げんさんはあいつをつれてきた
べた付く風を浴びるのはいつぶりだったろうか
船長の玄火林と共に鼠の国に降り立った
久しぶりの国だがどうやら今も鼠の言語を不自由無く話せる事にほっとする
「げんさーん」と手を振りながら若者が誰よりも先に駆け寄ってくる
「人前で呼ぶな馬鹿野郎 俺は船長だ もっとまともに話しかけろ」
「すすいません、つい、、長旅お疲れ様でございました 火林様 先だって輸送頂きました香辛料は見事な厳選の品! わずかな日数で完売しております 火林様厳選のおすすめの品 今後も続けて入荷のほどよろしくお願い致しますね」っと若者は満面の笑顔だ
「横に人が見えてねえのか 挨拶が先だろうが馬鹿野郎!」
舞い上がる若者は硬直してこちらを見る 間違いなくこいつだろう
「大変失礼な事を致しました、、どうか名を名乗る事をお許し下さい」
「俺はただの船乗りだ そんな階位相手の挨拶なぞしてどうする 俺は疲れてるんだとりあえず軽く飲めるところでも案内してくれ」
「わかりました 船旅の後はやはり新鮮な野菜ですよね おすすめがあります行きましょう あ申し遅れました 私は 会社名を改めたばかりですが 龍流海運商社の鰐真と申します 何卒よろしくお願いします」
無邪気な笑顔で代表を名乗る若者は世間知らずに見えた
「宗延だ」
仏頂ずらの俺の肩を火林は叩く 大目に見てくれと言わんばかりだ
「何年仕事してるんだ?」
「父の代からにしますと30年でしょうか、父は小売業から始め緩やかに販路を広めまして協力業者の信用を得て組合立ち上げと共に組合長として生業をしておりました、私は幼少時から側で見る事を許して頂きまして 幼少の見ていただけの時期を含めますと20年近くになるでしょうか その後 組合は商社と改めまして商品の安定供給を維持できるようになってきております 」
物言いは中々だが頬を赤らめ目を輝かせる若者にどうしても冷たい視線を送ってしまう
「それでお前は何をしたんだ?」
「何もしておりません」
即答する若者
「皆が見事に働いて頂けるもので 私の役目などほとんど無いのです いつも取引先にお礼を申し上げにうかがったり いつもお世話になってばかりのお客様にその方が喜んで貰える商品を全力で探し出してご用意しているだけなんです喜んでくれたお客様はあれはないかこれはないかとお話しして下さるので俺も全力で探し出しているんですよ 本当に毎日お礼ばかりでなんのお役にもたっておりません 私などは役立たずですが そのかわりうちの社員達は絶対の自信があります」
その目は無邪気なままだ 本気か?
「宗延様は航海士だとお聴きしました いろいろお聞きしたかったのです」
そう言ってひたすらどうでもいいような航海技術の質問をしてくる
ほとんどの時間を計測の話に費やしただろうか 横で火林は伸びている
俺が火林をゆり起こすと
「終わったか? 話したい事はそれでいいのか?」と冷たい目だ
目をまんまるにさせる若造は その目を閉じ今までにない落ち着いた顔をする
「船が欲しいのです」
船が欲しい事 商品の選定が思い通りにならぬ事 社員達が価格交渉の主導が取れずに苦労させている事 社員給与に不満がある事 つらつらと並べるそれは昨日今日暗記した言葉では無かった
若造がと額を抑えたくなる 馬鹿なのか ボンボンなのかと心の内で悪態ばかりが並ぶ
「船の代金を用意したと火林から聞いた それでその金を持った俺が逃げたらどうする?」
「海の男にそんな奴いないでしょ? 火林様が連れて来る人です なんの心配もありません」
穏やかな目で笑ってやがる
「もし宗延が裏切るようなら俺が海の果てでも追い込んで殺してやるよ」
と火林は腕を組みながらニヤついてやがる こいつは芯からの海男だ 約束はどんなものでも必ず守る大馬鹿野郎だ 守れぬ時は海で死んだ時だけだろう
あほらしくなってきた
クソガキと大馬鹿野郎だ なぜあの時カマ野郎は入って来たのか くそったれ
「だったら全部 俺に任せろと言ったらどうする?」
翌日、クソガキは船舶費用 全金をドンと俺に笑顔で渡しやがった
「私の周りは優秀な人ばかりいつも集まってくれます 全部お任せしてすいません あとよろしくお願いします」
「せめて出航直前にしてくれ。。。」
この俺がそれだけしか言えなかった