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幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜  作者: 霊鬼
第十四章〜『主人公』は駒を前に進める〜

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14.静かな王都

 王都の出入り口を見張る者はいない。正確に言うと必要ない。

 昨晩の内に王都への交通規制が実施されている。商人も旅人も、許可を得なければ王都に近付くことはできない。ここにいるのは関係者だけである。

 加えて、この王都に入れる者も出れる者もいない。見張っていても誰も通らないので見張る必要がないのだ。


「静かッスね、日中とは思えないぐらいッス。」


 王都の中を覗いても歩く人はおらず、道端に眠りこける人が転がるだけだ。人の話す声も馬車が通る音も鳴らない。

 今はフィルラーナ領の屋敷に住んでいるが、前は王城に住んでいた。そのせいでこの静かさは余計にヒカリへ違和感を与えた。


「正に国家の一大事ね。できれば今日中に解決したいところだわ。」

「……私、あんまり自信ないんスけど大丈夫ッスかね?」

「大丈夫も何も、ヒカリしかこの街に入れないんだから頑張るしかないでしょ。フィルラーナもヒカリならいけると思ってここに向かわせたんだから、胸を張りなさい。」


 それを聞いて、また少し嫌そうな顔をした。


「それ、本当なんスか? 私だけ眠らないなんてあんまり信じられないというか……」

「いいからいいから、取り敢えず入ってみればわかるじゃない。」


 エルディナはヒカリの背を押して王都の中へと連れていく。騎士が引いていたこれ以上先に入ると眠る境界線の前で、ヒカリは踏ん張って足を止める。


「ちょっと待ってください、まだ心の準備が――」

「もし眠っても引きずり出してあげるから。ほら、入って。」


 もう一度力強くヒカリの背を押して、ヒカリは境界線を越えて王都の中に入る。


「ほら、やっぱり大丈夫じゃない。」

「……ほんとだ。」


 実際、拍子抜けするぐらい何も起こらなかった。ちょっと体が怠いとかすらもない。本当にここを通れば眠ってしまうのかと疑うほどだ。

 手足を見て動かしてみるが不調は感じない。むしろ馬車に揺られていた時間の方がヒカリにとっては良くなかった。


「それじゃあ、私はこのまま王城に行けばいいんスよね?」

「ええ、そうね。でもちょっと待って。私も入れるか試してみたい。」

「急いでるんじゃないんスか?」

「急いでるけど、一回ぐらいは試してみたいじゃない。ヒカリを見ていたら行ける気がしてきたわ。」


 エルディナは境界線をよく見て、それから片足をあげる。


「せーのっ!」


 掛け声と共に境界線を飛び越え、エルディナは着地した。


「ほら、やっぱりいけ、る、じゃ……」


 数秒は持ちこたえたが、そのまま立ち崩れてエルディナは眠りについた。ヒカリは渋々とエルディナを抱きかかえて境界線の外へ連れ出した。






「――はっ!」


 体が揺すられている事に気が付き、エルディナは上半身を起こして目を覚ます。


「あ、やっと起きたッスね。」

「……私、寝てた?」

「はい。2分ぐらい。」


 エルディナは残念そうに息を吐く。どうやら本当にいけると思っていたらしい。論理的に考えるなら、王国の精鋭の騎士やアルスすらも防げなかったのだからエルディナが防げるわけがないのだが。

 それでも試したくなるのがエルディナだ。死なないのなら何だって試したくなってしまうのは十年以上前から変わらない。

 土を払いながらエルディナは立ち上がる。


「じゃあやっぱり、入れるのはヒカリだけなのね。」

「はい、多分そうッスね。『勇者』のスキルのおかげでしょうけど。」


 勇者のスキルの全容を未だにヒカリは把握できていない。あくまで使えるのは基本機能だけで、たまに聞こえる声も一方的なものだ。何故自分だけが眠らないのかも、詳しくはよくわかっていない。


「それじゃあ、残念だけどヒカリのサポートに回るわ。気をつけていくのよ。自分の命が一番大事なんだから。」

「わかってます。危ないと思えば直ぐに逃げるッスよ。」

「それならいいわ。流石に私も王都の外から完璧にサポートできる気がしないから。」


 エルディナの目は緑から青に染まっていく。その周りには緑色に光る精霊たちが集まってくる。それらは全てエルディナが最も得意とする風属性の精霊だ。

 風属性の強みはその効果範囲である。エルディナほどの魔法使いが本気を出せば、王都全域にだって魔法を届かせることができる。

 逆に言えばこれが可能だからこそ、エルディナはフィルラーナによって呼び出された。


「私はヒカリを目印にして魔法をここから飛ばすわ。視覚を共有するわけじゃないから、何かあったら声で報告して。声なら常に魔法で届くようにしておくから。それと急に走り出すと見失うから、基本的にはゆっくり移動して。」


 まだ何か言うことがあったか、とエルディナは頭の中を探る。基本的にどう動くかは2人ともフィルラーナから聞かされている。ここで必要なのは細かい擦り合わせぐらいだ。

 色々と考えた末にもう伝えることはないと判断して、エルディナは軽く頷く。


「……それじゃあ、行ってらっしゃい。本当に、無理をしないようにね!」

「何度も言わなくても大丈夫ッスよ。私だって死にたくはないッスから。」


 そう言ってヒカリは王都の中へと歩き始めた。エルディナはその背中に、姿が見えなくなるまで手を降っていた。






 王都の中はやはり異様なまでに静かで、風の音と人の寝息の音が微かに聞こえるぐらいだ。

 道端に寝転がる人たちはかなり無理な体勢の人もいて不安になるが、助けたいという感情をぐっと堪える。1人を助けたところでそれは根本的な解決にはならない。

 恐らく王城にいるであろう、この事件の犯人。それこそヒカリが戦うべき敵であった。


『あーあー聞こえる?』


 歩いていると不意に声が聞こえてくる。エルディナの声だ。


「はい、聞こえるッスよ。」

『本当? 良かった。こんなのやった事なかったけど上手くいくものね。流石私。』


 少し違和感はあるものの、会話するには十分だろう。


『何か見つかったりした?』

「いえ、何も。やっぱりオルグラーさんが突っ込んでいった王城にいると思うッス。」

『でも一応気をつけて。急に敵が出てくるかもしれないから。多分、戦闘にはならないと思うけど。』


 戦闘にはならない、というのはフィルラーナの言葉だ。

 そもそもオルグラーが乗り込んだ時点でこの事件は解決するはずだったのだ。それ程までに『神域』のオルグラーは強い。

 しかし現実として丸一日経った今も王都の状況は変わらない。つまり力ずくで何とかなるものではない、というのがフィルラーナの予想である。

 エルディナはフィルラーナの言葉を信じてはいるものの、常にヒカリの周りで動くものがないか感知し続けていた。


『敵はフィルラーナの予想によると名も無き組織の幹部2人。直接的な戦闘力はあまりない2人って言ってたけど、前の幹部もそんな感じだったから油断ならないわね。』


 王選の時に現れた『性欲』の二レアは、ほんの少し魔法を使えたが戦闘力は低かった。どちらかというとスキル1つの強さであそこまでグレゼリオンを荒らしたのである。

 確かに真正面から戦えば勝てるかもしれないが、そもそも真正面から戦えるかが怪しかった。


「何で、名も無き組織にはこんなに強いスキルを持った人が集まるんスかね。」


 あの『生存欲』のカリティもそうだった。強いのはスキルだけで、心も身体も武人とはかけ離れた人だった。


『偶然じゃない? 確かにここまでスキル1つで強さを発揮する人は珍しいけど、いないわけじゃないし。』


 そう言われればヒカリも何も言えない。ヒカリもどちらかと言うとそちら側だ。『勇者』のスキルがなければまともに戦うことすらできない。


『ただ、少し気持ちはわかるわよ。このスキルって、たまに凄く残酷なものに見えるわ。』


 積み上げてきた努力が、スキルという与えられただけの力によって引っくり返される。卑怯だ、と言われればエルディナは否定できない。

 確かにエルディナも努力はしたが、自分がこの眼を持っていなかったら、きっと今ほど強くなかっただろうとは思うのだ。


『だからせめて、私達は良い事に使わなくっちゃ。そうでしょ?』

「……そうッスね。」


 ヒカリの陰鬱な気分は少し和らいだ。王都は広い。王城はまだ遠くにあった。

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