新たな皇帝は何処へ
「嫌です。」
ティルーナはハッキリと物を言いたがる性格である。本心を隠したり秘密裏に何かを進めるのはむしろ苦手と言って良い。
だから今回もきっぱり断る。例え相手が自分より年下の、更には一国の王女であってもだ。
「だからそこを何とかよ、頼むぜ。見たら分かるだろ、王女なんてて私は向いてないんだ。」
必死に語りかけるのはテルムだ。
未だ後始末やら和平交渉やらで国内は大忙しだが、一応王城に戻れるぐらいには一段落ついた。だからティルーナに貸し与えられた一室まで来てテルムはお願いをしに来たのだ。
王女を辞めたいテルムにとってティルーナは救いの星のようなものだ。そう簡単に引くわけにはいかない。
「その点ティルーナは貴族の生まれだし、スラム街出身の私と違って由緒正しい家の人だ。七大騎士とかいう奴らもティルーナを慕ってるじゃないか。」
「私だって向いていませんよ。人の上に立つとかそういう性格ではないんです。」
テルムが必死になればなるほどさらりとティルーナは受け流す。
そもそも自分がやりたい事を人に押し付けたいだけで、テルムは大義名分が自分にあるとは思っていない。そんな感覚ではティルーナは説き伏せられない。
「私はそろそろオルゼイを離れるつもりです。王城に来たのはオルゼイ王に挨拶をしたかっただけです。いくらあなたの頼みでもこれは聞けません。」
「あ、ちょっと待ってくれよ。」
テルムの制止を振り切りティルーナは部屋の外へ向かう。ドアを開けると、その目の前に人がいた。いや厳密には人ではなく機械人間であるが。
機械的にお辞儀をして、その女性はティルーナに目を合わせる。メイド服を身に着けた彼女は、どうやらティルーナを待っていたようだ。
「自己紹介、私は軍用特殊機械人間03Θ。要望、シータと呼んでください。」
最初に会ったときは軍服を着ていたとティルーナは記憶していた。それぞれ忙しかったのでちゃんと話すのはこれが初めてで、どうして待たれているのかティルーナにはわからなかった。
「宣言、私はティルーナ様に仕えます。何なりとご命令を。」
そう言われた時、脳みそが揺れたような、そんな錯覚を味わう。
「ほらティルーナ、慕われてるって言ったろ?」
「黙っててください。頭が痛いんです。」
ただでさえ影の中に悪魔がいるのに、メイド服を着た機械人間を連れて歩きたくない。それがティルーナの本音だ。
何とか頭を回し、遠回しに断れないのか知恵を絞る。
「……えーと、私は皇帝になるつもりなんてないんです。仕えるのならオルゼイ王で良いと思いますよ。」
「拒否、その命令だけは聞けません。私の仕えるべき主君はオルゼイの皇帝だけです。断言、あのような偽物の王ではありません。」
取り敢えずの一言は駄目だったらしい。
後ろでテルムが「に、偽物の王……」と言いながら必死に笑いを堪えている。ティルーナはそれに気付かないフリをした。
「とにかく、そういうのは必要ありません。別のやり方を検討してみてください。」
「承諾、命令に従い代替案の検討を行います。」
「いえ、命令じゃ……まあいいや。頑張ってください。」
シータの横を通り城の廊下を歩いていく。テルムはツボに入ったのかまだ笑っていて、ティルーナを追いかけてこなかった。
ティルーナはオルゼイ王に挨拶だけして今日には城を出るつもりなのだ。こんな所で止まるわけにはいかなかった。
城の廊下を歩いていると大きな足音が聞こえてくる。城内で走る人なんて普通はいないのでその足音はよく目立って聞こえた。
その足音がこちらに近付くものだと気付くのは遅くなかった。
「星よ、その輝きで――いや、詠唱なんかしていたら間に合わないか!」
走っているのはシャウディヴィーアだ。神人という二つ名に相反するような全力疾走である。シャウディヴィーアは素早くティルーナの後ろに隠れる。背が高いので当然隠れきれていない。
「すまない、匿ってくれ。」
了承を聞く前にシャウディヴィーアは素早く魔法を使い、スーッと透明になって消えてしまった。しかし口ぶりからしてまだここにはいるらしい。
少し遅れてもう一人、廊下を走ってやってくる。シャウディヴィーアとは異なり一切足音を立てず、四足でティルーナの目の前までやってきた。
「ティルーナ様……シャウディヴィーア、いない?」
獣人の少女、ディーは立ち上がってティルーナにそう尋ねる。
「一体何があったんですか?」
「お金、返してもらってない。戦争落ち着くまで、待ってあげたのに。」
あまりにも庇いようのない理由である。あれほど戦争時では頼りになったシャウディヴィーアだったが、今ではとても情けないように見えてくる。
ティルーナもそういう事情であれば協力は惜しまない。
「さっきまでここにいましたよ。急に消えてしまいましたが。」
「……わかった、ありがとう。」
そう言ってディーはティルーナの横を通る。
そして、ティルーナの背後の辺りに手を伸ばして何かを掴んだ。それを引きずるようにして、来た道をディーは引き返し始める。
「おかげで見つかった。」
今まで魔力も気配も感じなかったシャウディヴィーアが、ディーに首を掴まれている状態で現れる。自分よりかなり小さい背丈のディーに引きずられている様は少し滑稽に見えた。
抵抗をしているがディーの手は強くシャウディヴィーアの首を握りしめていて逃さない。
「逃げないから、首を掴むのはやめてくれ! 流石の私でも苦しい!」
「本当? また嘘じゃない?」
「本当だとも。前回は……そう、つい驚いて逃げてしまっただけだ。」
ディーは首から手を離し、シャウディヴィーアはわざとらしく深呼吸をする。首を絞められた後でもへらへらしているので本当に苦しかったのかも疑わしい。
「ただ、生憎と持ち合わせがない。というか昔とは通貨も違う。どうやって返せばいいんだい?」
「金の価格、換算する。私、全部覚えてる。」
「でもなあ、私はこのために仕方なくホルト皇国の守護神を辞めて来たんだよ。稼ぎようがなあ……」
ディーはシャウディヴィーアを睨みつける。シャウディヴィーアは目を逸らして、観念したように項垂れた。
「2人は、これからどうするつもりなんですか?」
守護神を辞めた、という一言からつい気になって、ティルーナはそう尋ねた。
「シンヤ、探す。多分、シンヤが決める。」
「そうだね。ここはオルゼイ王国であってオルゼイ帝国じゃないからなあ。君がオルゼイ帝国を建て直してくれるんだったら、ここに残るのも選択肢の一つだったんだけど。」
どうやらこの国を出ていくらしい。
七大騎士は厄災に打ち勝つために数百年の時を超えて現代へやって来た。その本来の目的のために筆頭騎士であるシンヤ・カンザキを探すのは当然と言える。
オルゼイに残って、守ってくれるんじゃないかというティルーナの淡い期待は打ち砕かれた。自分だって出ていくのだから、他の人に残れなんてことは言えない。
「……もし私がオルゼイ帝国を建て直すなら、七大騎士はオルゼイに残るんですか?」
「私達はオルゼイ帝国の七大騎士だからね。それが主君となる君のお願いなら受け入れよう。」
隣でディーもこくりと頷く。
「ま、でもやりたくないんだろう? それならそれで良いんだ。私も気楽にやれる。落ち着けばホルト皇国に戻る予定だしね。」
そう言って二人は走って来た道を戻っていった。
目的地であるオルゼイ王の自室の前までティルーナは辿り着く。
そこには、もはや意外でもないが、ケラケルウスの姿があった。壁にもたれかかって誰かを待っているようだった。それが自分であることにティルーナは気付く。
「よう、嬢ちゃん。ここに来ると思ってたぜ。実はお願いが――」
「嫌ですよ。」
「……やっぱりか。」
七大騎士ほリーダーである筆頭騎士は不在だ。だからケラケルウスが代わりに代表者として動いていることは知っている。自分に皇帝になるように頼みに来るのは予想がついていた。
「ケラケルウスさん、あなたはいつから私がオルゼイ皇帝の末裔だと知っていたんですか?」
「それは最近のことだ。知ってて黙ってたわけじゃねえ。シャウディヴィーアに言われるまでそうとは欠片も思わなかった。」
そうだろう、とティルーナは思った。ケラケルウスとは短い付き合いだが平気で嘘をつくような人ではないと認識している。
しかし最初から知っていたならシャウディヴィーアは言ってくれればいいのに、とは思った。
「悪いな、こっちの事情で巻き込んじまって。これが最初で最後のお願いだ。もう頼んだりしない。」
そう言ってケラケルウスは道を開けるように部屋の扉から離れる。
ティルーナは直ぐに歩き出さなかった。皇帝になる、という意味を自分なりにティルーナは最近よく考える。メリットとデメリット、そして自分がどうなりたいのか。様々なものを天秤に乗せながら。
気持ちとしては依然、嫌であるという事に変わりない。確かに多くの人は救えるかもしれないが、その重責を背負えるとはとても思えないのだ。自分のような性格に人がついてくるとも思えない。自分が皇帝に相応しいとは一切思わない。
それでも、ただ自分ができないからと相手の意見を拒み続けるのは違う気がした。それだけがティルーナの心に引っかかり続けていた。
「皇帝になるという話なんですが……少し保留にさせてください。」
だからティルーナにはまだ考える時間が必要であった。
「いつか必ず答えを出します。もっと多くのものを見て、もっと多くの人を救って、もっと大切な人の下で働いて、それから結論を出したいんです。」
「嬢ちゃん……」
「皇帝になるかもしれません。ならないかもしれません。七大騎士の皆さんに迷惑をかけることはわかっています。それでも、お願いします。」
ティルーナは頭を下げた。
「……わかった。それじゃあ当分はオルゼイに残る。そのいつかが来たら、オルゼイに来てくれ。」
ケラケルウスはその場を歩いて去っていく。ティルーナは顔をあげて、その姿が見えなくなるまでケラケルウスを見ていた。
『心境の変化か、主人。』
「そうですね。一度ちゃんと向き合ってみようと思ったんです。自分の生まれと、自分のこれからに。」
ノックの音が響く。影の中から微かな笑い声が聞こえた気がした。




