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幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜  作者: 霊鬼
第十四章〜『主人公』は駒を前に進める〜

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12.最初の英雄

 体が揺れているのを感じた。その揺れは馬車にしては穏やかで、どこか安心してしまうようなものだった。

 体の疲労もあって、この心地良い揺れに身を任せて寝てしまいたかったが、それを何とか理性で食い止める。自分がどこにいるのかを理解すれば難しいことではない。

 アースは重い瞼を開けた。


「……起きたか?」


 目を覚ますと、まず金色の髪が目に入る。そして貧弱なアースとは違って鍛え抜かれたその肉体も。自分がウィリスにおぶられている事に気がつくのは遅くなかった。


「降ろせ、自分で歩ける。」

「いいのか? 疲れているならこのままでも私は構わないが。」

「俺様が気にするんだ。いいからとっとと降ろせ。」


 ウィリスから降りて、眠たい目をこすり体を伸ばす。まだ夜であるからそこまで長い時間眠っていたわけではないようだ。


「試練は終わったのか?」

「ああ、お前は乗り越えた。誇ると良い。決して簡単な事ではない。」


 アースは安堵した表情を見せる。試練の間の記憶は夢のようで、アースは正確には覚えていない。印象だけ頭に残っている、という感覚だ。

 だから最後にエースと何を話したのかもあまり覚えていない。明確に覚えているのは、自分がどんな選択をしたか、である。


「……乗り越えた、ねえ。」


 確かにアースは自信を持って選択した。今でもそれが間違っていたとは思わない。

 しかし心には暗いものが残った。過去の王の勇姿をありありと見せられてしまったが故に、自分と比べてしまった。未だ王でもなく、何も為せていない自分と。


「戦うだけなら、逃げねーだけなら、選択をするだけなら、誰だってできるさ。重要なのは貴方のように勝つことだ。」


 ウィリスは大陸内に現れた魔王を討伐し、それから長く続くグレゼリオンの治世の基盤を作った偉大な王である。ただ戦っただけじゃない。勝利したからこそ彼は英雄となったのだ。


「碁盤に石を打って満足しちゃいけねーんだ。負け続けりゃどれだけ勇敢でも愚王でしかねーよ。碁に勝って自分の実力を証明しなくちゃいけない。」

「そうかもしれんな。」

「俺様が不安なのは、本当に大切な時に後悔のしない選択ができるかなんだ。」


 人は必ず過つ。アースはそれを痛いほどよく知っていた。今までしてきた失敗の数なんて数えきれないのだから。

 でも人には決して間違えてはいけない瞬間が存在して、それを外せばどれだけ普段が正しくても意味がなくなる。歴代の王がしてきたように、自分もそうできるのか。大勢の民の命を預けるに足る王となれるのだろうか。

 思い出すのは王選の出来事だ。もっと早くスカイの苦悩に気付いてやれば、もっと完璧な行動を取る事ができれば、もし自分が父上だったのなら――もしかしたら、犠牲はもっと少なかったかもしれない。


「……そこの階段を上れば、城の最上階だ。初代様はそこにいる。」


 ウィリスはそう言って螺旋階段を指さす。アースは頷いて螺旋階段の前に立つ。


「私はここまでだ。後はお前一人で行け。」


 なんとなくそんな気はしていた。だからアースは驚かなかった。


「ただ最後に、王ではなくお前の祖先として助言をしよう。」


 ウィリスは王である前に一人の人間である。王として、もしくは勇者として理想的な言葉を言うこともできる。ただそれは本心ではなくなってしまうし、ウィリスが本当に伝えたい事ではない。

 自分の子孫のために、少し公正ではない視点で、贔屓目で話したくなることだってウィリスにもある。もはやただの英霊でしかない今なら猶更だ。


「アース、お前ならできる。胸を張れ。」


 それは、何の根拠もない言葉である。しかし本当にウィリスはそう思っていた。


「私はお前の全てを見たわけではない。ただ、たった一日でこの王宮まで辿り着ける程の精神力と責任感の強さがあることはわかる。」


 彼は勇者だった。心の強さがどれだけ大事かはよく知っている。


「後は胸を張って戦うだけだ。」


 ウィリスはアースの胸を握り拳で小突いた。


「……まあ、心に留めておく。ありがとよ。」


 アースはそれだけ言って、階段に足をかけた。少し恥ずかしくて最後に振り返る気にはなれなかった。





 螺旋階段はかなり長く、そう簡単に果ては見えない。進んでいくと風が肌を撫でるのを感じた。更に進むと風の音が聞こえてくる。


 ――世界の歴史を辿れば、最終的に一人の人物に辿り着く。

 世界で初めての文明的な王にして、世界を大きく変えた英雄で、初めての魔王討伐を成し遂げた勇者。それこそが『人王(じんおう)』ピースフル・フォン・グレゼリオンである。

 グレゼリオンということは当然、アースの祖先にあたる人物だ。あまりにも昔過ぎて、ほぼ神話の中の人物である。


 そんな実在も怪しい伝説の英雄が、この階段の先にいるのだ。

 本当に会ってくれるのか。自分を帰してくれるのか。そんな不安と同時に、あの伝説の英雄に会えるという高揚感がアースの中にはあった。

 長い階段も永遠には続かない。気持ちが落ち着く頃には、階段の終わりがアースには見えていた。



 最上階は広くない。短い通路と一つの窓と扉があるだけの、伝説の英雄がいるとは思えない狭さだ。通じる道もこの螺旋階段だけで、見方を変えれば隔離されているようにも見える。

 探していた人物は直ぐそこにいた。開いた窓から、煌々と輝く月を眺めている。

 その黒い髪は闇夜に紛れて見えない程に暗く、頭の上にある黄金の冠がここにいる王の存在を主張していた。


「――楽しんでもらえたかい、英霊界は。」


 窓の外を見たまま男はそう言う。


「……悪い経験ではなかった、とだけ言っておくぜ。二度目は死ぬまで御免だ。」

「はは、そうか。確かに急な出来事であったしね。」


 アースが近付いていくと、男はアースの方に体を向けた。その髪と目は黒い。よく知られているグレゼリオン家の特徴とは大きく異なる。


「初めまして、僕はピースフル。君の名前を聞かせて欲しいな。」

「アースだ。アース・フォン・グレゼリオン。」

「アース……大地(アース)か。良い名前だ。君によく合っている。」


 その顔つきや話し方は、今までに会ってきた威厳のある英霊たちとは少し異なった。その王冠に目をつむりさえすれば、そこら辺の村で農業をやっていそうに見える。


「さて、アース。気になることが君にはいくつかあるはずだ。冥界を出て行く前に、3つだけどんな質問にも答えるよ。3つだけだから慎重にね。」


 気になることは当然3つ以上ある。急に絞れと言われてもそんなことは無理だ。


「何で3つだけなんだ?」

「おっと、それが1つ目の質問でいいかい?」

「いや、違う。そんなつもりじゃなかった。」


 かなり面倒くさい事にアースは気がつく。遊んでいるのか、それとも何か事情があるのか。ピースフルの人となりを知らないアースには判断しかねた。

 しかしこうなったからには真剣に質問の内容を考えなくてはならない。きっと生きている内に話すのはこれが最後だ。こんな機会を適当な質問で潰したくはない。


「……それじゃあ一つ目の質問だ。」

「うん、何だい?」

「俺様をここに連れて来たのは貴方だろう。違うか?」


 これは、半ば答え合わせのようなものである。

 漂白の浜にいた死神であるラケシスの反応からこれが前例のない事だとわかる。そしてピースフルはラケシスすら知らなかったアースの来訪を予知していた。

 これが偶然の出来事と考えるのは無理がある。ピースフルがアースを連れてきた、と考えればこの出来事は筋が通る。


「その通りだ。ああ、でも無理やり連れてきたわけじゃないよ。ちょっとわけがあってね。まあ……これぐらいは言ってもいいか。」


 少し頭をかいた後に再びピースフルは口を開く。


「君が持っていたあの赤い宝石は、僕の妻の蒐集品の一つでね。魂に干渉する類の攻撃を防ぐ力がある。といっても連続しては防げないんだけど。その時の反動で君の魂が少しだけ不安定になってしまった。片足だけ冥界に入っちゃったって感じかな。冥界に入れば少しだけ僕も干渉ができる。君の魂を安定させる意味でも、グレゼリオンのためにも、特別に君をここに連れてきた。」


 ピースフルはアースを指さす。


「君は、グレゼリオンの最後の王になるかもしれない。だから流石の僕も放ってはおけなかった。」

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