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2.魔法書

 生まれてから五年の月日がたった。


 自由度があがり、文字を覚え始めてきた頃。割とこの家の状況も分かってきた。

 まずは貴族とかではない。決して裕福ではないし、そういう類ではないのは直ぐに分かった。

 そして前にも言ったが、この家には父親がいない。更に言うなら恐らくは離婚などではなく死んだのだろう。

 たまに俺は母親に連れられ、墓に行くことがある。多分あれが父親の墓なのだ。


 それと、お母さんはどうやら働いていないらしい。

 なんかこの一帯を統治する領主みたいなのがいるんだが、そこの庇護下で暮らしているという形だ。

 だからお母さんは俺の子育てに注力してるという形になる。


「アルス、ちょっとこっちに来なさい。」

「うん。」


 だが、まあ前世よりかは幸せと言えるのだろうか。

 片親は前世からではあるし、捨て子の俺にとっては肉親がいるというのはやはり喜ばしいことだ。

 お母さんが呼んだ名前が俺の今世の名前だ。フルネームで言うならアルス・ウァクラート。中々かっこいいんじゃないだろうか。


 お母さんは正座して座って、俺を待っている。

 長い白の髪と目は知らずのうちに人の目を引き、その温和そうな顔立ちと健康的に痩せた体を見るに、きっと物凄くモテるのだろうと推測できる。

 名前はフィリナ・ウァクラート。普通の人間である。


「はい、これ。」

「……?」


 一冊の分厚い本を出される。

 それは少し古びた感じがしており、新しい本という感じがしない。表紙には何も書いておらず、何の本かも分からない。

 手に取ろうと持つが、思いの外重くて直ぐに床に置くことになってしまう。


「ふふふ、ちょっとアルスにはまだ重いかしらね。」

「これ、なんなの?」

「今日はアルスの誕生日でしょう。だからずっと前から欲しいって言っていた魔法の本をあげるわ。」

「ほんとに!?」


 俺は身を乗り出して思わず大きな声が出る。

 確かにずっと前から魔法の本が欲しいとは言っていた。しかしずっといつか、と言われるだけでくれはしなかった。だからもう手に入らないものかと諦めていたところだったのだ。


「た、だ、し。」

「な、なに?」

「魔法は危険なものよ。絶対に、ベルセルクさんと一緒になってやりなさい。」


 俺はしっかりと頷く。そして重いその本を手に持つ。

 重たいが、魔法をやりたいという気持ちの方が強いのだ。これぐらいのこと問題はない。


「それじゃあ、今から行ってきてもいい!!?」

「……日が沈む前には帰ってきなさいよ。」

「やった! ありがとう、お母さん!」


 俺は駆け出して部屋から出て、そして急いで家を出る。目指すはベルセルクの家。

 ベルセルクはここら辺を統治する領主様みたいな人。と言っても歩いて一分もかからない場所にあるんだけどな。

 とても豪華な家だから迷うことなんて有り得ない。






 走ってすぐに家が見える。ここら一帯で一番大きな家で、綺麗な装飾品こそないが、質素な美しさを感じる家だ。

 和風な感じの建築物で、俺にとっても馴染み深い。塀で囲まれており、出入り口は一つしかない。

 俺はそこから塀の中に入り、半開きのドアを勢いよく開ける。


「お邪魔します!」


 全く遠慮をせずに家に上がり込む。

 ここに来るのはしょっちゅうだ。だから遠慮をするつもりなんて元よりない。

 迷わず家の中を走る。というかそろそろ腕が疲れてきたからこの本を早く置きたいのだ。


 俺は一室の引き戸を開け、転がり込むように中に入った。

 その中には一人の大男がいた。明らかに人間ではない。骨格は人間と酷似しているが、その赤い体毛と耳と尻尾は人間であることを否定するのに十分な要素だろう。


「おっさん! 遊びに来たぞ!」

「……ああ?」


 その毛深い大男は俺の頭を掴み、持ち上げる。

 いくら俺が軽いといえど相当なパワーだ。やはり魔族は普通とは違うらしい。


「ベルセルクさん、と言えよクソガキ。」

「おっさんはおっさんでしょ?」

「このまま握り潰してやろうか! ああ!?」

「ごめんなさい。」


 俺は一度素直に謝って下ろしてもらう。ついでに本も置き、一息ついて座った。

 俺の正面にベルセルクはあぐらをかいて座る。苛立たしげに一度舌打ちをして、その後にため息を吐いた。


「で、何のようだクソガキ。」

「お母さんから魔法の本をもらったの!」

「……ああ、そういや言ってたなフィリナのやつ。魔法の練習をしに来たわけか。」

「うん!」


 俺は改めてベルセルクの体をよく見る。

 その歯は明らかに通常より鋭く、身体中の筋肉も相当なものだ。赤、というより赤黒い体毛と頭につく犬のような耳、それと尻の方から数十センチの尻尾が伸びている。

 顔も人間のものではなく、犬、というか狼のような形をしている。その目は真紅に染まっており、そこらのやつならその目だけで殺せそうな気さえしてくる。


「魔族である人狼(ウェアウルフ)のおっさんがいれば失敗しても大丈夫だからね。」

「だからおっさんじゃねえつってんだろうが……」


 そう言って嫌そうに天を仰ぐ。

 そう、人狼(ウェアウルフ)である。というかここらは魔族の集落なのだ。

 俺とお母さん以外に人間はいない。と言っても別にこの世の人間が迫害されているわけではなく、ここには魔族しかいないだけらしいが。


「って、もしかして毎日来るつもりじゃねえよな。」

「え、そのつもりだけど。」

「ガキだったらガキらしく外で遊べ! 俺だって暇じゃねえんだよ!」

「えー」

「えーじゃねえよクソガキ!」


 いや、まあその手もあるかもしれないんだが、残念ながら俺の中でその選択肢はない。というかこの集落には子供がいないのだ。

 理由としては魔族は人間より寿命が長いから滅多に子供を作らない。それに全員が強いから滅多にやられもしないし、たくさん子供を産む必要もない。むしろ土地が足りなくなるぐらいだ。

 だから外で遊ぶとなると一人で遊ぶことになる。それは嫌だ。


「いいじゃん別に。迷惑をかけるわけじゃないんだしさ。」

「テメエがいるだけで俺にとっちゃあ迷惑なんだ……!」


 俺はそんな言葉を無視して本を開く。

 すると一ページ目には名前が書いていた。恐らくはこの本を書いた人の名前だろうが、俺は気にせずに読み飛ばす。

 二ページ目から、そこから魔法の使い方が書いてある。


「おいクソガキ、魔法を使うなら水属性とかそこら辺を最初にしとけよ。家が燃えでもしたら大変だからよ。」

「分かってるよそんなこと。おっさんと違って常識があるし。」

「目ん玉くり抜いてやろうか、オイ。」


 俺は本を読みながら体の魔力を少しずつ動かしていく。

 魔力というのは血管とかの中を駆け巡っている。無秩序にゆっくりと動くのが普通だが、慣れていけばその流れを速く、そして血液に沿わせるようにして身体中を回らせることができるようになる。

 この生まれてからの五年間、お母さんの腕の中でジッとしていたわけではない。


「……オイ。」

「何?」


 魔法の本を読みながら身体中に魔力を巡らせていると、ベルセルクが話しかけてくる。


「そりゃあ、フィリナから教わったのか?」

「それって?」

「その魔力を回すやつだ。さっきからやってんだろ。」 


 この人狼は当然のように魔力が見えるんだな。

 魔族は軒並み魔力が多いし、生まれつき魔力が見えるのが普通なのかもしれない。


「いや、独学だけど。」

「……そうか。」


 それがどうかしたというのだろうか。この程度なら前世からたまにやっていた。暇つぶしには丁度いいが、これがいくらできても魔法が使えなきゃ意味がない。

 俺は黙々とその本を読み続けた。

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