22.そらはまわる
冒険者や騎士は時折、酒を飲みながら最も強いのは誰かと話す。
最も強い騎士は、最も強い戦士は、最も強い冒険者は、最も強い魔法使いは――酒を交えて話す中で出た結論こそが、四大覇者である。
ハデスが十年の準備をかけてやっとレイと同じテーブルに座れるように、名も無き組織の幹部2人でさえオルグラーを押さえ込むのでやっとなように、そこにはあまりにも大き過ぎる差がある。
徹底的な対策をして、自然体の四大覇者とやっと五分になれる。逆に言えば五分にしかなることはできない。
「――来いよ。偽物とはいえ、お前を負かすのは楽しそうだ。」
レイはどこまでも黒い宇宙に溶け込むように漂い、人差し指で手招くように挑発する。
「『天涯比鱗』」
それに反応してか、白竜は大きく翼をはためかせ勢い良く前に飛び出す。その速度は先程の比ではない。黒い空を切り裂くように白き竜は駆ける。
ただ、ここはもう精霊王の空間だ。さっきまでと同じように好き勝手はできない。
「恒星」
星々は煌めき、無数の光線を放った。当たればいとも簡単に人の体を貫き、燃やし尽くすような熱線である。それをオルグラーは間一髪で避けるが動きを止められてしまう。
動きが止まり、距離ができれば有利なのは魔法使いであるレイの方だ。再び動き出す前に次の攻撃に移る。
「惑星」
巨大な星が、音もなく迫る。オルグラーを中心として無数の星々が引き寄せられるようにやって来る。回避は困難だ。であるならば――
「『咆哮』」
竜は耳が潰れるような、高い声で吠える。魔力を乗せた咆哮は付近にある星を粉々に破壊する。そして、そのタイミングを逃さずにオルグラーは銃口をレイへと向ける。
「『神域』」
「衛星」
その銃弾は、放たれた瞬間に着弾が確定する因果の凶弾。レイであっても普通にやれば回避する手段はない。
だから真っ向から防いでやった。黄色の、半透明な障壁で銃弾は止まる。その銃弾はレイまで届かない。
「君達が二つなら、僕も味方を用意しようか。」
レイが左手をあげると、天体は周り始める。星は規則的に列を成し、白い線で繋がって一つの大きな魔法陣となる。
「『猛獣星』」
遥か宇宙の彼方から、星の獣はやって来る。宇宙を足場にして駆ける白い獅子は、翼がなくとも空を飛んでみせた。
その獅子は巨大で、オルグラー達よりも更に大きい。瞬く間に距離を詰めたそれは、その前脚でオルグラーへ飛びついた。
オルグラーは冷静にその攻撃をかわし、逆にその槍で獅子を貫く。貫いた部分は白い光となって霧散していく。
ただそれでも尚、獅子は動く。オルグラーが後ろに下がって距離を取るが、その隙に傷はもう塞がっていた。それは星の力を受けて戦う獣。生半可な攻撃では動きを止めない。
このまま殴り合っていてもキリがない。時間がかかればレイに新たな魔法を使われてしまうだろう。それはオルグラーにとっても不味い。
「『天涯比鱗』真の可能性」
相手は札を切った。今度はオルグラーが手札を切る番である。
オルグラーのスキルの一つである『天涯比鱗』は、世にも珍しい共有型のスキルである。オルグラーの人と竜の両方が所持するスキルなのだ。その効果は身体能力の合算や魔力の共有、スキルの共有など多岐に渡る。
このスキルによる圧倒的な身体能力、そして竜と人の完璧なコンビネーション。これがあるからこそ、オルグラーは最強の騎士を名乗れる。
ただ、四大覇者と呼ばれるには、この程度では足りない。
「『人竜一体』」
竜の背に乗る戦士はその身体に鱗を生やし、肌も白竜のように白く染まっていく。対して竜は新たな翼を背中から生やし、二対四の大きな翼で空を掴む。
この黒い空の上で、白い竜と戦士の姿はまるで絵画にある神の姿のようであった。
竜は嘶きをあげる。竜にとっての翼は魔力を操る器官としての役割が主だ。翼が増えるということは、単純により高度な魔導――竜法を扱えることに他ならない。
――『竜の激怒』
竜の叫びの中から声が聞こえた気がした、その瞬間に魔力は形を得る。
周囲に対して無差別に、オルグラーを中心とした魔力の砲撃が放たれる。一瞬で体を焼き焦がされた星の獣は、死にはせずともオルグラーに迫ることはできない。
魔力の砲撃を放ちながら、竜は口元に魔力を貯める。その口を大きく開くと同時に、竜の口先に三枚の魔導陣が展開される。発生、加速、収束の三工程を経て竜の代名詞たる奥義は完成する。
――『竜の息吹』
それは真っ直ぐ、無限の宇宙で揺蕩うレイへと伸びていく。
再び天体は回る。また同じように列を成して、そして魔方陣を描く。相手が必中必殺の一撃を放つならば、レイはその論理そのものを棄却する他ない。
「『純真星』」
青白い障壁が竜の息吹からレイの体を守る。それはあらゆる因果、あらゆる運命を否定する星の護り。万物を溶かし尽くす竜の息吹であってもその守りは砕けない。
「超えていく――」
――一撃で足りないのなら、二撃目を放ってやれば良い。オルグラーが選んだ選択肢はそれだった。
竜は四つの翼をはためかせ、空を駆ける。放たれる数多の光線を避け、迫りくる岩石を砕き、再びオルグラーはレイへと接近する。
「『竜の突撃』」
白い光をまとって、勢いそのままに、一切の減速なくレイへと槍を突き刺した。確実にその命を奪った、オルグラーはその感覚があった。
「……おいおい、自信なくすなあ。」
槍に突き刺されたレイはそう喋り出す。赤い血を体から垂らしながら。
「天体の攻撃って、それ単体でも大魔法なんだけど。それをまあ、片手間に捌きながらここまで近付いてくるとは、流石に吃驚だ。」
レイはオルグラーの槍を掴む。オルグラーは反射的に槍を振って、槍からレイの体を外す。
確実に命を奪ったはずのそれを、オルグラーは尚警戒していた。だから銃を構えて、更にその死にかけの体に何度も弾丸を放つ。
「――でも、勝つのは僕だけどね。」
天体は、回る。
星々は規則的に列を成し、魔法陣を構成する。咄嗟にオルグラーは魔法陣を構成する星の一つを撃ち、破壊するが直ぐに新しい星が穴を埋める。
魔法陣に魔力が流れる。既に魔法は形となった。レイは既に瞼を閉じた。そこには既に命と言うべきものは存在しない。しない、はずなのに――
『不死星』
天体は回る。魔力は躍動する。その命は再び鼓動する。
レイの死体は黒の中に溶けていき、その代わりと言わんばかりに再び強烈な魔力を持つ存在が生み出される。
「じゃあ、勝負を続けようか。今度は僕に隙を与えないようにした方がいいぜ。」
レイ・アルカッセルは再び宇宙を回す。




