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幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜  作者: 霊鬼
第十二章〜全てを失っても夢想を手に〜

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49.戴冠式

 賢者の塔第5階、そこは元々実験場であった。開発局と同じように仕切りなどはなく、1階層をまるまる使った実験がしたい場合に使われる場所だったのだ。

 その役割は今もあるが、今では式典に使われる事の方が多い場所である。まあ、他に場所がないから、なんていう消去法であるのだが。


「――お、やッと始まりやがッたか。」


 会場のとある席で大量の酒を飲むドワーフが一人。彼の周りには誰も近付かない。彼は壇上を眺めながら更に酒を飲む。

 そんなテーブルに一人の人間がやって来る。


「ここに座っても構わないかね、イスト殿。」

「オォ、いいぜェ。第六席、いや今は第五席かァ?」


 冠位魔導刻印科(ロード・オブ・コード)にして最高の職人である証明、鍛冶王の称号を賜る男。それこそがそのドワーフの正体だった。

 対面に座ったのは冠位魔導生活科(ロード・オブ・ライフ)のアルドールである。冠位二人が揃ったせいで注目を引くが、余計に人は離れていく。


「珍しいなァ、第五席がここにるなんてよォ。」

「……そうだな。流石に新たな冠位が誕生するとなれば、グレゼリオンとしても目を離せない。どちらにせよ招集はされていたのだから、私が行くことになったのだ。」

「めんどくせえこッた。俺ァそんな縛られた生活続けてたら死んじまうぜ。」


 そう言ってまたイストは酒を飲む。ここだけやたら酒臭い。それもここに人が寄り付かない理由の一つである。

 アルドールは懐から酒瓶を取り出し、それを机の上に置いた。


「お、テメエも飲むのか?」

「私は仕事中には飲まん。それが規則だからな。これは貴殿への挨拶の品だ。」

「相変わらず堅苦しいなァ。これはありがたくもらッとくけどよ。」


 イストはテーブルの上のナイフで注ぎ口を切断し、そこから口の中へ酒を流し込んだ。






「はぁ……くだらん。やはり来なければ良かったか。」


 会場の端の端、主役がいるはずの壇上が見えないほど遠い場所にハーヴァーンは陣取っていた。彼の契約しているコティマスカは隣でミルクを飲んでいて、見目麗しい人魚は水槽の中に浸かりながら楽しそうに辺りを眺めていた。


「アローニアの奴も来ていないのだし、俺が来てやる道理もなかった。」

「でもでもご主人、人魚姫ちゃんは喜んでるよ。それにここにいる人達も楽しそう。」

「他人がどうであろうと俺は関係ない。」


 ハーヴァーンが冠位魔導生命科(ロード・オブ・ソウル)となったのはほんの数年前、しかも40を過ぎた後だ。18歳が冠位になるなんてのは腹立たしいし、それがウァクラートの血族である事も気に入らない。

 それでも式典に足を運んだのは彼の変な真面目さが故である。人魚姫のストレス解消も目的ではあったが。


「じゃあなんで怒ってるの?」

「……あいつが冠位を取ること自体に驚きはない。忌々しいが実力は元から十分にある。気に入らないのはあの卑屈さと才能だ。」

「ふーん……ひとってむずかしいね。」


 大精霊のコティマスカに人の考え方は分からない。分からないからこそ、最も人らしい魔法使いであるハーヴァーンを選んだのだ。

 才ある人を妬み、理不尽に対し怒り、権力や名誉を求める。その不合理さを知りたいとコティマスカは願ったのである。


「安心しろ、コティ。俺はいつか必ず第一席に至る。その時になれば、お前の願いは叶う。」

「ほんとう?」

「ああ、間違いない。それが契約だ。」


 何よりハーヴァーンはどれだけ性格が腐っていようとも、嘘はつかない。それが嘘を見抜ける精霊種にとっては心地よかったのである。






 壇上に最も近い席に、一人の幼い少女と一人の凛とした女性が腰掛ける。

 冠位魔導属性科ロード・オブ・エレメントのオーディン・ウァクラートと元神秘科冠位代理のミステアだった。あまり話した事はないのだが、今回はオーディンに誘われて同席する形となっている。


「やけに人が多いのう。教会連中や役人、記者も大勢おる。ハーヴァーンの時はここまで多くなかったはずじゃが。」

「あのウァクラートの一族がまた冠位を、しかも最年少で取るとなればそうなる。ハーヴァーンとは注目度が違う。」

「家の歴史で言うなら、ウォルリナの方が長いんじゃがの。」


 そう言いながら一口オーディンは酒を飲む。

 その酒は蜂蜜酒(ミード)だ。彼女はいつもは酒を飲まないが、今日のような祝い事であれば好んでこれをよく飲む。


「グラデリメロスとアローニアがおらんのはいつも通り、そう考えれば冠位もほとんど揃っとるの。数を減らしたのもあるじゃろうが。」


 冠位魔導術式科(ロード・オブ・スペル)のハデスは姿を眩ませてどこかへ行った。調査をすると彼の悪行はいくつも見つかり、賢者の塔から除籍処分を受け、そのまま国際指名手配となっている。

 冠位魔導化学科ロード・オブ・ケミストリーは現在も尚、封印状態である。オーディンも見たが封印を解く糸口は未だに見つかっていない。

 結果、現在は冠位が二名存在しない事になる。


「そう考えれば、このタイミングで神秘科の冠位が決まるのは都合が良いと言えるの。」

「……そうだな。」


 苦々しい顔でミステアは頷く。


「なんじゃ、不快か。まさか数ヶ月前の試合をまだ根に持っているのか?」

「いや、あれは私の完敗だ。知らなかった、油断した、本調子でなかった、なんて言い訳にならない。魔法使いの戦いは相手の隙を狙うもので、それを誘い込んだ相手の方が一枚上手だっただけだ。」

「それなら何故そんな顔をする。とても納得している風には見えんぞ。」


 別に異論や不満があるわけではなかった。あの試合にミステアは負けて、アルスが冠位になる事を認めた。神秘科の中でミステアが根回しを済ませたからこそ、異例の早さでアルスは冠位になれたのだ。


「悔しい、というよりは悲しいのだろうな。私達の世代はもう終わった。それがどうも、私の胸を痛ませる。」


 彼女が想像する世代とはおおよそ20年前、あの頃に賢者の塔に入った世代だ。

 ラウロ・ウァクラート、アルドール・フォン・ファルクラム、ファズア、ヴィリデニア・ガトーツィア、ハーヴァーン・ウォルリナ。これらの魔法使いがほぼ同時期に現れたのだ。それに触発されるように、ミステアやロロスなどの冠位クラスの魔法使いだって何人も生まれた。

 あれは黄金世代だった。停滞しかけていた賢者の塔を揺らし、老齢の冠位を押しのけて新しい風を吹かせた。あの頃の勢いはもう、賢者の塔にはない。


「……そうじゃな、確かにお主の世代は終わりを迎えた。」


 アローニアという革新的な魔法使いが生まれ、そして新しい冠位が生まれる今日であっても、かつての黄金の輝きには届かない。


「――それでも風は吹いた。風が過ぎ去る事によって、新たな風が必ず来る。」


 どれだけ優れた世代であっても必ず終わりを迎えるのだ。そして次がやって来る。


「終わるのは悲しいことじゃが、また始まるのじゃよ。それを楽しむのが長生きのコツじゃな。」


 そう言ってオーディンその目線を、壇上へと向けた。






 階段を上り、壇上へと向かう。後ろからレーツェルとヒカリの応援の眼差しを感じるが、それに反応できるほど彼に余裕はない。今日は彼の人生における最大の晴れ舞台だ。心臓が高鳴るのも当然と言えた。


「――神秘科所属アルス・ウァクラート。」


 名が呼ばれる。名前を呼んだのは冠位魔導戦闘科(ロード・オブ・ウォー)のヴィリデニア・ガトーツィアだ。壇上で彼が来るのを待っている。


「名も無き組織の幹部二人の討伐に貢献し、魔王軍の四天王の一人を撃退。魔法使いとしての優れた実力を示した。」


 壇上にいるのは彼とヴィリデニアの二人、あるのは台の上に乗せられた金の冠だけ。


「希少属性についての革新的な新説を発表。魔法使いとしての優れた知識を示した。」


 この会場にいる人々の視線がたった一点に、たった一人へと集中する。それを振り切るように、彼は足を前に出した。


「オーディン・ウァクラート、アルドール・フォン・ファルクラム、そして私、ヴィリデニア・ガトーツィアの三人が彼の全ての実績を保証する。」


 黄金の冠を彼はその手で掴む。


「賢者の塔は彼を新たな神秘科の冠位として認める。」


 冠は白い髪の上に乗せられた。異論を挟める奴なんてここのどこにだっていやしない。


冠位魔導神秘科ロード・オブ・ミステリーアルス・ウァクラートの誕生をここに宣言する!」


 かくして、二十年に渡る空位が続いた王座は埋まり、史上最年少の王が生まれた。

これにてこの章は終了となります。補足となるような話は幕間にて行わせていただきます。


さて、この小説も終わりが見えてきました。といってもまだ半年以上は続きますが、間違いなく話を畳む段階へ向かっております。できる限り更新ペースを上げていきますので、応援してくだされば嬉しいです。

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