第二章 欠陥姫と騎士(7)
安心したように自分の胸にもたれるミリアリアを見たリートは、焦ってミリアリアに嫌われるよりもゆっくりと関係を深めていけばいいと考えなおし、いつものようにミリアリアの細い腰に片手を回してから、もう一方の手で頭を撫でて過ごしたのだった。
ミリアリアは、いつものようにリートに頭を撫でてもらいながら、心が温かいもので満たされるのを感じていた。
(リートさまの腕の中はどうしてこんなに温かいんだろう? リートさまともっと一緒にいたいよ……。でも、そんなの無理。今は秘密に気が付かれないでいるけど、いつかばれてしまう。それに……わたしは……所詮人質としてここにいるんだもの。誰かに想いを寄せるなんて許されない。それに皇帝陛下にこのことを知られたら、リートさまに迷惑が掛かってしまう……。でも、リートさまに会いたい気持ちを抑えられない……。リートさまにここにもう来ないでなんて言えないよ。わたし、どうしたらいいの)
不安に揺れる瞳を隠すように瞼を閉じると、眠ってしまったのかと勘違いしたリートが、一度強くミリアリアを抱きしめた後にそっとミリアリアの体を抱き上げたのだ。そして、ミリアリアをベッドに運んだ後に帰っていったのだった。
リートが帰った後、ミリアリアは胸に宿った不安を消し去るように鈴を鳴らした。
(ねぇ、今日のリートさまはどうだった?)
鈴の音を聞いたセイラは、目に毒な光景を思い出し表情を歪めたが、一瞬で表情を元に戻して、何でもないことのように言った。
「いつも通りでしたよ。いつものように姫様を膝に乗せて小動物でも可愛がるかのように撫でまわしておりましたね……」
淡々とそう答えるセイラの発言を聞いたミリアリアは、残念そうに鈴を鳴らした。
(そう……。やっぱりわたし、愛玩動物程度の存在なんだ……。でも、愛玩動物とは言え、大切に思ってもらえることは嬉しい……)
「姫様ごめんなさい。でも……」
傍目に見ていて明らかに二人は惹かれ合っているのがまる分かりであった。しかし、敢えて勘違いをさせたまま訂正をしないセイラは、落ち込む様子のミリアリアに小さく謝罪の言葉を口にしていた。
二人の想いが通じ合ったとして、誰も幸せになんてなれないとセイラは理解していたのだ。それに、人質という立場上、ミリアリアにこれ以上辛い目に遭ってほしくないと思っているセイラには、二人をただ傍観すること以外の選択肢が無かったのだ。
しかしここにきて状況は変わりつつあった。何故なら、最近仕入れた情報で、皇帝側に動きがあったからなのだ。
他の花嫁候補の姫君たちが、ついに皇帝陛下が花嫁を選ぶかもしれないという話で持ちきりになっていたのを耳にしてしまったからだ。
皇帝陛下の花嫁としてミリアリアが選ばれる可能性はかなり低かったが、絶対にないとは言い切れなかったのだ。
もし、皇帝陛下の花嫁候補の立場で他の男と心と言えど気持ちを通わせたことが知られれば、ミリアリアも自分も、そしてメローズ王国も……、ただでは済まされないだろうことは明白だった。
だからこそ、リートとの交流は避けたいところなのだが、リートはそんな事情も知らないので、高頻度でミリアリアの元にやってきてしまうのだ。
何度かミリアリアから隠れてリートに来訪は控えて欲しいと言ってみたが、鼻で笑われておしまいだった。
その時の瞳の宿る冷酷な光を見てしまっているセイラは、それ以上強く拒否をすることが出来なかったのだ。
そうしている内に、他の姫君たちの噂話が大きなものとなってきていた。
花嫁候補はミリアリアを含めて13人いた。
そのうち、ミドガルズ王国から来た花嫁候補の姫とゴドル王国から来た花嫁候補の姫で派閥が出来ていたのだ。
それぞれの姫が先頭に立ち、皇帝を射止めようと躍起になっていたのだ。
しかし、皇帝はそんな姫たちに振り向くことはなかった。
所詮は人質だと言わんばかりに、花嫁候補の誰一人として会うことが無かったのだ。
そのはずだったのだ。だが、最近家臣たちの間でとある噂が広がっていたのだ。
「最近の皇帝陛下は機嫌がいい」
「誰か気に入った相手でもできたのではないか?」
「そう言えば、一人の花嫁候補の元に足繁く通っているらしいぞ」
「本当か?」
「ああ本当だ。陛下がこっそり会いに行っているのを見たぞ」
「で、それはどの花嫁候補だ?」
「さぁ、それがはっきりしないんだ。それとなく陛下に聞いても花嫁候補に興味なさそうな感じで」
「なら、花嫁候補以外の誰かってことか?」
そんな噂話で王宮は浮足立っていたのだった。