鬼が来る
第4次川中島の戦いで上杉軍と武田軍が戦った時に上杉軍の武将の小島弥太郎と武田軍の武将の山縣昌景が一騎打ちをした逸話がありましたので一騎打ちを書いてみました。
何かが向かってくる。
飯冨源四郎(山縣昌景)は馬を駆けながら息を飲んだ。
それは槍。しかしそれ以上に得体の知れない者が馬に乗って向かってきている。
源次郎は片手に持っている槍を得体の知れない者に向ける。
鬼。そう思った。
鬼は馬に乗りながら、槍を前に向ける。
互いの馬が近づき交差する。槍がしなる音が響く。
「くぅ」
源次郎は声を上げる。凄い力が伝わって来くる。
源次郎は一瞬振り返る。鬼も振り向きニヤリとしていた。
「バカか」
源次郎は鬼のニヤリとした顔を見て呆れた声を出したが、体は震えていた。
「俺が震えてる」
鬼に恐れているのか?
得体の知れない者で確かに恐ろしい。一瞬は息を飲んだ。
しかしそれ以上に何か体が感じている。
「武者震い」
源次郎は自分の体に起きた事を言葉に表した。振り返り続けると鬼は前を向き馬の軌道を変える。
源次郎はそれ見て、自分も馬の軌道を変える。
再び鬼と対峙する形になる。
源次郎は両手で槍を上げ振り回しながら馬腹を蹴り速度を上げる。鬼も槍を両手で構えて馬の速度を上げる。
鬼との距離が近づく。近づくにつれ、鬼の気迫が体に刺さる。
再び全身が震え始める。
「これだな」
源次郎はニヤリと笑う。鬼も笑う。同時に馬の頭が重なり会う。間合いが近づく。源次郎は槍を鬼に振り落す。鬼の槍も動く。互いの太刀打ちがぶつかる。
「いい音だ」
鬼から声が発せられた。そのまま源次郎は槍を動かす。
二撃・三撃。鬼に槍を放つ。
鬼も槍を放つ。
互角。源次郎は思った。しかし鬼の槍捌きは別の物に思った。
鬼の金棒。
一撃・一撃が重かった。いつの間にか防戦になっていた。
「どうした。若造。さっきの勢いは」
鬼の声が聞こえる。しかし答える余裕はない。
その時、声が響いた。源次郎は一瞬、体が止まった。
聞きなれた声。武田義信(武田信玄の長男)の声だった。それは悲鳴に近い声だった。
「御曹司!!」
源次郎は声を出した同時に何かが喉に来た。
すぐに源次郎は分かった。槍の穂先。
「おいおい。一騎打ちの最中に余所見とはな」
鬼は失笑した声を出しながら言う。
「すまぬ。お館様の御曹司が窮地に陥ってる。この勝負、預けて頂きたい」
源次郎は冷や汗を流しながら言う。
「......そうかい」
鬼は少し考えるような顔してから、
「この勝負はお預けだ」
鬼は源次郎の喉に向けている槍を降ろした。
「名を聞こう」
鬼は言う。
「飯冨源四郎」
「俺は小島弥太郎」
鬼はそのまま槍を肩にかけ馬を反転させる。
「早く行け。あんたの御曹司が俺の味方に首を取られるぞ」
「かたじけない」
源次郎は頭を下げる。
鬼はそのまま馬腹を蹴り走り去る。
「小島弥太郎。花も実もある勇士」
源次郎はそのまま馬を反転させて馬を走らせた。
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