45.勝利のための耐久戦
朝日が上る。地平線の向こうから少しずつ世界を照らしていき、足元が見えなかったような暗闇は嘘のように消えていく。
戦いの時は来た。テュルパンからは敵の姿が見え始める。
狼の魔物、異形のキメラ、空を飛ぶワイバーン。無数の魔物たちは先導するように戦場を駆ける。その後ろからヴァルトニア軍が迫り来るのが見えた。
魔物も軍も、どちらも厄介な敵が同時に攻め込んで来ている。アルスの魔力状況は良好とは決して言えない。昨日の夜と同じような時間稼ぎはできないだろう。
「……気乗りしないわ。」
宿の一階、椅子に座りながらフィルラーナはそう呟く。
「私たちが耐え切れるのかもわからない。向こう側が仕留め切れるとも限らない。こんなもの策とは呼べない、博打をするようなものね。」
しかしその作戦を受け入れた以上、フィルラーナもそれより優れた代替案を思いつかなかったというわけだ。気乗りがしないというだけで、反対をしているわけではない。
そもそも負けている状況で、ノーリスクで勝てるなんてあり得ない。博打を打つしかないというのはフィルラーナも理解している。
「私、ここにいていいんスか?」
「あなたは基本的に私の護衛よ。必要な時までここで待機。」
ヒカリの質問にフィルラーナは直ぐに答える。ヒカリは決して弱くないが、その能力は安定性に欠ける。それを考慮してのものだった。
「……やっぱりフィルラーナさんは落ち着いてるッスね。」
「最悪、アルスが私たちを連れて逃げ出してくれるから。他の兵士と違って、私たちは命懸けじゃないわ。」
「そうかもしれないッスけど、ここに大軍が迫って来てるんスよ。普通は怖くないッスか。」
確かに、フィルラーナは今朝から軽い頭痛がしている。ここが決して安全な場所ではないと運命神が警笛を鳴らしている証拠だ。
それでも怖くはない。安全が確保されているのもあるが、この程度ならフィルラーナにとっては怖いうちには入らない。それだけの理由だ。
「気になるなら外で見て来てもいいわよ。直ぐに戻れる距離なら、ここを離れても構わないわ。」
「私、行ってくるッス!」
その言葉を待っていたかのように、ヒカリは宿を飛び出して行った。宿に残るのはフィルラーナ一人だけだ。
ヒカリが出てから少し経った頃に、地面が大きく揺れた。それは地震などではない。人によって起こされた超常現象だ。フィルラーナは変わらず椅子の上で顔色一つ変えずに座っている。
宿を出ることはない。むしろ顔を出して狙われる方が面倒だ。それは今回の魔界での一件で思い知った。
「……まったくどっちが化け物か、わかったもんじゃないわ。」
今、空に浮かんでいる味方に向けてそう言った。
遥か上空、それこそ雲の上。ワイバーンが飛ぶ高度よりさらに上の場所にシャウディヴィーアはいた。
オルゼイ帝国第三騎士団団長。神の子にして最も神秘に近い人。星々の寵愛を受ける者。ホルト皇国の守護神。どれも彼を示す言葉であって、そのどれもが彼にとって重要ではない。
彼は人の美しさを見出しただけ。その過程で様々な異名がついていった。今回もそうだ。シャウディヴィーアはティルーナの美しさを認めた。だから作戦に協力した。
シャウディヴィーアの役割は二つ。皇帝の元に仲間を送り届けることと、敵の足止めを果たすこと。
前者は既に終えた。後は後者だ。地上を見れば自分の仲間である機械人間が体を変形させ、敵の魔物を魔力の砲撃で射抜いている。アルスも高速で飛び回って次々と敵を無力化させているのが見える。
どちらも強力だが、敵の数に比べると局所的な活躍だ。10秒に1体を倒せても、一日に倒せる数は8640体。魔物を合わせて100万近くにも及ぶ敵軍を打ち倒すことはできない。
「幾万の星よ、我が名において敵を葬り去れ」
シャウディヴィーアの頭上に巨大な魔法陣が浮かび上がる。これは彼が描いているわけではない。詠唱に呼応するように、魔力の線はひとりでに紡がれる。
「『滅亡星』」
巨大な魔法陣が溶け出すように、数え切れないほどの光の星へと変わっていく。一撃一撃は弱く脅威とならなくとも、それが数千数万にもなるなら――?
まるで流星群のように光は群れをなして地上へ落ちる。この常識外の高度から放たれる魔法を地上にいる存在は察知できない。
気付いた頃にはもう遅い。足の遅い者は逃げられず、そうでなくても退却を強いられる。威力は低くともこれだけの数が降れば戦闘継続は困難となるだろう。
「まあ、耐えるのは不可能ではなさそうだ。しかしあちら側が無事なのかが心配だな。」
シャウディヴィーアは転移の魔法で敵の膝下に仲間を送り出した。逆にそれ以外は何もしていないし、それから先の安全も保証できない。
ただ、考えるのは止めることにした。考えても結果は変わらないし、帰る味方を転移で戻すのもシャウディヴィーアの仕事だ。ここで敗れることがあっては、仲間が敵国に取り残されることになる。
「それに、これをしくじれば本当にディーに殺されてしまう。まったく、数百年前の借金をまだ気にしてるなんて……」
色々と私情が挟まっているようだが、やる気があるのは間違いない。
むしろ少しぐらい個人的な話が絡んだ方が良いかもしれない。そちらの方がより当事者意識が生まれるし、敵を目の前にしても奮い立つことができる。
「久しぶりだな、戦うのは。カリティと戦って以来か。」
大魔法を使ったのだ。敵がそれを野放しにすることはない。特に今は、空を駆けるのに適した魔物がいる。
今回の戦争のために用意した魔王軍の切り札、四枚の翼を大きく広げ、嘶きをあげながらシャウディヴィーアに迫る。それは黒い体と相まって飛び回る雷雲のようだった。
雷鳥は鋭いクチバシを前にして高速で飛翔する。しかし衝突の寸前に、2つの間に光が生じた。それが壁のようになって雷鳥は動きを止める。
「サンダーバードの上位種かな。魔王軍とやらは随分と気前がいいらしい。」
現れる場所によっては、数百人規模の討伐隊が組まれるほどの難敵だ。これを惜しみなく使ってくるということは、よほど魔王軍は本気なのか、それともこのぐらいの魔物なら腐るほどいるのか。
どちらにせよ厄介極まりない。倒すのも一筋縄にはいかないだろう。
「ゆっくり時間を稼がせてもらおう。私の役目は敵の足止めだけだからな。」
だから無理に倒す必要はない。地上のことも様子を見ながら、こいつを適当に相手すればいい。
「――ああ、人々を照らす星神よ。戦うものに祝福を、死にゆく者に救済を。どうか今度こそ、オルゼイに救いが訪れますように。」
敵を前にしながらもシャウディヴィーアは祈りを捧げる。数百年前、邪神によってオルゼイ帝国が滅ぼされたことを昨日のように覚えている。
彼は神であると同時に人だ。未来はわからないし、何度も失敗をするし、その度に成長もする。
「ついでに、私にも幸運が訪れることを願って欲しいな。」
だからこそ祈るのだ。頼るわけではなく、上手く行く先を導いてもらうために。
それだけしてもらえれば、人は自分の足で歩いていける。必要なのはほんのちょっとの勇気と、苦しみに打ち勝つ覚悟だけだ。




