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幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜  作者: 霊鬼
第十四章〜『主人公』は駒を前に進める〜

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48.海が落ちる

 俺はエレフと毎日会っていた湖へと辿り着く。

 いつもと違って静かだ。俺以外には誰もいないし、きっと誰かが来ることもないだろう。今は国が滅びるかもしれない危機だ。だから俺なんかに構っていられなかったのだ。


『あの魔物どもを倒して抜けるのは現実的ではない。キリがない上、そのせいで却って狙われてしまうだろう。』

「じゃあどうするんだ?」

『当然、魔物に紛れて通り抜ける。魔物は本来、異種間で群れる事のない生き物だ。今は徒党を組んでいるが頭にあるのは人を襲うということだけ。味方の魔物に見覚えがないものがいたとしても気付くまい。』


 それができたら苦労しない。この海底王国は魔物によって完全に包囲されている。加えて時間が経つほど数が増えているように見える。いくら何でもこの中を通るのは無理だ。


『……ついでだ。私のことについて説明しておいてやろう。』


 仕方ない、という風にガラテアは語り始める。溜息まで聞こえてきそうだ。


『私は異界で誕生した付喪神……正確には付喪神になれなかった神性が集まって、偶然生まれた存在だ。私は器を持たないからこそ、あらゆる姿に変わってその存在を模倣することができる。』


 付喪神? 神性? 聞きなれない言葉ばかりでどうも頭に入ってこない。


『魔物であってもそれは同じだ。お前は自らの体を魔物に変え、そしてこの海底王国から抜け出すことができる。私の力さえ借りればな。』

「本当に、そんなことできるのか?」

『できるとも。元のお前は私の力を十分に使いこなしていなかったが、似たようなことはできていた。私が協力するなら簡単なことだ。』


 ここで嘘をつく必要はない。ガラテアの言うことは本当なのだろう。しかし理性では納得しても、感覚的には疑ってしまう。

 だって俺の体が魔物の姿に変わるなんて想像できない。


『感覚は魔法と同じだ。イメージさえできれば、それは実現する。仮にも友である私の言葉を信頼できるなら、な。』


 ――そんな風に言われれば、信じるしかない。元々友達になろうって言ったのは俺だ。俺がガラテアを信じなきゃ、ガラテアだって俺を信じてはくれない。


「やる、やるとも。何をイメージすればいい。」

『簡単なものにしようか。真上にいる魚の魔物、アレにしよう。名前はわからないが大きくなくて形もシンプルだ。』


 言われて上を見ると、凶悪な歯をチラつかせる魚が目に留まる。それは何度も結界に体をぶつけていた。

 あんな化け物になるのは少し嫌だが仕方ない。ガラテアの言う通りで、あの魚の形が一番簡単そうだ。


『体に流れる力に身を任せて、自分がなろうとする姿をイメージしろ。』


 俺は目を閉じた。すると体の奥が熱くなっていくのを感じた。体が溶けてしまうような熱だ。それに身を任せてしまうと、そのまま自分がなくなってしまうような気がした。

 それでも恐れずに、その熱を掴んで自分の身体に広げていく。頭の中で強いイメージを俺は練り上げていった。


『鋼鉄のように硬い鱗、ぎょろりとした赤い目、鯰のような大きな口に巨大な尾ひれ。イメージは詳細であればあるほどいい。』


 ガラテアの声は頭の中でよく響いて、イメージの手助けをしてくれた。


 その調子で数分間イメージを続けていた。一瞬、ガラテアに騙されているんじゃないかと疑いそうになったが、その思考は直ぐに追い出した。

 どうせ俺は信じるしかない。これができなかったら生き残る可能性はないわけだし、どんなに馬鹿らしいことでも今はやる価値がある。それに友達の言葉だからな。

 ガラテアは簡単と言っていたが、本当は難しいのだろう。俺を不安にさせないために言ったのか、それともガラテアにとっては簡単なのか。どっちなのかはわからない。


『――まあ、及第点だ。違和感は抱かれるかもしれないが、ただ逃げるだけなら支障はないだろう。』


 俺は目を開ける。気付けば俺の体は湖に浮かんでおり、湖面に反射して自分の姿が映っていた。その姿は間違いなく、俺が見た魚の魔物だった。


「うげえ、最悪だ。」


 声はいつも通り出た。それが逆に気持ち悪さを加速させる。誰だって鏡に映った自分の姿が化け物だったら気分が悪くなるだろう。


『ここまでできれば問題ない。後は時を待つだけだ。』

「何を待つんだ?」

『考えればわかるだろう。何のために魚の姿になった。』


 何のためにって、魔物に紛れるためだろう。これはガラテアが言ったことだ。それ以外にこの体で何ができるというのか。

 できればさっさと逃げ出して元の姿に戻りたいところだが、ガラテアは黙っていて何も答えない。明確な答えをいつもガラテアはくれない。


「ゆっくりしてたら海底王国の結界が壊されるけど、大丈夫なのか?」

『そうだな。そろそろ時間だ。』


 小さな音が聞こえてきた。何の音か、と考える内にその音は誰でも聞こえるような大きな音になっていく。

 例えるならばその音はガラスが叩かれてヒビが入るような、そんな深層心理に不安を呼びかけるような音であった。どこからその音が鳴っているかなど考えなくてもわかる。

 空だ。海底王国を何百年も守り続けてきた大結界だ。


『魚になったのは泳ぐために決まっているだろ、阿呆が。』


 ()()()()()()()()。俺は幻覚でもなくその光景を目にした。

 耳が潰れるような音を立てて結界は砕け散った。水は重力に従って、海底に築きあげられた王国を一瞬で飲み込む。

 海人は長期間水中でも生存できる人類種だ。だからそれ自体が問題じゃない。問題なのはその海が、何を連れてきたか。


『どこを見ている。生き残るために逃げるんだろう?』


 ガラテアの言葉にハッとさせられる。

 俺はわかっていたはずなのだ。この国が滅ぶということを。だからこうやって逃げようとしていた。でもいざこの光景を目にすると、予想が現実となった途端に心が揺れる。

 俺は本当に逃げ出していいのだろうか。ノモスやエレフェリアもきっと死んでしまうのだろう。俺だけが生き残っていいのだろうか。


『そら、ここからはお前の根気次第だ。数百メートル、下手したら数千メートルをその慣れない体で泳ぎ続けなくてはいけない。』

「……ああ、そうだな。」


 人を救いたくとも、俺にはそんなことできない。それよりもまず、ガラテアとの約束を果たすべきだ。

 海は地上にまで落ちてきて、全てを飲み込む。自然と地上への道が開かれ、それと同時に街へ向かって進む魔物の軍勢の姿が見えた。

 俺はその全てから目を背けて、地上へと向かって泳ぎ出した。

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