50.処刑人との対峙
空から街へ雷鳥が落ちるのを見た。その間もヴァルトニアの攻勢は留まるところを知らず、むしろそれを好機と見たか勢いを増した。
特に目に留まるのは、戦場をまるで韋駄天のように駆ける男だ。飛び交う魔法を全て跳ね除け、たった一匹の馬に乗ったその体だけで進んでいる。
立ち向かう兵士もいるが、右手に持つ大槍でいとも簡単に薙ぎ払われる。他にも強力な兵士はいるが、そいつだけ規格が違った。
自然、それを相手するべきは俺なのだと察した。あいつだけはオルゼイの兵士には荷が重い。街の方も大変そうだが、ここを離れるわけにはいかない。
「『巨神炎剣』」
俺は炎の剣を構える。男は馬を止めるつもりはないらしい。むしろ一直線に俺へと向かってくる。
「――お前か、魔法使い。」
そんな声が微かに聞こえるのと同時に、馬の上から槍を叩きつけられる。それを剣で防ぎ、逆にドロリと槍を溶かした。
随分と安物の槍だ。それでもあれ程の強さを発揮したのだから、こいつの強さは本物みたいだ。
「ふん、簡単にはいかぬか。」
溶けた槍をそのまま俺に投げてくる。その槍は俺に届く前に結界で止まり、地面に落ちる。
馬を止めて男は馬から降りた。俺が暴れ回ったから近くに味方の兵士も敵の兵士もいない。この広い戦場において、俺はこいつと一騎打ちの形となる。
男の背は俺より10センチは高いだろう。筋骨隆々なその肉体も相まって、俺より一回り大きく見える。その太い腕で背負う鞘から剣を抜き出す。
「……帰れ。俺は戦いたくない。」
一応、先に勧告しておく。こいつは楽に倒せる相手じゃない。相手が俺と戦うのを避けてくれるなら、それが互いにとってマシな選択だ。
「これほど我が軍の兵を殺して回って、戦いを拒むつもりか?」
「殺してない。動けなくしただけだ。今直ぐそいつらを連れて帰ってくれ。」
「それ程までに余裕があるか。昨日、あそこまでの大魔法を連発しておきながら。」
構える剣は片手剣で、切っ先がないという点が特徴的な剣だ。それはまるで処刑人が使う剣のようである。
「……お前、『首切り』のムノンだな。」
相手は笑う。それが答えだった。
ヴァダーから事前に敵の警戒すべき実力者として聞かされていた。ヴァルトニア軍の前線総指揮であり、気に食わない味方の首を刎ねることでその二つ名を轟かせた男。
「大将がどうして前線に出てくる。お前にとってこれは勝ち戦のはずだ。わざわざ俺の前に姿を晒す必要があるのか?」
それとも俺に勝てると侮っているのか。そうだったら都合がいいが、この男の面はそんなものには見えない。
「そう難しい話ではない。俺は勝ちを確信した、それだけだ。」
一歩ずつムノンは俺に近付く。その表情から真意を読み取るは俺にはできない。
魔物が街に突っ込んでいくのを確認したからか? いや、それは有利になった程度だろう。勝ちを確信するほどのものではない。少なくとも俺の前に顔を出す理由にはならない。
確実に俺に勝てる方法を思いついたのか? それこそありえない。俺は冠位だ、いくら魔力が減っていても簡単に負けはしない。
「面白い策だ。女王陛下を人質に取るなど、普通は思いつかん。」
情報が、漏れてる? 可能性は否定できない。オルゼイに内通者がいて、こちらの行動が筒抜けであるかもしれない。
それでもこっちを攻め込んでくるということは、もしかして人質作戦は失敗したのか? いや、待て。それなら余計にゆっくりやれば勝てる。ムノンが出てくる理由がわからない。
「だから女王陛下の首を刎ねるのだ。そのために、俺は最前線に来た。」
――は?
その唖然に取られた思考の空白をつくように、一足でムノンは距離を詰める。剣は躊躇いなく俺の首へと走る。
それまで一瞬である。首の皮が切れ、痛みを知らせる信号が走る前に、ほぼ反射的に俺は後ろへ飛び退いた。首からは血が流れる。深くはないので回復魔法で止血だけする。
ここでやっと、俺は相手の話術に乗せられたことを理解した。俺の反応を遅らせるために話していたのだと。
「避けたか! 期待以上だぞ、魔法使い!」
こいつは正々堂々とした戦いをするつもりはない。自分の持てる能力の全てで俺を殺しに来ている。
一対一をやるのかと思っていたが、こうなればそれすら怪しい。なにせ人質に取られた自国の王の首を刎ねようとする奴だ。常識が通用するようには思えない。
興奮した様子で、満面の笑みを浮かべながらその片手剣を振るう様は正に狂戦士のようで、それでいて冷酷に相手を殺しにくる姿は暗殺者のようであった。
「首を刎ねてやろう。オルゼイを滅ぼそう。俺は女王を失ったヴァルトニアに、仇を取った英雄として凱旋する。」
魔力は無駄遣いできない。昨日の大魔法からの今日の交戦でかなり減らしている。いつもより更に繊細で、無駄のない魔法が俺には求められる。
勿論、純粋な自分の能力だけを使った一対一なら勝てる自信がある。しかし相手がどんな卑怯な手でも使ってくるかわからない。俺はそれに対応できるよう余裕を持った状態で戦わなくてはならない。
「そうすれば俺は名も無き組織と組み、永遠に戦い続けられる!」
「イカれてるな、お前!」
剣が正面から交差する。さっきの槍とは違って溶かせない。丈夫な剣である証拠だ。
「己が知力、腕力、精神力の全てを使うのが戦争だ! これ以上に心躍るものはない!」
剣から左手を離し、その手を俺に向ける。その手は一瞬で魔力を魔法に変え、この場に発現させる。
「『爆発』」
俺の顔を飲み込むようにムノンの手のひらから爆炎が放たれる。
それを無視して、俺は両手に力を入れてムノンの体を吹き飛ばす。一度地面を転がるが上手く受け身をとって再び俺に剣を向けてきた。
「……あっつ。」
俺は頭についた火を魔力をぶつけて直ぐに消す。いくら頭部を狙われても闘気でちゃんと守って、それから直ぐに消化すれば大した怪我にはならない。
加えて、相手の魔法も大したものじゃなかった。恐らくあの左腕は義手で、その義手によって発動したものだろう。魔法の発動を義手に頼り切っていたことから、魔法は得意でないことは想像がつく。
しかし厄介だ。弱い魔法も、あのレベルの剣術と併せて使われれば脅威となり得る。俺は本職の剣士ほど体は頑丈でないし力も弱い。剣にばかり気を取られれば魔法でジリジリと削られてしまうだろう。
ここにきて昨日に魔力を消耗していたことが痛手となる。魔力が十分あれば力技で倒すこともできただろうに。
それにこいつを倒せても魔力を使い切るとなあ、敵の雑魚相手にも正直勝てる気はしない。撤退用の魔力は残しとかないと危険だ。
「『神話――」
意を決してスキルを使おうとした時のことである。背後、つまりテュルパンの方から光が飛んだ。その後に遅れて耳を劈くような高い音が響き渡った。
それが何であるかを俺が理解する前に、ムノンは一歩前に踏み出す。
「切断刑。」
俺の左手はほんの一瞬で落とされた。
闘気や魔力的な防御全てを貫通し、いとも簡単にだ。俺は炎の剣を相手に投げつけながら大きく後ろに距離を取る。ついでに左手も回収して。
「間合いに入って気を緩めるとは、負けたいらしいな。」
……テュルパンのことを考える余裕はなさそうである。街にいるみんなのことを信じて、俺は目の前の敵に集中しよう。




