46.ヴァルトニア城侵入
ティルーナが打ち出した策は、味方になんとか耐えてもらってヴァルトニアの女王を捕まえるというシンプルなものだ。
当然、問題点はいくつもある。というか問題だらけだ。それを全てではないが解決できたからこそ、この大胆な作戦を実行することが決まった。
一つ目の問題点は、どうやって短期間で遠いヴァルトニアの王都へ目立つことなく移動できるか。それはシャウディヴィーアが解決した。『双星』という魔法により、あらゆる魔力的、物理的な影響を与えることなく転移をすることが可能なのだ。
アルス曰く、これはもうほぼ魔法ではないらしい。理論上は魔法であるがスキルや権能に近い効力を発揮している。神から大きな加護を受けなければ人類種には使うことすら許されない魔法、というのがアルスの見解だ。
二つ目の問題はどうやって国王がいるであろう城内に侵入するのか、だ。
王城の警備は厳重だ。入ることはおろか近付くことすら許されておらず、常に兵による見張りがある。加えて早朝とはいえ、日中に忍び込むのは難易度が高くなる。
だからこそ数は絞る必要があった。ここにいるのは三人と一柱。その一柱は影に潜んでいるので人数的にはたった三人である。
王城近くの目立たないような道の端で三人は話し合う事となった。
ここにいるのは七大騎士のケラケルウスとディー・ヴァイド、そしてティルーナの三人だ。勿論、サブナックも影の中にいる。
ティルーナがいく場所にサブナックはついてくる。それを逆手に取り、ティルーナが直接向かうことによってサブナックを連れてきたのだ。
危険ではあるが、ティルーナも弱くはない。それよりもサブナックを作戦に使えるということの方をティルーナは重視した。
「あらためて、自己紹介。」
辿々しい口調で150センチ程度の背丈の少女が話し始める。頭にはネコ科動物の耳がついており、お尻からは尻尾が伸びている。彼女は今では珍しい獣人種であった。
「第六騎士団団長ディー・ヴァイド。斥候、侵入、暗殺、任せて。」
ディーは軽く頭を下げる。腕も足も細く、とても戦えるようには見えない体だ。彼女が七大騎士であることを知らなければ、子供であると勘違いしただろう。
『数百年も経てば姿が変わると思ったが……何も変わらんな。ケラケルウスが少し老けた程度か。』
ティルーナの影の中から皮肉混じりの声が飛ぶ。
サブナックの口ぶりから察するに昔からディーの姿は変わっていないようだ。というか獣人種の寿命はそこまで長くないはずなので、何らかの方法を使って時をこえたのは間違いない。
「ディーは目覚めたばかりだからな。俺とシータで頑張って見つけんだぜ?」
『それは御苦労なことだ。できれば筆頭騎士を先に見つけてくれれば、ここまで苦労せずに済んだがな。』
「俺だってそうは思うが、仕方ねえだろ。見つかりにくい場所にいる大将がわりい。」
筆頭騎士、つまりはオルゼイ帝国第七騎士団団長シンヤ・カンザキのことだ。歴代のオルゼイ帝国の騎士の中でも最強と呼ばれ、邪神の討伐にも大きく貢献した英雄である。
それを軽く呼び合う光景を見て、ティルーナは今更ながらとんでもない状況下にいることを再認識した。加えて自分がオルゼイ皇帝の末裔ということも思い出して少し頭が痛くなった。
「……無駄話はそこまでで。これからどうやって忍び込むかを考えます。」
ここからはアドリブだ。綿密な作戦なんてないし、立てる時間もなかった。どれほどの警備がいてどれほどの対策があるのかはここに来なくてはわからない。
「理想は誰にも気付かれず侵入して目的を果たすことですが、できると思いますか?」
ティルーナの視線はディーの方に向く。
「できない。昔、もっと魔道具、出来が悪かった。対応する技術、私、持ってない。」
『同感だな。気付かれずに中に入ることは不可能だ。ローランスより何倍も優れた防衛設備が張り巡らされている。』
ディーとサブナックはそう答えた。
オルゼイ帝国が存在した頃ならば、きっとディーが対抗策を講じることができただろう。ただ数百年という時間はディーの知識を時代遅れにさせた。
「……それでも、方法、ある。」
ただ、経験はある。
「システム、騙せなくても、人は必ず間違える。」
「……というと、それは?」
「陽動。一人、敵を引きつける、その間に三人入る。これ、一番早い。」
一番早い、というのは実行に時間をかけられない状況を顧みてのものだろう。確かにそれなら早い、というか時間をかけられないから早くなる。
しかし強引なやり方だ。敵を引きつける側が怪しまれないぐらい、上手く耐える必要がある。しかもこの人数なのだから余計に難しい。
「どうせ気付かれずに入れない。それなら敵、分断させたい。」
どうせバレるのなら、それを利用する方が建設的というのがディーの考えだ。時間がないのだからゆっくり攻略していく時間もない。
「陽動は俺の役目だな。どっちにしろ潜入なんて性に合わないと思ってたんだ。」
ケラケルウスが陽動役に名乗りを上げる。彼ほど強ければ時間を稼ぐのも難しくないだろうし、敵も必ず無視できない。
決して安全とはいえないが、危険なのはここにいる全員が承知していることである。
「俺が適当な場所から無理矢理侵入して、敵の注意を集める。その内にディー、サブナック、嬢ちゃんの三人で国王を誘拐する。それでいいな?」
そのケラケルウスの確認にそれぞれが頷く。
『終われば私が回収してやろう。心置きなく戦うといい。』
「ありがとよ、サブナック。お前なら信頼できる。」
ティルーナはそれぞれが何をできるのかを詳しく知らない。だから細かい作戦はもとより自分で決めるつもりはなかった。
それでも成功する可能性があると考えたのは、サブナックがいるからだ。サブナックからだけはその能力のほとんどを事前に聞いている。
それを聞いてできると判断した。サブナックもできないとまでは明言しなかった。それが答えだ。
『制限時間は日が頭上に昇るまで。それ以上の時間がかかるなら、私は全員を連れて撤退する。問題ないな、主人。』
「ええ、時間をかけるつもりはありませんし。」
後の懸念は、こちらの想定を上回るほどの実力者が相手にいる可能性と、こちら側が大きなミスをしてしまう可能性だけだ。
時間帯としては夜が明けて直ぐだ。警戒度としてはそれほど高くない時間である。
それでも城の壁に近付く者がいれば、当然目に入る。壁に近付くケラケルウスへと衛兵が槍を持って近付いてくる。
「そこで止まれ。」
声をかけてもケラケルウスは足を止めない。衛兵が槍を向けても、それに臆すことなく正面から近付く。
「悪いな、お前は運が悪かった。」
ケラケルウスは槍の刃を掴む。皮が切れ、血が流れるがそれは致命傷には至らない。それがこの兵士の限界であった。
そのまま力を込め、槍を掴む兵士ごと振り回す。
「は――?」
何が起こっているのか理解する間もなくその体は宙を舞い、地面へと大きな音を立てて叩きつけられた。
ケラケルウスは何事もなかったかのように、そのまま城壁の目の前に立つ。人が集まってくる気配を感じるが、それも作戦通りだ。このまま人を集めざるをえない状況を作るだけでいい。
「来い、ブリオン。」
遥か遠くの空の彼方から、ケラケルウスの手まで戦斧が飛んでくる。それをしっかりと掴み、後ろに大きく振りかぶった。
目の前の城壁は魔力的にも物理的にも強固な作りとなっている。簡単な魔法では傷一つつかないだろう。
「『崩壊付与』」
――しかしそれは、ケラケルウスには一切関係ないことだ。
まるでバターでも切るように、スルリと斧は城壁に突き刺さり、積み木が崩れるように簡単に崩壊した。
瓦礫の上を通って堂々と、ケラケルウスは城内への侵入を果たした。
「さあて、暴れるか!」
集まってくるヴァルトニアの兵を見ながら、自分を鼓舞するようにケラケルウスは叫んだ。




