13.古き王から新しき王へ
「君は、グレゼリオンの最後の王になるかもしれない。だから流石の僕も放ってはおけなかった。」
ピースフルは話を続ける。
「ここまで危ないのは、前回の邪神戦争以来だ。君は数千年に一度の厄災と戦わなくてはならない。」
魔王軍に名も無き組織、そしてそれに力を貸す一部の七十二柱の悪魔。それ単体で歴史に残るような巨悪が同時に現れている。ピースフルの言うこともわかった。
「最後の王って、俺様はまだ王じゃねーけどな。」
「あくまで可能性の話だからね。ただ、王というものは狙われるものだから、いつ今の王が死んだっておかしくはないよ。」
アースは自分でも嫌な顔をしたことがわかった。考えたくもないことだ、このタイミングで王が死ぬなんて。感情的にも理性的にも受け入れられない。
それを笑い話にできないのは実際、そうなっているかもしれない事態が起きているからだ。
アースは外の状態を知らない。唯一知っている情報はまだ自分が生きているというものだけで、既にロードが死んでいる可能性は否定できない。
「まさか、父上が死んでるなんてことはねーだろーな?」
「それが2つ目の質問かな?」
「……ああもう、じゃあなしだ。欠片も融通が利かねえな。」
アースはオルグラーを信じている。己の何を使ってでもロードを守り抜いてくれるだろうと。だからその心配はしないでいい。
そもそもピースフルが下の状況を完璧に知ってるかどうかなんて――
(いや、待てよ。この質問ってのはそんなに単純なものか?)
何故、質問が3つだけなのか。ここまで融通が利かないのか。協力的であるはずなのにそれが限定的なのはどうしてか。
ウィリスはピースフルが特別だと言っていた。本当にこの3つの質問は、ただ気になることを聞くだけの簡単なものなのだろうか?
考え始めれば違和感は強まり、推測であったはずのそれは気付けば確信に変わっていく。
この質問には何か特別な要素があるのではないか、と。
この疑問がアースの頭の中の記憶を呼び起こす。アースは前に報告書でこれと似た融通の利かない問答を見たことがある。
向こうからは色々と話してくれるが、いざこちらが質問をすると答えてくれない歯痒さ。質問の仕方によって大きく返答を変える面倒くささ。
そのまま同じ、とまでは言わないが似た雰囲気をアースは感じ取った。
「おいまさか、この質問ってのは、どんな質問でも絶対に正しい答えをくれる、ってことなのか?」
「二つ目の質問はそれでいいかな?」
「いい。それでいいから答えてくれ。」
ホルト皇国に行った時、アルスは竜神に会ったという。そこで『生存欲』のカリティを打倒した褒美として竜神に質問する機会を得たらしい。
つまりは竜神による、知識の下賜だ。それに似ているのだ。
勘違いならそれでいい。だがもしアースの考えが正しければ、質問の価値は大きく跳ね上がる。質問権を一つ使ってでも聞く理由がある。
「そうだ。どんな質問にも真実を以て答えよう。よーく、考えて質問をしてくれ。」
アースは今になって軽率な一つ目の質問を後悔した。
道理で念入りにそれが質問かどうかを確認したわけである。こんなに重要なものだと知っていたなら、あんなどうでもいい質問をアースはしていなかった。
しかし、もうしてしまったものはしょうがない。重要なのは最後の質問である。
「君は僕の我が儘でここまで来て、エースの試練まで受けた。これぐらいの褒美がなくちゃ嫌だろう?」
正直お釣りが来る、そうアースは思った。もう3度質問ができるなら、今度は英霊界だけでなく冥界全てを回ったっていい。
知りたいことなんて両手で数え切れる数ではない。グレゼリオンは今、情報が不足している。名も無き組織の攻撃に受け身になってしまうのは、敵に対する情報が足りないからだ。
「……じゃあ、最後の質問だ。」
それでも悩みはしなかった。この状況では選びようがなかったとも言える。
「今グレゼリオンの王城を襲撃している奴はどんなスキルを持っている?」
どんな価値のある情報を持っていても、明日まで生き残れないなら意味はない。アースにとって重要なのはこの苦境を乗り越える術である。
「それが最後の質問だね。いいだろう、説明しようか。襲撃者は二人。その内の一人のスキルは――」
グレゼリオン王国王都バースが眠りについてから丸一日経過した。
王都周辺に騎士たちが集まってはいるものの、この状況に光明を見出すことはできていない。
「――現在、王都には誰一人入れない状態であります。正確には入れないわけではないのですが……入った者が途端に眠りにつくのです。」
いの一番に王都に駆けつけた、ペンドラゴン伯爵家の当主であるウーゼルが状況を語る。
「引きずり出せば目を覚ましますが、これでは王城はおろか王都に入ることすら叶いませぬ。頼みの綱のオルグラー殿も、昨日突撃してから連絡が途絶えているという状況です。」
どうする事もできない、という形だ。何とかできそうな人に連絡を取ってはいるが、直ぐにというわけにはいかない。
悔しい事ではあるが、ウーゼルはこの状況を打破できる者が現れるまでここで足踏みをする他なかった。
「ふーん、なるほど。わかったわ。」
「何か策があるのですか、エルディナ殿!」
ウーゼルは期待をこめた眼差しで緑髪の女性、ヴェルザード家次期当主であるエルディナを見つめる。
「ないに決まってるじゃない。」
「そ、そんな……」
「でも安心して、私にはないってだけだから。」
エルディナは今朝にヴェルザード領から魔法を使って、文字通り飛んできた。ここに来たのは国家の非常事態だから、というのもあるが呼び出されたからである。
エルディナを呼び出したのはフィルラーナだ。あのフィルラーナに力が必要だとお願いされれば断れるはずもない。用事があった気もするが、状況が状況だし許されるだろうとエルディナは考えていた。
「そろそろ来るんじゃない。そうすれば、解決するかはわからないけど状況は動くわ。」
「来るって、誰が来るのですか?」
「私の友達で、王都奪還作戦の救世主よ。ほら、足音が聞こえてきた。」
そう言ってエルディナは、ウーゼルを置いて走り出す。
「どこに行くのですか、エルディナ殿!」
「兎に角、私は私で色々やるから、そっちもそっちで頑張って! 上手く行きそうだったら言うから!」
向かう先にはついさっきついたばかりの、リラーティナ公爵家の馬車があった。そしてその近くにはエルディナが待っていた人物がいる。
「ヒカリ、待ってたわよ!」
リラーティナ家から来たのは、異世界を渡って来た勇者であるヒカリだった。
気持ちが昂って、エルディナは走る勢いそのままにヒカリへ抱きついた。
「わ、わわっ! 危ないッスよ!」
「だって久しぶりなんだもん。仕方がないでしょう?」
倒れそうになりながらも何とかヒカリはエルディナを受け止めた。満足するとエルディナは手を離して歩き始めた。向かう先は王都の入り口だ。
「それにしても相変わらずフィルラーナは対応が早いわね。こうなるのがわかってたみたい。」
「流石のフィルラーナさんでも、それはできないと思うッスけどね。」
ただ否定しきれないのがフィルラーナの怖さだ。どこからどこまでがフィルラーナの手のひらの上なのか、付き合いが長いエルディナでも把握しきれていない。
「――でも、少し楽しみね。2人で王都を救いに行くなんて。まるで物語みたい。」
2人は王都の入り口に立った。




