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幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜  作者: 霊鬼
第十四章〜『主人公』は駒を前に進める〜

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31.忘れ去られた冠

「だから、おかしいんですよ!」


 王城の中のアースの自室で、力強い声が響き渡る。その耳が潰れるほどに大きなヒカリの声は、どれほどヒカリが焦っているのかを如実に示していた。

 しかしそんなヒカリとは対照的に、アースは落ち着いた様子で椅子に座っていた。ヒカリの様子を不思議そうに見ている。


「おかしいって言ってもな、ヒカリ。俺様からすればここまで上手く物事が収束したんだ。何の問題があるかわからねーよ。」

「それがおかしいんスよ! もうこの城を去ったパンドラとかいう人、あの人は誰ッスか!?」

「お前の先輩だろーが。」

「絶対違うッス!」


 アースが王都の一件を解決して数時間が経過していた。

 王城の人々は慌ただしくその後処理に追われている中、冠位の一人であるパンドラは既にここを去っていた。アースも手伝って欲しいから何も言わずに去ったことに不満はあれど、ヒカリがこのようになる理由はわからなかった。


「ヒカリの言うことを整理するとだな……俺様を含むほとんどの人の記憶を改竄されて、本来パンドラの位置にいるやつがパンドラに置き換わってるってことになる。」

「だからそう言ってるじゃないッスか。」

「それがありえねーんだよ。そんな馬鹿げたスキルが存在するならそいつは最強だ。それに、俺様の頭の中には確かにパンドラと過ごしてきた記憶がある。」


 ヒカリの言うことを本当とするならありとあらゆる書類、ありとあらゆる記憶から存在を書き換えられたことになる。そんなの記憶改変どころか現実改変だ。

 むしろここまでくれば、神がそうしたと言われた方が納得するほどの規模である。だからこそ有り得ないのだ。


「俺様からすれば、そのアルスとかいう奴にヒカリが洗脳されてるって方が納得がいくぜ。」


 ――鋭く、高い音が鳴った。

 それが自分の頬が叩かれた音だとアースが認識したのは、ヒリヒリと痛み始めた頃である。


「私は先輩を探しに行きます。もう力を借りようとも思いません。叩いてすみませんでした。」


 捲し立てるように言って、ヒカリは足早に部屋を去った。アースはヒリヒリと痛む左の頬を抑える。


「……俺様の言い方が悪かったな。そりゃあ、自分にとって大切な人が悪人みてーな言われ方をすりゃ誰だってキレる。」


 アースは自分が冷静であると思っていたが、そうでないことに今更ながら気がつく。トッゼとのゲームでの疲労と、親友であるパンドラを偽物と言われたことが相まってつい語気が強くなっていた。

 理論的にも感情的にもヒカリの言うことは納得できないが、もっと中立的に話を聞くべきだったとアースは後悔する。


「一つ解決したと思ったら、また一つか。オルグラーも父上もずっと忙しそうだし、このことを相談する時間もねーか。」


 後処理を手伝ってくれると思っていたパンドラは、エルディナ曰く用があるとだけ言ってここを去ったらしい。確かに動きは怪しいかもしれないが、それだけでヒカリの言うことを本当と信じることはできない。


「人にぶたれるなんて、何年ぶりだろーな。」


 強く叩かれた頬の痛みは、簡単には抜けてくれなかった。






 ホルト皇国や新霊共和国があるポーロル大陸に向かうには、ファルクラム領にある港から船で向かう方法がある。安全かつ早く着くのは転移門だが、その料金やら使用に必要な手続きの煩雑さやらで船も選択肢によく入る。

 今日も今日とて港では船が動き、海鳥が鳴き声をあげながら飛び回っている。心地良い潮風は少しの悩みなら晴らしてしまうほどに清々しい。


「……本当にここでやるの?」

「ここじゃなきゃ駄目なのさ、ルビー」「ここを通らせるのが、唯一の俺の負け筋だ」「それとも心配してくれてるのかい?」

「そんなわけないでしょ。私が心配してるのはあなたの頭がおかしくなって、変なことをしてないかってだけ。」


 そう言われて、確かに、とパンドラは笑う。


「でもこればっかりは大丈夫だ」「俺はこの瞬間を何年も前から待っていた」「今回ばかりは安心してくれ」


 その語りかける声はどうも信用ならない。存在そのものが嘘くさいパンドラの言葉を全て信じるというのは中々に難しいことだ。


「……それならいいんだけど。」


 カツカツと足音を鳴らしながらルビーはこの場を去っていく。

 ここは港へと繋がる通り道の一つだ。ルビーがいなくなれば残るのはパンドラだけで、誰一人としてここを通ることはない。背の高い建物に囲まれているせいで、人の目にも入ることはないだろう。


「ああ、そうだ」「俺は準備をしてきた」


 受け身になっていてはジリ貧になっていつかは負ける。どこかで一か八かの勝負に出なくてはいけない。その絶好のチャンスが、パンドラにとっては今日だった。

 人が通らないはずのこの場所に、ルビーとは違う足音が響く。それが誰なのかをパンドラは見なくとも知っていた。


「実に良い日だ」「晴れ渡る空に心地良い風」「王都の事件も決着がついて穏やかな日々がまた帰ってくる」


 足音の間隔は短くなる。


「そろそろ日が暮れて、美しい夜空が見えるだろうよ」「ただ、それを見ることができるのは勝ったやつだけだ」


 足音が止む。いなくなったわけじゃない、足を止めただけ。


「なあ兄弟、話があるんだ」「ちょっと聞いていけよ」


 昼間の邂逅からおよそ数時間後、再びパンドラとアルスはここで出会った。

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