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幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜  作者: 霊鬼
第十三章〜聖剣の担い手は闇の中でこそ輝く〜

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49.聖剣の担い手

 空から落ちる雷鳥、その黒い羽は空を覆う天蓋のようだ。誰もが理解するだろう。あの雷鳥が地面まで落ちた時、その時がオルゼイの最後なのだと。

 雷鳥は自らの命と引き換えに勝利をもたらす。人質なんてものが効果を発揮する前に、戦争はオルゼイの惨敗という形で終焉を迎えることだろう。


「時間を、稼げばいいんだな。」


 ただ、空は雷鳥だけのものではない。この国にはまだ、諦めの悪い奴がいる。

 どれだけ心が折れても、どれだけ凄惨な光景を見ても、テルムは立ち上がれる。そこに希望があるのなら、自分の手で掴める自由があるのなら絶対に彼女は掴んでみせる。

 だからこそテルムは浮遊属性を選んだ。自由へ憧れ、空に手を伸ばした彼女だからこそ、どんなものだって受け入れられる。どんなものだって否定してみせる。


「『遥か彼方の大空へ(オールノット)』」


 ()()()、否定する。

 高速で滑空していたそれは急に勢いを失い、大きく減速する。ただ停止はしない。それがテルムの限界と言える。必死に汗水を垂らし、呼吸を忘れるほどに集中していても落下する雷鳥を数秒遅らせるだけ。


「私だって、負けてえわけじゃねえんだよ、クソが……!」


 口を悪くしないと耐えられないぐらいに苦しい。正直言って今直ぐに諦めてしまいたい。ただそんな欲望に打ち勝つほど、彼女は勝利を渇望する。いつの世も、自由を手にするのは勝者であるからだ。


「『牢獄星(ハダル)』」


 昼白色の光が空を走る。それは格子状に無数に連なり、まるで網のようになって落ちゆく雷鳥を受け止めた。

 シャウディヴィーアは空に浮かぶテルムの隣まで降りてくる。


「ありがとう、おかげで間に合った。」

「……これ、止まったのか?」

「いや、詠唱破棄じゃ大した拘束力はない。確実に捕まえて排除するにはもう一度魔法を展開し直さないといけないね。」


 できればここで倒したいところだが、余波で街が吹き飛ぶ可能性がある。それなら兎に角、街から離れた場所に移動させた方が良いとシャウディヴィーアは判断した。


「そのスキル、どれくらいもちそうかな? できれば補助してくれれば――」

「いや、もう、限界……」


 テルムが空中で意識を失った。そのまま落ちそうになるところを何とかシャウディヴィーアが掴む。当然、雷鳥はテルムのスキルから逃れる。

 魔法の上で雷鳥は身をよじり暴れ回る。テルムの協力がない分、シャウディヴィーアの負担は増した。糸の数を増やし体を縛りつけるが動きを停止させるには至らない。光の糸を継ぎ足していく度に古い糸が折れ、少しでも気を抜けば雷鳥は地面に落ちていくだろう。

 このままではイタチごっこだ。このままでは魔法に集中するシャウディヴィーアが他の魔法を使うことはできず、互いに消耗し合うだけだ。


『聞こえますか! 一体何が起きたのですか!』


 テルムの懐から声が鳴る。それはヴァダーの声で、通信の魔道具から鳴っていることを察せられる。シャウディヴィーアはテルムの懐から通信の魔道具を取り出して手に持つ。


「悪い、私の失態だ。私が相手をしていた魔物が街に突っ込んでいってしまった。何とか今は拘束して止めてはいるが、できれば協力して欲しい。」

『……姫様はご無事ですか?』

「スキルでの負荷で気絶はしているけれど、無事だ。君たちの姫様はガッツがあるね。」


 口ぶりは余裕そうだが、シャウディヴィーアの額には汗が滲む。いくら半神とはいえ、半分は人だ。起こせる奇跡や魔法には限界がある。

 そこらの家より大きい鳥を持ち上げながら、それを倒すなんてことは簡単じゃない。周りへの被害を全て無視して戦っていいのなら話は別だが。


「君、あれを落とせるかい?」

『手傷を負わせるぐらいなら可能ですが……仕留め切れるかは怪しいかと。』


 ヴァダーも分かってはいるが、それでは不十分だ。この状況ではシャウディヴィーアが援護に回るのは難しい。つまりほぼ独力で、無力化されているわけでも何でもない雷鳥を倒さなくてはならない。

 加えて街に被害を出さないように、短期決戦が求められる。ヴァダーの強みはスキル『自動回復(オートリバイヴ)』による継続戦闘力だ。決してヴァダーが弱いわけではないが、この状況とは一致しない。


「今からシータを呼び戻しても間に合わないよなあ。さて、どうしたものか。」


 例え間に合ったとしても、できればシータを下がらせるのは避けたい。昨日の魔力の消費量が多いアルスとは異なり、完全な本調子でシータは戦えている。前線が維持できているのはシータの驚異的な範囲火力があるからだ。

 街を救えてもシータがいないせいで敵軍に突入されては意味がない。

 そうなると街の中にいる戦力だけで対応したいが、主戦力は当然ながら街の外にいる。この数と質では全員で立ち向かっても被害なく雷鳥を倒すことは不可能だろう。


『……かなり時間が経ちましたが、ティルーナ様から連絡はありましたか?』

「ああ、あった。あっちは上手くやったようだ。これが片付けば直ぐに私がここに転移させる。」


 少しの間、沈黙が響く。息を吸ってヴァダーが話す。


『それなら、私にもできることがあるかもしれません。これが最後となるのなら、私が無事である必要はない。』

「死ぬ気かい?」

『死にはしません。ただ動けなくなるだろうと、そう思うだけです。』


 シャウディヴィーアは驚きもしないし、その決死の覚悟を止めもしない。かつてのオルゼイで何度も見たものだ。

 帝国のためにその命を捧げ、英雄となり消えていく戦士達の姿を幻視する。彼らも死ぬつもりはなかった。自分のできる最大限をした結果、それが死につながってしまっただけで。

 それも含めて人の美しさだ。人がせめて最期を美しく象ろうとするのを悪いとは思わない。


「わかった。準備ができたら教えてくれ。私も最大限の支援をしよう。」

『……ありがとうございます。』


 シャウディヴィーアは視線を雷鳥へ向ける。

 黒き体の、雷雲が如き鳥。空を飛ぶだけで大地を焦がし、天候すらも変える厄災級の魔物だ。その強さはおおよそ二時間、シャウディヴィーアが無理をしてまで倒そうとしなかったという事実が証明している。


「筆頭、君がいてくれればな。」


 そうぼやく声は、風に呑まれて消えていく。






 空には白い糸に止められる雷鳥の姿がある。その周囲は強い風が吹き、稲妻が鋭く走っている。その下からは魔物から逃れるために兵士が逃げていく。

 しかし反対に、向かう者もいた。迫り来る厄災に立ち向かおうとする者がいた。


『行っていいわよ。あなたが必要な時があるとするなら、これ以上のタイミングはないでしょう?』


 自分を送り出してくれたフィルラーナの声を思い出す。

 最初からずっとそうだ。フィルラーナは自分に期待してくれている。それがどうしてだとか、その資格に自分にあるかどうかはまだわからない。

 それでも正しいことが何なのかぐらいはわかっている。それは世界を跨いでも変わらない、より種が繁栄するための不文律だ。


「――私にもできることがあるかもしれません。」


 向かう途中で声が聞こえた。それは知っている声だ。


「これが最後となるのなら、私が無事である必要はない。」

『死ぬ気かい?』

「死にはしません。ただ動けなくなるだろうと、そう思うだけです。」


 彼は、覚悟を決めた声をしていた。


『わかった。準備ができたら教えてくれ。私も最大限の支援をしよう。』

「……ありがとうございます。」


 魔道具での通信をやめ、彼はその視線の先をあの雷鳥に定める。どんな思いでそれを見ているのだろうか、そう考えたところで足を止める。


「ヴァダーさん、行くんスか。」


 どこへ、なんて言う必要はない。ヴァダーは振り向く。


「ヒカリさんですか。ここは危険です、直ぐに逃げてください。ご安心を、必ず私が仕留めてみせましょう。」

「自分の命と引き換えに、ッスか?」

「……おや、聞かれていましたか。そんなつもりはありませんよ。結果的に、死ぬことがあるかもしれまんせんが。」


 それは死ぬつもりというのと同義だ。

 思えばオルゼイに初めて来たときからそうだ。ヴァダーは自分の命よりも、国を守るために全力を注いでいる。無私で公平公正、人の心だって思いやれる。それは究極の自己犠牲と言えるだろう。


「ヴァダーさんが、そこまで命をかけるのは何でですか?」

「私は陛下に拾われた身ですから……というのが理想的な騎士としての回答ですかね。昔は、初めてヒカリさんに会った頃まではそうでした。」


 最初は恩返しのためだ。国のために努力し、周りから自分の存在が認められていくのは楽しかった。何より生きる目的となった。


「今は少し違います。大恩のある陛下がいて、自分を慕う可愛い部下がいて、気の良い街の人々がいて、騎士としてお守りしたい主君がいる。私はこの国が好きなんです。移り住んだら命は助かるかもしれません。ただ、私が好きなこの国は永遠に消えてしまう。それが、耐えられないのです。」


 人には言ったことがないことだった。それでもヒカリに話したのは、ヴァダー自身死ぬ予感がしていたからだろう。死ぬ前に自分の言葉を残しておきたい、そんな私的な欲望がヴァダーにもあった。

 それを聞いて、いや聞いたからこそ、ヒカリは一歩前に出る。


「素敵なことッスね。」

「いいえ、騎士としてはあるまじき、情けない話です。」


 情けないなどど思うものか。大切なものを失うのが怖いのは、誰だって同じだ。それがあるからこそ人は強くなる。


「……情けなくなんてないッスよ。私なんか、目の前で人が死ぬのが耐えられないから、っていう理由だけでここまで来たんスから。」


 ヒカリはもう自分が間違っているなんて思わない。自分の生き方はもう決めた。後は必要な時に刃を引き抜くだけなのだ。


「だから私にも、この国を救わせてはくれませんか。」


 聖剣の担い手は今、ここにいる。彼女は『勇者』ヒカリ、あらゆる魔の天敵である。

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