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幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜  作者: 霊鬼
第十四章〜『主人公』は駒を前に進める〜

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7.獣王

「……ふーむ、まあ事情はわかった。」


 ジョッキを傾けながらグラレリオンはそう言う。


「難儀なものだな、生者がこの英霊界に迷い込むとは。しかし残念だがオレは知らん。十大英雄なぞただの肩書きだ。この英霊界においてオレは住人の一人に過ぎん。」


 一つの目の頼りは外れた。アースは残念そうにため息を吐く。そして目の前にある酒を少しだけ飲んだ。


「それこそ、お前を連れて来た奴の方が知っていそうなものだがな。」

「知ってるのか、あの男のことを。連れて来てもらった身だが俺様は名前すら知らねーんだ。」

「そうか。であれば、オレからも言えないな!」


 グラレリオンは高笑いする。

 しかし検討がつかないわけでもない。2つ剣を使う英雄の中でも、『獣王』グラレリオンに認められるほどの人物。まず最初に思いつくのは二代目勇者にして十大英雄の一人、『勇王』ヴァザグレイだ。

 ただファルクラム家の始祖であるヴァザグレイは青い髪をしているはずなのだ。あの男は黒髪であったからそれには合致しない。黒髪の英雄で同じ十代英雄として有名なのは『英雄王』ジン・アルカッセルだが、彼は聖剣のみを使う一刀使いであったはずで2つの剣を持っている情報と合致しない。

 それに肖像画や写真が残っていない英雄は外見の情報が完全に失われている。例としては『騎士王』ディザスト、『天童』フィーノ、『自然王』キャラ、『童話作家』アンダー、『教祖』リルメル、『魔術王』シンスなどがいるだろう。勿論、それ以外にも多い。

 色々なことを加味すると『勇王』ヴァザグレイ、『天童』フィーノ、『騎士王』ディザストの辺りが怪しいがそれ以外の誰かかもしれない。どちらにせよアースは確信に至ることはできなかった。


「そこまで悩まずとも次に会った時に聞けば良かろう。一度会ったなら二度と会うこともあろうさ。」

「大して知りたいわけじゃねーんだけどな。なんだがむず痒いだけでよ。」

「まあわかるぞ。オレも女と酒を飲んだ後、名前を聞き忘れていたことに気付いた時はなんとも歯痒い思いをしたとも。」


 アースとしては英霊界から出たいだけだ。人の名前など知る必要はない。ないのだが、気になってしまうのが人というものである。それが歴史の教科書に出てくるような英雄であれば尚更だ。


「マスターは知らんか?」


 グラレリオンの視線は酒場のマスターに向く。その人物は酒を飲みながら接客をしているドワーフで、アースへの酒も酒を飲みながら出してくれていた。


「こんな英霊街の酒場にいる奴らなら、例え十大英雄とて大した話は知るまい。お主の友人に『魔術王』がいるじゃろう。紹介してやればどうじゃ?」

「ダメだダメだ。ついこの間喧嘩したばかりだから、逆にオレがいるせいで会えんだろうな。それにあいつの専門は魔導であって魂じゃない。生前からそこら辺の融通が利かない奴なのだ。」


 シンス・ヴィヴァーナ、魔導界の歴史を千年早めたとも言われる魔法使いだ。人嫌いで滅多に人前に現れず、適当に研究成果をばら撒いては消えてを繰り返していた謎の多い人物である。

 個人的にアースはとても会いたいとは思ったが、我慢して黙った。仮にも魔法学校の卒業者だ。知識だけなら賢神と遜色ないレベルを持っているからこそ、その偉大さは人一倍わかっている。


「わしの知り合いに詳しい奴はおらんじゃろうし……王宮に行くのはどうじゃ。会えるかはわからんがきっと何かしらは知っているじゃろう。」

「王宮?」

「ああ、知らんか。英霊界は主に五つの区域がある。人が寄り付かぬ昏冥街、信心深い奴らが集まる大聖堂、金持ちだった奴らが住む王宮、文明から離れられる郊外、そして庶民的な多くの英雄が集まるのが英霊街じゃ。」


 確かに街を歩いていると城や神殿のようなものがずっと見えていた。きっとそれが大聖堂や宮殿なのだろうと想像がつく。


「オレから言わせれば、王宮にいるのは頭でっかちの傲慢な奴らだがな。死後まで身を着飾って何の意味があると言うのだ。」


 グラレリオンは今はなきクライ獣王国の建国者である。王として思うことがあるようで気に入らなそうに酒を口に運ぶ。そして空になったジョッキを置き、その中にマスターは適当な酒を注ぐ。


「王宮に行きたいのなら簡単じゃ。遠くに見える城に向かって歩いて行けば良い。お主は身なりも綺麗じゃし目立たんじゃろう。」

「わかった、それじゃあ行ってみる。」


 アースは手元の酒を飲み干して立ち上がる。


「ご馳走になった。ありがとう。」

「いや、待て。」


 立ち去ろうとするアースをグラレリオンを止める。


「お前、そもそも英霊界から城に戻ってどうする?」


 そんな、酔いが覚めるような質問を投げかけた。


「どうするって、そりゃあ問題を解決して――」

「それはお前にどうにかできる問題なのか? 冷静に考えろ、お前は目の前で同じように眠りにつく人物を見たのだろう。被害を受けたのが数人だけ、なんていう楽観的な想像はまさかしておるまい。お前一人で元凶を打ち倒せるのか。オレとは違う、その貧弱な肉体で。」


 その言葉は、一理あった。だからアースは口を閉ざした。


「何をそう焦る。話を聞く限り、お前が戻ったところで大して変わりはあるまい。今からは夜だ。城の位置もわかりづらくなる。一晩休んでから行っても遅くはないはずだ。」


 荒々しい見た目とは裏腹にグラレリオンの言葉は筋が通っている。酒を飲んでいても思考がブレる様子はない。


「何故だ。理由を答えろ、アース・フォン・グレゼリオン。」


 グラレリオンは一人の王として、一人の王を見ていた。今は王でなくとも、いつかは王に至るその人物を。


「……俺様は、例え既に王国が滅んでいたって戻る。」


 何が起きているか、なんて事はもうアースからすればどうでもいい事である。


「俺はグレゼリオン。世界最古にして世界最大の王国の、新たな王だ。何が起ころうと俺の命はグレゼリオンと共にある。」


 それだけを言ってアースは酒場を後にする。扉が閉じる音が鳴って、酒場から人が一人減る。


「は、ハーハッハッハッハッハ!!!」


 グラレリオンは大きな笑い声をあげた。騒がしい酒場の中でもその笑い声は目立った。


「ご機嫌じゃな、そこまで気に入ったか?」

「当然だ、『鍛冶王』。お前も十大英雄ならばわかるだろう。あれは英雄だ。魔法が使えなくとも、剣を振れなくとも、アレは世界を救える。」


 そう言われて酒を飲みながら酒場のマスター、いや『鍛冶王』アラヴィーナ・アルファは目を細める。聖剣を生み出した英雄である彼であっても、アースがグラレリオンが思うほどの人物とは思わなかった。

 それを見てグラレリオンは更に笑う。


「ああ、そうか、わからぬか。お前は英雄であっても王ではなかったか。」

「わしはただの酒場のマスターじゃ。死んだ時に鍛冶も英雄も引退しとる。」

「ハハ、そういう事にしておいてやろう。」


 今日も穴蔵亭は騒がしい。ただいつもより、獅子の声はよく響いた。

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