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幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜  作者: 霊鬼
第五章〜魔法使いは真実の中で〜

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7.悪夢

 神楽坂のおかげ?か、結果的には通常より早く帰れる事になった。

 しかし感謝はしない。

 世の中のどこに放火犯に感謝できる奴がいるのだ。被害者もいなかったし、校舎の損傷も軽微だから良かったものの、これで人が死んだらどうするつもりだったのか。

 状況が状況じゃなきゃ、あいつと河原で殴り合いしてたよ。


「……さて。」


 現在の時刻は午後2時頃。爺さんは夜遅くに帰ってくるから、だいぶ余裕がある。

 ならば一つ、不確定な部分を明確にしておこう。

 俺は自室のベットに腰掛け、手をついて天井を朧気に眺める。厳密に言うなら見ているのは天井ではなく、虚空だ。


「見てるんだろ、呼べよ。」


 俺はぶっきらぼうにそう言った。

 ここ最近、あいつとはよく会う。理由は分からないが、あいつが俺を呼ぶ。

 ならばたまには、俺から呼んでも許されるだろう。


『おやおや、困り事かい?』


 頭の中に声が響く。それと同時に、俺は強烈な睡魔に襲われた。

 しかし直ぐには寝ないように、ベッドに寝転がりながらも、歯を食いしばって気を保つ。


「とぼけるな。どこからかは知らねえが、見てるんだろ。」

『君も、私が分かってきたようだね。』

「信用はしねえがな。」

『それは手厳しい事だ。私は君の味方だというのに。』


 味方は自分の事を味方とは言わない。少なくとも直接脳内に語りかけてくる奴が味方だったら嫌だわ。


『それじゃあ、ようこそ。私の世界へ。』


 時間と共に増す睡魔に俺は抗う事はできず、深い深い眠りへとついていった。






 そこには、地平線の彼方まで続く海のようなものがあった。空はどこまでも青く広がるが、そこには太陽は存在しない。

 その海、正確に言うなら水は驚くほど透き通っており、何故か海の中でもゴーグルをつけているように冴えて見える。呼吸もできる事から、やはり普通の水ではないらしい。


 透き通る水の中には、ありとあらゆる物が沈んでいた。

 剣や槍といった武器、人形や玩具、インテリア、車などの、文字通りのありとあらゆる物だ。

 俺もそれと同じように沈んでいたが、慣れたもので力を抜いて、底に寝転がっていた。


「……もう見慣れてきたな。」


 最近、俺はよくこの世界に来ていた。自発的にではなく、強制的にではあるが。

 この世界は俺もよく分かってはいない。ただ一つ分かることがあるとするなら、ここはあいつの支配領域だということだ。


『さて、何が気になるんだい。何でも言ってみるといいさ。』


 水の中を鮮明な声が響く。ツクモと、そう自分を呼んだ存在の声だ。

 最近は何度もここに来ることがあるが、ツクモの事は何一つとして何も分かっていない。ツクモについて質問しようとしたところで、強制的に追い出されるのだ。

 しかしツクモは俺と話がしたいようで、度々呼ばれる。最近になってそれが増えた理由も気になりはするが、これも教えてくれない。


『君が私のこと以外で私に質問するのは初めてだ。特別に懇切丁寧に教えてあげよう。』

「簡潔に答えろ馬鹿が。急いでんだこっちは。」

『そんなに気を立てないでくれよ。焦ったって何にもなりやしない。』


 焦らずいられるか。今、何が起きているかも分かりやしないんだ。口も悪くなる。


「それで、何が起きてるんだツクモ。その口ぶりからして知ってるんだろ?」

『当然だとも。私だから。』

「何の自信だよ。」


 悪態をつきながらも、俺はツクモの言葉を待つ。

 これからの行動指針も含めて、これから発するツクモの言葉で決まる。ここは一体何なのか、それが決まればやる事も定まるはずだ。

 一刻も早くここを抜け出す為にも、俺は次の言葉を集中して聞く。


『さて、まず見直しをしようか。ここは君が元いた世界、地球だね。正確に言うならそう見える場所だ。』

「……ま、そうだな。」


 地球をこいつは知っているのか。やっぱりこいつは超常的存在だ。

 異世界では、地球という世界があるのは知られている。過去にそういう異世界から来た英雄がいたからな。

 しかし、地球という名前を知っている奴はいない。

 それを知っているという事は、こいつは地球に何か関わりがあるか、神に近しい存在であるのだろう。

 それ自体の予想は前々からできてはいたが、確信が深まる。


『そしてプラスで、この世界は君にとっては過去だ。だが、過去に戻る事なんて、それこそ神の中でも、ほんのひと握りでしかできない奇跡だ。』

「だけど、現実に起きてるじゃねえか。」

『そう。だからこそこれは過去に戻ったわけでも、地球に舞い戻ってしまったわけでもない。君が戦ったあの少女の、能力に過ぎないわけだ。』


 俺はあの、名も無き組織の幹部である白い少女を思い出す。

 確かに名も無き組織の幹部は規格外だ。カリティもそうだった。高位の冒険者であるはずのヘルメスですら、歯が立たなかった。

 それこそ旧代の英雄、七大騎士(セブンスナイツ)の一人でようやく追い払える程度だった。

 その能力がこの世界であっても、確かにあり得ない話ではないだろう。


『それこそがこの世界、()()()()()。』

「悪夢?」

『そうだよ。いくら何でも触れたものを強制的に世界、それもこんな複雑でエネルギーを使うような世界に閉じ込めるなんて、一個人では不可能だ。故に、ここは君の想像によって形作られた悪夢に過ぎないというわけさ。』


 思い起こしてみれば、確かにあれは『睡眠欲』と言っていた。

 幹部の欲望と能力の関係性はよく分かってはいないが、相手を眠らせる能力でも違和感はない。むしろ、街の住民がいなかったのにも説明がつく。

 となると、ここは本当に夢の世界なのか。


「ここが俺の悪夢だとして、まさか出られないなんて事はねえよな。」

『勿論、夢から目覚める方法は存在する。触れるだけで相手を眠らせるなんて強力過ぎる力、制限が課せられないはずがない。』


 それは大分楽観的な思考な気がするがな。

 俺達を本気も出さずに圧倒した青髪の男、ケラケルウスによって何とか難を逃れたカリティ、そしてスエと名乗った白い少女。

 俺達が遭遇した幹部は全員、未だに底が知れない。中には即死の能力を持っている奴がいてもおかしくない気もする。


『悪夢を見せる能力なら、ここを悪夢じゃなくしてしまえばいい。君がここを悪夢だと捉えている根源を断てば、君はこの夢から抜け出せる。』

「……まあ道理だが、正直言って俺はここを悪夢だとは感じてねえぜ。」


 本当に悪夢というのなら、母さんの死が挙がってくるはずだ。それを差し置いて、何故高校時代が悪夢として現れるのか。

 確かに高校生活に良い思い出はないが、特段嫌だったわけでもない。


『それは本当かい?忘れているだけじゃなく?本当に、何もなかったと言えるのかい?』

「本当、に?」


 何もなかったはずだ。高校生活はただ辛かっただけ。悪夢というにはぬるすぎるし、俺の人生の中でも大した事は――


「あ。」

『思い出したかい?』


 高校二年生の二学期。今思い起こせば、そうだ。アレが起きたのはその時だ。

 何故忘れていた。何故今まで思い出せなかった。俺の中で、絶対に忘れてはいけない出来事であるはずなのに。


「……ぁあ。クソ、アレに、アレに立ち向かえってのか?」

『ふふふ、やはりここは君にとって、紛れもない悪夢のようだ。』

「笑ってんじゃねえぞ、ツクモ。」


 俺の、人生の中で起こした最大の悪行。俺が、俺を嫌いになった出来事。その全てがここにある。

 俺という人間の卑怯さと、卑劣さと、臆病さと、愚かさによって死なせた。死なせてしまったあの事に、俺は対峙せねばならないのか。

 冗談じゃない。あんな地獄に、どう立ち向かえって。


『君は今まで、ありとあらゆる事を乗り越えてきた。母の死すらも、だ。』


 体が上り始める。この深い水の底から剥がれ、水面へと浮上していく。

 この水面に辿り着いた時に、俺はこの世界から抜け出してしまう。しかしそれを気にすることができないほど、俺は精神が追い詰められていた。


『だけど、君が乗り越えたのは今世まで。前世からは必死に目を背け、忘れてきていた。』


 それは間違いなく、真実であった。

 忘れていた。忘れようとしていた。変わったのだと、無意識下に自分を鼓舞し、記憶に蓋をしていた。

 そのツケが今、回ってきたのだ。


『頑張りたまえよ、幸福の魔法使い。全てを幸せにする魔法使いなんだろ?』


 俺の夢が、重くのしかかる。

地球で普通の人生を過ごした奴が、どうして異世界で普通じゃない人生を過ごせるだろうか。

そう思いながらこの小説を書いています。

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