ったのだった。
ここでの暮らしに特に不満はなかった。食事も貰えるし、寝る場所もある。好きな時に好きなだけ本が読める環境も気に入っていた。
だが、他国に嫁いだ時に、ここでの生活のように本が読めるとは限らないと思ったミリアリアは、つい口に出してしまったのだ。
「他国でも、本が読めればいいのですが……」
「はぁ? あんた何言ってんの? 文字なんて分からないでしょうが」
「いいえ、読めます。それにここにある本は全て読破しましたし……」
「嘘よ! そんな訳ないわ!!」
「嘘じゃないです」
ミリアリアは、つい食って掛かってしまっていた。忘れられた存在である自分が、この王宮で暮らした証でもある読書量を否定されたことが悔しくて、ついつい反論してしまっていたのだ。
「それじゃ、これは? これは読めないでしょ?」
そう言って、ミリアリアに差し出された本は、古代語で書かれた王家の歴史書だった。
ミリアリアを見下すような表情で本を差し出す姉を見返したいと思ったこと全ての不幸の始まりだった。
ミリアリアは、差し出された本を受け取ってその内容をつらつらと読み上げたのだ。
「メローズ王国の繁栄のため、技術を残そう。どうか、この技術を使って、大陸一の大国に発展していってほしい。しかし、この技術を使いこなすには、原動力となる力の確保が重要な課題になるだろう。どうか、動力源の研究に力を注ぎ、この技術を完全なものに―――」
ミリアリアがそこまで読んだ時だった。強い力で押され、その場で尻もちをついたミリアリアが上を見上げると、表情を歪めた姉が低い声で言ったのだ。
「でたらめ言わないで!! あんたの妄想に付き合ってらんないわ!!」
そう言った後に、近くにあった本を数冊ミリアリアに投げつけてからその場を後にしたのだ。
投げつけられる本から身を守るように体を丸めていたミリアリアは、その場に姉以外の存在がいたことに気が付くことはなかった。