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幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜  作者: 霊鬼
第十二章〜全てを失っても夢想を手に〜

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10.生命科本部(前)

 魔導生命科。文字通り生物の命と魔力の関係について考える学問であり、十大部門の中でも人気がある部門だ。

 生命科の研究は主に二つに分けられる。生命の根源とも呼ばれる魂の研究、そして魂が入る肉体の研究である。その特性上、倫理的な観点で騒動になる事はよくあるのだが、その有用性の高さのために研究は盛んに行われている。

 というのも生命科は、他の部門の研究の土台となる事が多いのだ。例えば医療科の義手や義足の開発、機械科のゴーレムや機械人間(ヒューマノイド)の作成、刻印科の魂に紐付けた制作術などがそれに当たる。

 そんな生命科の本部に俺は足を運んでいた。


 第15階に存在する生命科本部、その様相は神秘科のそれとは大きく異なる。

 転移の魔法陣は部屋に囲まれており、この部屋の中にはこの階層の地図が壁にあったり、注意書きがあったりとちゃんとしているように見える。しかし、ドアを開けて外に出れば風景は一変する。

 まず最初に草原が広がっているのだ。屋内であるのにも関わらずだ。加えて遠くには森が見える。魔力で探るとこの階層には数多の動植物が存在する事がわかる。

 そう、この階層は外の自然環境を模して作られているのだ。


 勿論、こんな所に工房を建てるのは難しい。だから実験施設として主に使われている階層であり、ほとんどの魔法使いが別の階に本拠を構えている。

 しかし逆に言えば、何人かはここで研究をしているのだ。生命科の中でも特に優れた魔法使いがここで研究する事を許されている、生命科を代表する冠位であれば当然この階に工房を構えている。



 さて、そろそろ生命科の説明は終わりにしてここに来た経緯を説明しよう。

 俺が大怪我して教会のお世話になってから3日後、なんと冠位に会えるという話になったのだ。だからレーツェルにヒカリを預けて、俺は一人でここに来たというわけである。

 来たのは初めてではあるが、ある程度の下調べはして来た。ただでさえ神秘科の中に俺を敵対視している人がいるのに、ここで余計な敵は増やしたくない。


 俺はさっき見た地図の記憶を頼りに、通り道に沿って目的地に向かう。歩き始めておおよそ十分経ったであろう頃にようやく辿り着いた。

 石造りの工房で、一辺数十メートルの巨大な立方体の形をしている。少なくとも外からは中の音が聞こえない。加えてこの石からも魔力を感じる。きっとこの石の壁自体が魔道具の一種であるのだろう。まるで一つの要塞を見ているようだ。


「――おきゃくさま?」


 舌っ足らずな声が、工房の方から聞こえてきた。その子は建物の影に隠れて、恐る恐る俺の姿を見ていた。

 小さな子供だ。賢者の塔にいるのがおかしいぐらいの、おおよそ十才かそこらの少女である。白く丈の長いメイド服を着込んでいて、吸い込まれるように暗く鮮やかな緑の目を持っていた。

 俺は少女の下へと向かおうと足を伸ばすが、少女の怯えた顔を見て一歩下がる。


「あー……俺の名はアルス・ウァクラートだ。神秘科の魔法使いで、ここの工房の主に用があって来た。」


 言いながら目の前のこの少女が話を理解できているのか不安になる。もっと分かりやすい話し方をした方が良かっただろうか。

 少なくとも迷子という風ではない。だからここの事も多少は知っているはずだし、もしかしたら賢神の一人なのかもしれない。だから下手な対応を取るのも怖い。

 そう思っていると、少女はゆっくりとこちらに歩いてきて俺の顔を下から眺める。


「おきゃくさま、ついてきて。ご主人の所にあんないするから。」


 少女はそう言って、俺に背を向けて歩き始める。その少女の声色はさっきとは違って楽しそうだった。

 ご主人とは、もしかして生命科の冠位のことだろうか。だとしたら本当にこの子は何なんだ。まさかただの子供ではあるまいし。


「ここだよ、ついてきて。」


 少女は外壁のある部分の前で足を止め、外壁に手のひらをつけた。するとその部分はまるで生きているかのように動き、人一人が入れるような穴となった。

 迷いなく少女はその中に入っていく。俺も意を決して、その後ろについて行った。

 直ぐには中につかず、暗闇の中を何歩か歩く。すると少女は途中で足を止めた。


「ご主人ー! おきゃくさまが来たよー!」


 少女が大声で叫ぶが返事はなく、その代わりに目の前の暗闇が裂けて光が差し込む。

 どうやら入口と同じようなものが出口にもあったらしい。魔法使いらしい念入りな防衛システムだ。勝手に入ろうとしたらここで死ぬんじゃなかろうか。

 だからこそ、この少女を案内人として用意したのかもしれない。俺は少女の後ろを歩きながらそう思った。


 光の下に出ると、そこはに予想と違った光景が広がっていた。魔力に満ち満ちたこの工房の中には巨大な檻がいくつも並んでいて、まるで動物園のようだ。その檻の中には様々な動物や魔物が入れられており、正に生命科の名に恥じないような工房である。

 少女は俺が工房の中を眺めている間にどこかへ走って行き、直ぐに姿が見えなくなった。案内役じゃなかったのかと、そう思っていると再びその姿を現す。


「ご主人ご主人! こっちこっち!」

「ええい、うるさい。分かっている。」


 少女に引っ張られるようにして、細身の、俺より少し背の低い男がやってくる。多分だが、この男が冠位なのだろう。


「初めまして、だな。」


 その男は真っ青な髪と赤黒く鋭い目をしていて、真っすぐと背を伸ばして値踏みするように俺を見ていた。


「俺の名はハーヴァーン・ウォルリナ。冠位魔導生命科(ロード・オブ・ソウル)にして賢神第十席の座についている。来訪を歓迎しよう、ラウロの倅よ。」

「……親父を知ってるのか。」

「当然だ。あいつ程に忌々しく、生意気な魔法使いはいなかった。その息子であるからこそ、特別に面会を許可したのだ。」


 ハーヴァーンの持つ緊張感とはまるで真逆で、メイド服の少女はハーヴァーンの裾を掴みながらぼーっと俺を見ている。そのせいかあまり話に集中できない。

 その視線に気付いたのか、ハーヴァーンは少女をちらりと見て、その手を引きはがす。


「私はこいつと話がある。どこかで遊んでいろ、コティ。」

「わかった、ご主人。」


 コティと呼ばれた少女は大人しく従って、この場を走って去って行った。結局あの子は一体誰なんだろう。冠位の工房にただの少女がいるはずもないのだが、その素性を推測するまでには至らない。

 まさか、この男の趣味なのだろうか。だとしたらちょっと引くけど。


「……何だその目は。言っておくが、あの女は見た目と言動はああだが優秀な俺の助手だ。あの格好もあいつが望んでやっている。」

「ああ、それなら良かった。」

「実に失礼だな。まあいい。これぐらいの無礼は大目に見てやろう。」


 安心した。まさか賢神の冠位がロリコンだなんて、そんな事があっていいはずがないしな。いや、今まで会った人が全員ぶっ飛んでいたからそれぐらいあるのかなと一瞬思ったけれども。流石にそこまでいかれていないらしい。


「それで、用件は推薦状と異世界に渡る方法を知らないか、という事だったな?」


 俺は頷く。書いた手紙をちゃんと読んでくれていたらしい。


「端的に言おう。俺は異世界を渡る方法を知っている。」


 そしてその言葉は、あまりにも俺が待ち望んでいた言葉だった。

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