11.大罪の一つ
「久方ぶりだ。大罪人との闘争は、ここ十年ありはしなかった。」
手に持つ柄のない光の剣を、こすり合わせながらグラデリメロスはガレウへと近付く。
対するガレウは逃げれないことを悟ったのか、活路を見出したのか。その場に立ち止まり、グラデリメロスの姿をしっかりとその目で捉える。
「僕が、大罪人?」
「如何にも。七つの原罪を背負し大罪人であり、他人を犠牲にしてでしか生きられぬ、我らが神の敵。それがお前らであろう?」
教会の教義は、正義である。教会が唱える正義とは、他者を慈しむ事にして、他者を虐げる者を討ち滅ぼすこと。
その最たる悪として七つの大罪が存在する。
それは七つの大罪と呼ばれるスキル保持者が、街を滅ぼすという事件を幾度も起こしているという事が大きい。
「……教会だっていうのに、随分と差別的だね。」
ただ、それは差別思考として禁忌されているものだ。危険である事には変わりないが、中には人間社会に溶け込める者もいる。
それでも、教会は七つの大罪を悪と断じる。それを見過ごして出た犠牲者は、億を越えるのだから。
「より多くの人類が救いを得る為なら、我々は悪と言われても構いはしない。全体幸福ではなく、最大幸福が我々教会の理想だ。」
「だから僕も、まだ何もしていない僕を殺すのかい。」
「何かした後では、遅過ぎる。それに今は、教会も忙しい。」
それまでの問答を押し切るようにして、グラデリメロスは闘気と魔力を溢れ出させる。
「話はこれで終わりだ。」
ガレウの前で立ち止まり、グラデリメロスはそう言った。ぶらりと両手を脱力させて下げ、その手に持つ光の剣は既に届く範囲に入っている。
しかし、それでも尚、冷静にガレウはグラデリメロスと目を合わせてそこに立っている。
「最も猟奇的で、最悪な死を遂げろ。クソったれな大罪人がッ!」
グラデリメロスは大振りで剣を振るう。それをガレウはしゃがみ込んで避け、その光の剣を右手で掴む。
「『暴食』」
そう一言、ポツリと呟いた瞬間に、光の剣はガレウの右手に吸い込まれる。否、正確に言うなら飲み込まれる。
グラデリメロスは大きく後ろに下がり、失った光の剣を再び構成させた。
「ハァハハハ! やはりまだ覚醒はしていないか! 良いタイミングで出会った!」
「引いてくれないんだね。僕はまだ、死にたくないんだけど。」
「いいや、絶対に殺す。その戦いへの嗅覚は、間違いなく後々教会の大きな敵となる。」
グラデリメロスの周りをいくつもの光の粒子が飛び交い、無数の柄のない剣が生み出され、その全てがガレウの方へと向いた。
「『神罰執行』」
「……クソッ!」
そして、その全てが同時に放たれた。その全てを回避するにしても、撃墜させるにしても、ガレウの力では決して届かない。
そして一発でも当たりさえすれば、ガレウの負けが確定する。
冠位にも至る魔法使いが、ただ頑丈なだけの光の剣を使いはしない。その程度の魔法使いは、冠位には届き得ない。
「食らい尽くせッ!」
しかし、それはガレウがただの魔法使いであれば、という前提条件が加わる。
ガレウの目の前に突然と黒い球体が現れた。直径二メートルはあろう大きな球体で、何より大きな特徴として、その球体には巨大な口がついていた。
口と言っても唇はなく、ファミコン時代のパックマンのような見た目に、黒い歯がついたような姿をしている。
そして何より、それは一つではなかった。
複数の黒い球体は、迫りくる光の剣を瞬く間に食らい尽くしていく。音もなく、その攻撃をガレウは防ぎ切った。
「くだらん。」
「ッ!」
しかしその全てを光の剣で切り裂き、串刺しにし、グラデリメロスはガレウへと接近する。
そしてガレウが距離を取ろうと後ろに下がろうとした瞬間に、その太腿に光の剣が突き刺され倒れ込む。気付けば黒い球体は全て霧散して消え去り、暗闇に佇むグラデリメロスだけが残った。
ガレウの太腿からは当然ながら血が流れ出て、とてもじゃないが、逃げるにはハンデが大き過ぎる。
「もう終わりか、大罪人。」
光の剣を適当に振り回しながら、グラデリメロスは再度ガレウへと距離を詰める。
グラデリメロスは未だに、その実力を十全に発揮してはいない。グラデリメロスにとってこの攻防は、遊戯にすらならない茶番であった。
「……まだだ。まだだよ。」
「どうした。気でも狂ったか。」
「いいや、気は確かだ。だけど、僕は生き残ってみせるとも。僕にはここで死ねない理由がある。」
太腿に突き刺さる光の剣を握り、ガレウはそれを喰らう。
「僕は絶対に勝てないけど、逃げ切るぐらいはさせてもらうさ。」
「同感だ!」
立ち上がるガレウの横を、稲妻が通り過ぎる。その雷は、鋭くグラデリメロスの顔へ蹴りを入れる。
雷は人の体を取り戻し、ガレウとグラデリメロスの間に立つ。その右手には古びた一冊の本があり、闇の中でその白い髪はよく目立った。
「遅くなってすまねえな、ガレウ。」
「……ごめん、助かる。」
「謝る必要はねえよ。友達だろうが。」
新たな賢神、最強の魔法使いの血族ウァクラートの一人。アルス・ウァクラートがここに現れた。
流石にここにアルスが来たことは予想外だったのか、グラデリメロスは傷こそないものの、動きを止めてしまう。
「それより、逃げ切れたら後で説明してくれよ。」
「それは、絶対に。」
ガレウは簡単な回復魔法で太腿の血を止め、アルスの後ろに移動する。
「グラデリメロス。お前、猫かぶってやがったな。」
「違うな。これは公私の切り替えだ。私は今、神の炎としてここにいる。炎は相手を燃やすものだ。礼儀は語る必要はない。」
「そうかよ、最悪だな。」
アルスが加わりはしたが、状況は未だに不利である事に変わりはない。それほどまでに冠位の称号は重く、グラデリメロスの戦闘能力は異次元の高みに存在する。
「そこをどけ、アルス。死にたくないならな。」
「断る。親友を殺させる奴が、世界のどこにいるんだよ。」
深い問答を重ねる気は、グラデリメロスにはなかった。アルスのその言葉を聞いた瞬間、グラデリメロスは地面を蹴り、アルス達へと迫った。
「『焔鳥』」
だが、ただやられるほどアルスも弱くはない。
炎の翼を広げ、焔の鳥となりてグラデリメロスを正面から向かい打つ。グラデリメロスは光の剣を突き刺すが、それを焔は溶かし尽くす。
「『鳥籠』」
そして接近したグラデリメロスを焔は締め付け、燃やし尽くさんと火力が増す。
しかし一向にグラデリメロスが苦しむ様子も、服すら焦げる事もない。そしてまるで何事もないように、話し始めた。
「私のスキル『神罰執行』は光の物体を自在に生み出す事ができる。それは、簡単に燃やし尽くせるものではない。」
アルスの体内の中、ついさっき二つの剣が刺さった部分が光る。
溶かし切れなかったのだと、アルスが気付いた瞬間にはもう遅い。その光は必殺となりて牙をむく。
「ただの魔法ではな。」
体の内側から光が剣となり、内側から食い荒らす。ダメージの大きさに姿を維持できず、アルスは元の状態に戻ってしまった。
「アルスッ!」
「安心しろ。殺すようにはしていない。私が殺すのは、大罪人だけだ。」
グラデリメロスは大きく光の剣を振りかぶる。今度こそ避けることはできない。ガレウが死を確信してその目を閉じた瞬間――
――聞こえたのは、剣が弾かれる音であった。
その瞬間に体に光の剣が残りながらも、アルスはガレウの体を抱えて、そのままグラデリメロスと大きく距離を取った。
グラデリメロスの前に立っている者は一人だけ。
「現代の教会は、随分と厄介になったみたいだな。」
かつて七つの欲望の一人、カリティを退けた古代の騎士。その実力は、たった今、現代でも見劣りすることはない。
「オルゼイ帝国第一騎士団団長、ケラケルウス。かつての恩義の下、参上した。」
自分の脳内を出力できない自分の文才が恨めしい。




