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幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜  作者: 霊鬼
第十四章〜『主人公』は駒を前に進める〜

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44.夢を生きる

 俺はエレフに引っ張られて、いつも俺達が朝に集まるあの場所へと辿り着いた。

 頭の傷がまだ痛み、俺はついて直ぐに地面に寝転がった。それに色々なことが起きた。頭の整理をするという意味でも体を起こす気にはならなかったのだ。


「……ごめん、シロ。こんなことになっちゃって。」


 俺をここまで連れてきたエレフは、池の淵で休みながらそう呟いた。


「謝ることじゃない。それよりも良かったのか、エレフ。俺を助けるためにあんな嘘までついて。」


 ちゃんと話してもらったわけじゃないが、エレフの身分はなんとなくわかった。俺とエレフが結婚するなんていう大嘘がどれだけの重みがあるのかも。


「だって、こんなの絶対におかしい。シロがあんなことするわけないし、していたとしても死刑なんて絶対にありえない。こんなことが許されるんだったら本当にこの国は終わっちゃう。」


 確かに理不尽には感じた。女王陛下は俺に明確な悪意を持って、自らの目的を果たそうとした。それが何故かまでは俺にはわからなかったけど、とにかく女王陛下は俺を手っ取り早く排除しようとしたのだ。

 きっとそれにエレフは心当たりがあるのだろう。彼女の顔には怒りだけでなく、悲しみもあった。


「……昔は、あんな感じじゃなかったんだ。」


 ぽつりぽつりとエレフは話し始める。鍵のかかった重い扉を開けていくように。


「私は王様の娘、いわゆるお姫さまってやつ。お城の中で何不自由のない、幸せな生活を送ってきた。お母さんは厳しかったけど、いつだって人の話に耳を傾けてくれた。立派な王様で、自慢のお母さんだった。」


 エレフはそのまま話し続ける。俺はそこに相槌すら挟むことはできなかった。


「それが変わったのは、私が10歳のとき。兵士長だった私のお父さんが死んだとき。」


 ズキリと、理由はわからないが心が痛んだ。


「海底王国に近付く魔物の数は年々増えてる。お父さんは想定外の数の魔物に襲われて、部下を守るために囮になって死んじゃった。不幸な事故だった。」


 よくある話だ。記憶がなくてもそれぐらいはわかる。人類種を最も殺した生物は間違いなく魔物だ。だからこそ魔物は人類の天敵と呼ばれる。

 毎日のように魔物のせいで誰かが死ぬ。不幸だったと、そう片付けるしかないぐらいに死はありふれている。被害にあった当事者を除いて。


「それからお母さんは外を極端に恐れるようになった。私が地上の話をすると怒るようになった。悪いのは魔物なのに、この王国の外が全て敵だと思ってる。」


 だから俺をあんなに敵視していたのか。やっと話が見えてきた。女王陛下は人類を恐れているというより、外を恐れていたのだ。だから外からやってきた俺を隙を見て排除しようとした。

 でも、だとしても違和感は残る。始末する気ならもっと方法はあったはずだ。わざわざこんな回りくどい選択を取ったのは何故なんだ。


「ごめん、シロ。私がちゃんと向き合ってお母さんと話していれば……」

「仕方ないよ。悪いのは俺だ。一体何をしたら記憶を失って海底王国に迷い込むことになるのやら。」


 気になることは沢山あるけど、今は目の前の出来事から目を逸らしてはいけない。

 今は逃げれたが、ずっと逃げ続けることはできないだろう。エレフの苦し紛れに吐いた、俺と結婚する、なんていう嘘は通用しない。できて時間稼ぎだ。

 それに俺のためにエレフを苦しめ続けるのはよくない。ここにつくまでにもエレフはかなり疲れている。きっとまた無理をするだろう。


「……エレフ、いいか。よく聞いていくれ。」


 別に俺は全ての人が幸せになって欲しいとは思わないけど、せめて自分に関わったエレフェリアには幸せになって欲しい。そんなエゴがある。

 体を起こして、エレフに近付いて、しっかりと両の目を合わせる。


「逃げ続けるのは無理だ。エレフが言った通りに俺とエレフが結婚すれば解決するかもしれないけど、それより前に俺が殺されるだろうね。」


 それにこんな事のために結婚なんて考えるもんじゃない。人生は長いんだから、目先のことのために好きでもない人と結婚なんてよくないだろう。


「だから俺はせめて減刑をしてもらうようにお願いする。エレフはもうこれ以上何もしなくていい。」

「で、でも、もし減刑してもらえなかったら? 死ぬんだよ?」

「ああ。だからこれから話すことが俺の最後のお願いだ。でも別に忘れてくれたっていい。たまに思い出してくれればそれで。」


 これはエレフを縛り付ける言葉ではない。むしろ前を向いてもらうための言葉だ。


「エレフェリア、君は胸を張って生きろ。人生っていうのは振り返れば短いけど、前を向いている分には長い。どんなに失敗したっていい。どんなに後悔したっていい。それでも自分に自信を持つんだ。」


 会ってからまだ数日しか経っていなくとも、エレフと交わした言葉の数は他人とは言い難いほどのものだ。

 彼女は地上に強い興味を持っているのに、地上に行くのがまるで遠い夢のように言う。違うのだ。違うはずなのだ。人はそうであってはならないんだ。

 エレフはまるで鉄格子の窓から外を見る囚人のようだった。実際には、彼女の部屋には鍵なんてかかっていないのに。


「君が本当に地上に行きたいのなら、全てを振り払って行ってやればいい。それを止められるんだったら何度でも喧嘩してやればいい。ただ対話を諦めないように。相手に自分を理解してもらう努力を忘れちゃいけない。」


 理解してもらえないと諦めるのは簡単なことだ。簡単な選択肢というものは後悔しやすい。


「最後まで、自分の本当にやりたいことを考え抜くんだ。記憶喪失の俺とは違って君にはそれがあるはずだ」


 それこそが夢だ。どれだけ取り繕うとも、本人でさえ自覚してなかったとしても、考えれば考えるほどに滲み出てくる熱いもの。それこそが人の夢なのだ。

 俺はそれを魂で知っている。誰かがそれを教えてくれている。


「――だって君は、会って数日の俺のために涙を流せるんだから。」


 エレフの宝石のように美しい瞳から、涙が零れ落ちる。


「……ごめん、ごめんね。私、何もできなかった。」

「いいや十分だよ。俺は十分、幸せだった。」


 これは偽りのない本心である。ノモスもエレフェリアも記憶のない人間である俺に優しく接してくれた。これ以上は贅沢な話だ。


「戻ろう。まだ、死ぬと決まったわけじゃない。」


 女王陛下が簡単に考えを変えるとは思わないが、それでも話すことに意味はある。そう信じよう。

 俺は涙を流すエレフの背中をさすりながら、エレフの気分が落ち着くのを待った。

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