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幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜  作者: 霊鬼
第十四章〜『主人公』は駒を前に進める〜

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56.光を届ける

 海底王国の内部にはかなりの数の魔物が入り込んでいた。一体一体は弱くとも数が多くては対処が難しい。戦闘能力のない民間人を守りながらでは尚更だ。

 人々は魔物と戦いながらも、より安全な場所を目指して移動を続けていた。その行き着く場所こそが、海底王国の王城である。


「……一体、何人の死者が出たのか。これから何人が生き残れるのか。」


 玉座にてエフィーニはそう呟く。

 ここにいるのは兵士や文官で、今後の動きや避難してきた民への対応へ追われていた。加えて付近の魔物を駆除し続ける必要がある。交代で戦ってはいるものの、一時も気を抜けない状況が続いていた。

 それはエフィーニも同じだ。全ての情報はエフィーニに回ってきて、重要な場面では必ずエフィーニが選択しなければならない。その心労は大きい。

 しかしエレフェリアも休みなく働いている。エフィーニが休むわけにはいかない。あの持ち前の明るさと王女という役職は、暗く沈んだ心を慰めるのに丁度良い。色んな人の手伝いをしているだけで十分役に立っていた。


「それも全て、()()次第か。」


 海底王国の真上、誰かが戦っている。それが誰かなんて知りようがない。しかしその希望に縋るしかない。

 この国はもう詰んでいる。あらゆる手を使っても滅びを遠ざけることしかできない。それを誰よりもエフィーニは知っている。


「頼む。妾はここで死んでも構わない。せめてこの国だけは、エレフェリアだけは――」


 祈りが届くことは決してない。あれは神ではないからだ。ただ、託した想いは確かに受け継がれる。






 魔王軍四天王、アルラウネのエダフォスとは相性が良かった。物量で持久戦に持ち込み、切り札で倒すのがエダフォスの必勝パターン。アルスの無尽蔵な魔力はそのカウンターとして機能していたのだ。

 しかしこのクラーケンは違う。こいつの強みは尖った要素のない純粋な力だ。動き回る魔石なんていう明確な弱点はなく、分厚い表皮を貫いて強力なダメージを叩き出さなくてはならない。


「おいガラテア! ちゃんと手伝ってるのか!?」

『馬鹿言え。私がお前を叩き起こすのにどれだけ力を使ったと思っている。』

「役に立たねえな!」

『煩い。貴様単体ではもう死んでいてもおかしくない。』


 口論を続けながらもアルスはするりと敵の攻撃を避ける。あの巨大な蛸足が長い鞭のように海中で振り回されていた。図体がでかい敵は攻撃が遅いのが相場だが、この敵に関してはそれが成り立たない。

 この速度とこの質量で叩かれれば、一撃で戦闘不能になるだろう。そのせいでアルスは回避に意識を割かざるをえない。

 しかし回避に意識を割いた状態では、比較的に威力が低い魔法しか使えない。周囲の弱い魔物を片付けるにはそれで事足りるが、クラーケンを相手には不十分だ。


『……このままではあのクラーケンは倒せない。海底王国を守りながら戦う分、こちら側が少し不利だ。』

「そんなのわかってる。」


 アルスの魔力は無限ではない。何時間も戦い続ければいつかは限界が来る。ただでさえシロが適当に使ったせいで減っているし、クラーケンとの持久戦は避けたい。

 この勝負の勝利条件はクラーケンが逃げて、海底王国を安全な状態にすること。それを実現するためには戦いたくないと、クラーケンにそう思わせなくてはいけない。


「足の一本でも茹で上げてやりゃあ、大人しくなるだろ。」


 剣を握る。それは燃え盛る炎そのものであり、この海中においても燦々と輝きを放つ。

 アルスの動きに反応してか、クラーケンも動きを変える。闇雲に触手を振り回すのをやめて、その巨大な体に宿る魔力を動かし始める。


「……そういや授業で言ってたな。高位の魔物は簡単な魔法が使えるって。」


 魔法自体は難しいものではない。触れた水を思いのまま操るという、水属性魔法の入門的なものだ。しかしクラーケンがそれを使えば、その体のサイズ分だけ効果もスケールアップする。即ち、水ではなく海そのものを操る魔法へと。

 周囲の海水が全てクラーケンの方へと吸い込まれる。当然、水に押されてアルスや近くの魔物もだ。

 抵抗する力のない弱い魔物はあっという間にクラーケンの目の前までやって来て、その大きな口の中に落ちていった。恐らくは即死だろう。


『来るぞ。』


 ガラテアの忠告が頭に響く頃には、すぐ目の前まで触手がやって来ていた。体が引っ張られているせいで今までより回避が難しい。


「『日食(にちぐい)』」


 雷が走る。荒れ狂う暴風雨そのものをぶつけ、触手を弾いた。しかしこれ程の威力の魔法であっても触手の表面を少し焦がす程度である。

 距離を取ることには成功したが、状況は大して変わらない。


月読尊(ツクヨミノミコト)


 アルスの手元に水晶玉が現れる。それはこの深い海の中であっても、月のように薄く輝く。

 その水晶玉に魔力を流し込む程に光は強さを増していく。やがてその光は目を開けられない程の――太陽にも勝る光へと転ずる。


「『月光(げっこう)』」


 月の光は束ねられた極太の光線としてクラーケンへと放たれる。光はクラーケンの巨大な頭へ命中し、大きく後ろへ仰け反った。

 しかし魔法は解除されない。アルスの体は未だにクラーケンへと強く引き寄せられている。


「あれ喰らってほぼ無傷かよ!」


 顔はこちらを向いていないが、触手はアルスの方へと伸びてくる。あの触手は魔力を追っている。視界に頼らずともアルスの位置を正確に把握している。

 アルスを捕まえようとする触手を俊敏に避けるが、相手の腕は八本ある。一本目、二本目は上手く回避できても、その後を回避するのは難しい。


「いっ――」


 ほんの少し逃げ遅れた。その一瞬でアルスの体は触手に捕まり、万力が如き力で締め上げられる。

 魔法を周囲に放って無理矢理抜け出すことに成功するが、逃げ出した先にはクラーケンの口があった。あそこに入ったら噛み砕かれそのままドロドロに溶かされてしまうだろう。何が何でも入るわけにはいかない。


「『短距離転移ショートテレポーテーション』!」


 魔法を唱えた瞬間にアルスの姿は掻き消え、クラーケンから離れた位置に現れる。普段使わない転移魔法を使ったせいで吐き気がするが、死ぬよりは数倍マシだろう。


「あぁ、クソ……!」


 クラーケンの目はアルスへと向く。そこには明確な敵意、あるいは殺意とも言い換えて良いものがあった。小さな傷ではあるが、自身の体に傷を与えられるほどの存在としてアルスを再定義する。

 対してアルスもクラーケンへの警戒度を一段階引き上げた。想像より強く、想像より速く、想像より硬い。生命としてのスケールを語るなら竜種すらも遥かに凌ぐ。特にここは海中、クラーケンが最も得意とする戦場だ。相手の手札を確認するためにも慎重に戦うことがアルスには求められた。


「かかって来いよ、次は――」


 言葉の途中、それを遮るように空から――つまりは水面の方角から光がやって来る。流れ星のように落ちていくそれは、こちらへと向かってきていた。


「アレは何だ? 攻撃か?」

『敵の援軍なら終わりだな。』


 クラーケンは気付いていないのか、それとも無視しているのか、海の中を泳いでアルスへ近づいて来ている。しかし恐らくは、クラーケンがここに辿り着くよりも早く光が落ちるだろう。


「……剣?」


 ここに辿り着く、ほんの数秒前。僅かな空白の時間にアルスはその正体に気がつく。それは水底へ打ち出された白い剣だ。



「『勇者降臨』」



 聖なる剣がそこにあるのなら、全ての魔の天敵、勇者はそこにいる。

 分厚い皮膚、強大な魔力、特殊な能力、強力な不死生、圧倒的な破壊力――その全てが、ただ一つ『魔』に属するというだけの理由で膝を折る。


「『会心の一撃』」


 聖剣を手にした『勇者』ヒカリはその8本の触手の一つを、いとも容易く切り落とした。

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